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第38話 助けを乞う声は、条件を伴って初めて届きますわ
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第38話 助けを乞う声は、条件を伴って初めて届きますわ
朝、空は薄曇りだった。
光は柔らかく、影は淡い。
静けさは相変わらずだが、昨日よりも確かに“人の気配”が多い。
(……来ましたわね)
街道を進むにつれ、すれ違う旅人の数が増えていく。
皆、同じ方角から来て、同じ方角へ向かっている。
祖国――かつて私を追放した王国の周辺が、
目に見えて不安定になっている証拠だ。
「王都からの使者だそうだ」
「今度は正式な要請らしい」
「でも条件を出されたとか……」
ひそひそとした声が、風に混じる。
私は足を止めない。
その話題の中心が、自分であることを理解しながらも。
(……ようやく、ですわ)
昼前、小さな町に入ると、広場がざわついていた。
人だかりの中央には、疲れ切った様子の一団。
簡素な外套、しかし所作は洗練されている。
(外交使節……しかも、下ではありませんわね)
私は人波の端に立ち、静かに様子を窺う。
「我々は、王国の正式な使者だ」
「かつて追放されたシェリア・ド・ラファルジュ殿を探している」
その名が口にされた瞬間、
周囲が一瞬だけ静まった。
だが、誰も私を見ない。
名乗っていないのだから、当然だ。
(……探す、ですか)
追放する時は、探しもせず切り捨てたというのに。
使者の男は続ける。
「王国は現在、深刻な疫病と物資不足に直面している」
「聖女リリカでは、もはや対応しきれない」
その言葉に、町の人々が顔を見合わせる。
驚きよりも、どこか納得の色が濃い。
「そこで――」
男は一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「シェリア殿に、救援をお願いしたい」
お願い。
命令でも、当然の義務でもない。
それでも、まだ足りない。
(……肝心なものが、抜けていますわ)
私は人混みを抜け、一歩前に出た。
外套の影で顔ははっきり見えないが、声は届く距離。
「一つ、よろしいかしら」
場の視線が、こちらに集まる。
「救援とは、具体的に?」
「誰が、何を差し出すおつもりで?」
使者は一瞬、言葉に詰まった。
想定外の質問ではないはずだ。
それでも、即答できない。
「……それは、これから協議を」
「では、話になりませんわ」
私は、はっきりと言った。
「助けを乞うというのは、
自分たちが何を失い、
何を差し出す覚悟があるかを示すことです」
広場が、しんと静まる。
「“戻ってこい”“助けてくれ”だけでは、
ただの都合のいい願望ですわ」
使者の顔色が変わった。
怒りではない。
焦りだ。
「……条件を、提示せよと?」
「ええ」
私は頷く。
「無償などと、虫のいいことを考えているなら――
お帰りなさい」
その言葉に、周囲から小さなどよめきが起きる。
だが、反発の声はない。
使者は深く息を吸い、頭を下げた。
「……条件はある」
「正式な書面も、持ってきている」
そう言って差し出された封書を、私は受け取らない。
「ここでは不要ですわ」
「条件を整え、
国としての覚悟を示してから、改めて来なさい」
冷たい言い方ではない。
だが、譲らない。
「私はもう、あの国の国民ではありません」
「助けに来てほしいと“お願い”されるなら、
考えなくもない」
使者は唇を噛みしめ、深く頷いた。
「……必ず、整えて戻る」
その背中を、私は追わない。
見送らない。
(……これでいい)
夜。
町外れで野営しながら、焚き火を見つめる。
かつての私は、
助けを求められる前に走り出していた。
けれど今は違う。
助けを乞う声が、
条件を伴って初めて届くことを、
私は知っている。
そして――
それを教える立場に、私はもう立っている。
火が静かに燃え、
薪がぱちりと音を立てた。
次に来る時、
彼らは何を差し出すのか。
私は、それを見てから決める。
救うかどうかを。
どこまで関わるのかを。
聖女ではなく、
