婚約破棄された千年転生令嬢は、名も居場所も縛られずに生きると決めました ――助けを乞うなら条件付きですわあ

ふわふわ

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第6話 王太子は、最後まで「選ばれる側」だと思っていました

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第6話 王太子は、最後まで「選ばれる側」だと思っていました

 王城の城門をくぐった瞬間、私は確信した。
 ――これは、もう「流行病」などという生易しいものではない。

 空気が重い。
 澱んだ魔力が、街全体に薄く張り付いている。

 通りには人がいる。
 だが、誰もが伏し目がちで、足取りが遅い。
 咳き込む音、うめき声、そして祈りの言葉だけが、やけに耳に残った。

(判断が、遅すぎましたわね)

 馬車を降りた私を迎えたのは、王城の高官たちと――
 王太子アレクセイ本人だった。

 かつて、私に婚約破棄を言い渡した男。
 今は、目の下に濃い隈を作り、衣装もどこか乱れている。

「シェリア……」
「本当に、戻ってきたのだな」

 その声には、安堵があった。
 そして、決定的に――勘違いがあった。

「戻ってきたのではありませんわ」

 私は、丁寧に言葉を選んで答える。

「条件を確認しに、参りましたの」
「履行されているかどうかを」

 アレクセイは、わずかに眉をひそめた。

「条件? そんなもの、形式だろう」
「今は非常時だ。細かいことを言っている場合では――」

「細かいこと、ですって?」

 私は、その場で足を止めた。
 高官たちの視線が、一斉にこちらに集まる。

「命の現場を、形式で済ませるおつもりなら」
「私は、今すぐ引き返しますわ」

 空気が凍りついた。

「……な、何を言っている」
「君は、この国のために――」

「違います」

 きっぱりと言い切る。

「私は、国のために来たのではありません」
「国民のために、来たのです」

 アレクセイは言葉を失った。
 その間に、私は高官の一人に視線を向ける。

「第一条件」
「医療判断は、私に一任されておりますわね?」

「は、はい……」
「書面も、こちらに……」

 高官が震える手で差し出した文書を確認し、私は頷く。

「第二条件」
「聖女リリカは、現場から外されていますか?」

 その問いに、アレクセイが口を挟んだ。

「それは……」
「彼女も、善意で――」

「善意で、命は救えませんわ」

 静かだが、逃げ道のない声。

「責任を取れない方に、現場を任せない」
「これは、交渉済みの条件です」

 高官たちは黙って頷いた。
 すでに、王太子の顔色をうかがう段階は過ぎている。

「……理解しました」

 そう言ったのは、アレクセイではなく、宰相だった。

「現場の指揮は、すべてシェリア様に一任します」

 その言葉に、アレクセイの拳が震える。

「なぜだ……」
「なぜ、私の判断が……!」

 その問いは、私に向けられたものではない。
 彼自身への叫びだった。

 だが――私は、答えない。

 答えは、彼が捨てたものの中にあるからだ。

「では、始めますわ」

 私は外套を整え、前を向いた。

「まずは、王城の水源から」
「次に、貴族区画の隔離」
「最後に、平民街です」

「……最後、だと?」

 アレクセイが反射的に言う。

「ええ」
「人の流れと感染経路を考えれば、当然ですわ」

 彼は何か言いかけたが、結局、言葉を飲み込んだ。

 ――この時、彼はまだ理解していなかった。

 私が戻ってきたのは、
 王太子に従うためでも、赦すためでもないことを。

 そして。
 自分が、もはや“選ばれる側”ですらなく、
 ただの「判断を誤った責任者」でしかないことを。

 それを思い知るのは、
 ――もう、少し先の話になる。
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