婚約破棄された公爵令嬢は、禁断の魔導書で華麗に復讐する ~王太子の後悔と新たな恋の始まり~

ふわふわ

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第1話 華やかなる破棄の夜

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第1話 華やかなる破棄の夜

王都エルドリアの中心、王宮の大広間は今宵、絢爛たる光に包まれていた。

無数のシャンデリアが黄金の燭台からこぼれる灯りを反射し、天井のフレスコ画を鮮やかに浮かび上がらせる。貴族たちが着飾ったドレスと礼装で埋め尽くす床は、大理石の鏡のように磨き上げられ、足音さえも優雅に響く。

この夜は、王太子レコルト・クラウンの十九歳の誕生日を祝う舞踏会――そして、同時に公爵家エルドリア家の長女、アリーナ・フォン・エルドリアとの正式な婚約発表の場でもあった。

「……本当に、綺麗な夜ね」

アリーナは、鏡の前で最後の仕上げをしながら、小さく呟いた。

銀色の長い髪をゆるやかに編み上げ、青いサファイアの髪飾りが灯りを浴びてきらめく。ドレスは淡い水色のシルクで、胸元と袖口に銀糸の刺繍が施され、まるで夜空の星をまとったようだと侍女たちは口を揃えて褒めた。

十八歳になったばかりのアリーナは、誰もが認める美貌の持ち主だった。だが、それ以上に彼女を愛されていたのは、その穏やかで優しい性格だった。幼い頃から王太子レコルトと婚約が決まっており、二人は「理想の皇太子妃候補」と称えられてきた。