英雄でもなく、
――一人の人間として。
助けを乞う声は、
条件を伴って初めて、
本当の意味で届くのだから。
朝、空は薄曇りだった。
光は柔らかく、影は淡い。
静けさは相変わらずだが、昨日よりも確かに“人の気配”が多い。
(……来ましたわね)
街道を進むにつれ、すれ違う旅人の数が増えていく。
皆、同じ方角から来て、同じ方角へ向かっている。
祖国――かつて私を追放した王国の周辺が、
目に見えて不安定になっている証拠だ。
「王都からの使者だそうだ」
「今度は正式な要請らしい」
「でも条件を出されたとか……」
ひそひそとした声が、風に混じる。
私は足を止めない。
その話題の中心が、自分であることを理解しながらも。
(……ようやく、ですわ)
昼前、小さな町に入ると、広場がざわついていた。
人だかりの中央には、疲れ切った様子の一団。
簡素な外套、しかし所作は洗練されている。
(外交使節……しかも、下ではありませんわね)
私は人波の端に立ち、静かに様子を窺う。
「我々は、王国の正式な使者だ」
「かつて追放されたシェリア・ド・ラファルジュ殿を探している」
その名が口にされた瞬間、
周囲が一瞬だけ静まった。
だが、誰も私を見ない。
名乗っていないのだから、当然だ。
(……探す、ですか)
追放する時は、探しもせず切り捨てたというのに。
使者の男は続ける。
「王国は現在、深刻な疫病と物資不足に直面している」
「聖女リリカでは、もはや対応しきれない」
その言葉に、町の人々が顔を見合わせる。
驚きよりも、どこか納得の色が濃い。
「そこで――」
男は一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「シェリア殿に、救援をお願いしたい」
お願い。
命令でも、当然の義務でもない。
それでも、まだ足りない。
(……肝心なものが、抜けていますわ)
私は人混みを抜け、一歩前に出た。
外套の影で顔ははっきり見えないが、声は届く距離。
「一つ、よろしいかしら」
場の視線が、こちらに集まる。
「救援とは、具体的に?」
「誰が、何を差し出すおつもりで?」
使者は一瞬、言葉に詰まった。
想定外の質問ではないはずだ。
それでも、即答できない。
「……それは、これから協議を」
「では、話になりませんわ」
私は、はっきりと言った。
「助けを乞うというのは、
自分たちが何を失い、
何を差し出す覚悟があるかを示すことです」
広場が、しんと静まる。
「“戻ってこい”“助けてくれ”だけでは、
ただの都合のいい願望ですわ」
使者の顔色が変わった。
怒りではない。
焦りだ。
「……条件を、提示せよと?」
「ええ」
私は頷く。
「無償などと、虫のいいことを考えているなら――
お帰りなさい」
その言葉に、周囲から小さなどよめきが起きる。
だが、反発の声はない。
使者は深く息を吸い、頭を下げた。
「……条件はある」
「正式な書面も、持ってきている」
そう言って差し出された封書を、私は受け取らない。
「ここでは不要ですわ」
「条件を整え、
国としての覚悟を示してから、改めて来なさい」
冷たい言い方ではない。
だが、譲らない。
「私はもう、あの国の国民ではありません」
「助けに来てほしいと“お願い”されるなら、
考えなくもない」
使者は唇を噛みしめ、深く頷いた。
「……必ず、整えて戻る」
その背中を、私は追わない。
見送らない。
(……これでいい)
夜。
町外れで野営しながら、焚き火を見つめる。
かつての私は、
助けを求められる前に走り出していた。
けれど今は違う。
助けを乞う声が、
条件を伴って初めて届くことを、
私は知っている。
そして――
それを教える立場に、私はもう立っている。
火が静かに燃え、
薪がぱちりと音を立てた。
次に来る時、
彼らは何を差し出すのか。
私は、それを見てから決める。
救うかどうかを。
どこまで関わるのかを。
聖女ではなく、
英雄でもなく、
――一人の人間として。
助けを乞う声は、
条件を伴って初めて、
本当の意味で届くのだから。
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