レコルトもまた、アリーナを大切に思っているはずだった。

幼い頃、一緒に庭で遊んだ日々。レコルトが剣の稽古で転んだとき、そっと手当てをしてくれたアリーナに「大きくなったら絶対に守る」と約束した、あの笑顔。

だから今夜、アリーナの胸は期待でいっぱいだった。

「さあ、お嬢様。もうお時間でございます」

侍女長に促され、アリーナは深呼吸をして大広間へと向かった。

扉が開かれると、数百人の視線が一斉に彼女に注がれた。

「美しい……さすがエルドリア公爵家のご令嬢」

「王太子殿下と本当にお似合いだわ」

囁きが波のように広がる中、アリーナはゆっくりと階段を降りていく。

その先で、金髪を優雅に流したレコルトが待っていた。

緑色の瞳が優しく笑い、アリーナに手を差し伸べる。

「アリーナ、遅かったな。もうみんな待っているぞ」

「ごめんなさい、レコルト殿下」

アリーナは微笑みながらその手を取った。温かくて、少し汗ばんでいる。緊張しているのだろうか。それとも、嬉しいからか。

二人は並んで玉座の近くまで進み、王と王妃に一礼した。

王が立ち上がり、厳かに告げる。

「本日、我が子レコルトの誕生日を祝うとともに、長きにわたり王家を支えてきたエルドリア公爵家との絆をさらに深めるため――」

その先の言葉は、誰もが知っていた。

アリーナ・フォン・エルドリアとレコルト・クラウンの正式婚約を、ここに宣言する――。

会場が拍手に包まれる。

アリーナの頬が熱くなった。レコルトの手をそっと握り返す。

これで、ずっと一緒にいられる。

これで、約束が叶う。

そう思った、その瞬間だった。

レコルトが、突然アリーナの手を振り払った。

「……レコルト殿下?」

アリーナが戸惑いの声を上げる。

レコルトは、静かに、しかしはっきりと口を開いた。

「父上、母上、そして皆様にお伝えしたいことがあります」

会場が静まり返る。

レコルトはアリーナから一歩離れ、冷たい視線を向けた。

「アリーナ・フォン・エルドリアとの婚約を、ここに解消いたします」

――一瞬、時間が止まったような気がした。

アリーナの耳がキーンと鳴る。

周囲からざわめきが広がる。

「え……?」

アリーナの声は、震えていた。

レコルトは続けた。まるで台本でも読むように、淡々と。

「理由は簡単です。彼女は、王太子妃としてふさわしくない」

会場がどよめく。

アリーナの視界が揺れた。

「ふ、ふさわしく……ない? どういう……」

「君は優しくて美しい。誰もがそう言うだろう。でも、それだけだ」

レコルトの声に、嘲笑が混じる。

「君には情熱がない。刺激がない。ただそこにいるだけの、退屈な人形のような女だ。僕には、もっと輝く女性が必要だ」

人形。

退屈。

その言葉が、アリーナの胸に突き刺さる。

周囲の貴族たちが、驚きと好奇心の入り混じった目でこちらを見ている。

アリーナは必死に言葉を探した。

「そんな……急に、何を……私たち、ずっと一緒に……」

「もういい」

レコルトは手を挙げて遮り、広間の入り口を指差した。

「紹介しよう。僕の新しい婚約者――ミラン嬢」

扉が開き、一人の少女が現れた。

赤みがかった髪をポニーテールにまとめ、茶色の瞳が輝く、可愛らしい平民の娘。

ドレスはアリーナほど豪華ではないが、それが逆に新鮮で、会場内の男性たちの視線を集めていた。

ミランはレコルトの隣まで歩み寄り、優雅に一礼した。

「初めまして、ミランと申します。平民の出ですが、殿下にご寵愛いただき……」

レコルトがミランの肩を抱く。

「彼女は僕を本気で愛してくれている。そして、僕も彼女に心を奪われた。一目惚れだったよ」

会場が再びどよめいた。

平民の娘が王太子妃?

前代未聞だ。

だが、レコルトは構わず続けた。

「アリーナ、君との婚約は政治的なものだった。もう必要ない。君は自由だ。……どこか田舎の貴族にでも嫁げばいい」

最後の言葉に、会場内からくすくすと笑いが漏れた。

アリーナの頬が熱くなり、涙が溢れそうになる。

必死に堪える。

泣かない。

ここで泣いたら、終わりだ。

父と母が、玉座の近くで青ざめている。

兄のエリオットが、怒りに震えながら拳を握っている。

でも、誰も口を挟めない。

王太子の決定だ。

王でさえ、息子の突然の宣言に言葉を失っている。

アリーナは、ゆっくりと一礼した。

声が震えないよう、必死に抑えて。

「……承知、いたしました。婚約破棄、お受けいたします」

レコルトが満足げに頷く。

ミランが、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

アリーナは踵を返し、広間を後にした。

背中に、数百人の視線と囁きが突き刺さる。

「可哀想に……」

「でも、平民の娘が王太子妃なんて……」

「エルドリア家も、もう終わりね」

廊下に出た瞬間、アリーナの足が崩れた。

侍女たちが慌てて支える。

「……お嬢様!」

アリーナは、ただ俯いたまま、震える唇を噛んだ。

涙が、ぽろぽろと大理石の床に落ちる。

――どうして。

――何が変わったの。

――レコルト、あなたはあんな人だったの?

胸が張り裂けそうだった。

馬車に乗り込み、屋敷に戻るまで、アリーナは何も言えなかった。

部屋に閉じこもり、ドレスを脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込む。

枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。

どれだけ泣いただろう。

ふと、視界の端に、古い木箱が目に入った。

母が「決して開けるな」と言っていた、祖母の遺品。

アリーナは、震える手で箱を開けた。

中には、一冊の古びた本。

表紙に、奇妙な紋様が刻まれている。

――禁断の魔導書。

祖母が、密かに受け継いできたものだという。

アリーナは、涙に濡れた手でページをめくった。

そこに書かれていたのは、誰も知らない古の魔法。

強大な力。

常人の百倍の魔力。

「……これを、私が使えるの?」

アリーナの声は、誰にも届かなかった。

でも、その瞳に、初めて――復讐の炎が灯った。

もう、弱い自分は嫌。

もう、誰かに馬鹿にされるのは嫌。

レコルト。

ミラン。

あなたたちが私を踏みにじったこと、後悔させてあげる。

――必ず。

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