婚約破棄された公爵令嬢は、禁断の魔導書で華麗に復讐する ~王太子の後悔と新たな恋の始まり~

ふわふわ

文字の大きさ
2 / 21

第2話 涙の夜と、禁断の継承

しおりを挟む


アリーナはベッドの上で膝を抱え、どれだけの時間が過ぎたのかもわからなかった。

窓の外はすでに深夜。屋敷の庭園を照らす月明かりが、部屋のカーテンを通して淡く床に落ちている。  
枕は涙でぐしょ濡れになり、銀色の髪が乱れて頰に張りついていた。

「……どうして……どうして私なの……」

声にならない呟きが、喉の奥で何度も繰り返される。

昨夜の舞踏会の光景が、瞼を閉じるたびに鮮明に蘇る。

レコルトの冷たい瞳。  
ミランの勝ち誇った笑み。  
貴族たちの嘲笑混じりの囁き。

すべてが胸を抉る。

アリーナはこれまで、自分の人生が穏やかで幸福だと信じてきた。  
公爵家の長女として生まれ、王太子の婚約者として育てられ、周囲から祝福されてきた。  
レコルトのことは、幼い頃から好きだった。  
彼の笑顔を守りたくて、いつもそばにいようと努力してきた。

それなのに。

「退屈な人形のような女」  
「田舎の貴族にでも嫁げばいい」

その言葉が、頭の中でエコーのように響く。

アリーナはぎゅっと拳を握った。爪が掌に食い込み、痛みが走る。

痛い。  
でも、この痛みの方が、まだマシだった。心の痛みよりは。

部屋の隅に置かれた古い木箱が、再び視界に入った。

祖母から母へ、そして母からアリーナへ――「決して人に見せてはならない」と厳しく言い渡された遺品。

母はいつも言っていた。  
「これはエルドリア家の恥。古い時代に禁じられたものを、あなたの祖母が密かに持ち続けたの。でも、もう必要ない時代よ」

アリーナは立ち上がり、よろよろと木箱に近づいた。

鍵はかかっていなかった。  
昨夜、衝動的に開けてしまったときから、そのままだった。

箱の中には、革装丁の古びた本が一冊だけ。

表紙には、複雑に絡み合う銀と黒の紋様。  
中央に描かれた魔法陣のような図形は、見ているだけで頭がくらくらする。

アリーナは震える手で本を取り出し、ベッドに戻った。

ページをめくる。

古い文字。  
現代の共通語とは違う、古代語で書かれている部分が多い。

それでも、不思議と意味が頭に流れ込んでくる。

――これは、魔導書。

――古の時代、王国がまだ魔法戦争の真っ只中にあった頃に編纂された、禁忌の知識。

通常の魔法は、自然界に存在する魔素を媒介として発動する。  
だがこの魔導書に記された魔法は違う。

「魂の深淵より力を引き出す」  
「常人の百倍の魔力を一時的に得る」  
「禁忌ゆえに、使用者は命を削る」

アリーナの指が、ページを止めた。

そこには、祖母の筆跡で小さな書き込みがあった。

『私の愛しい孫へ。  
もしあなたがこの本を開く日が来たなら、それはあなたが深い絶望の中にいるということでしょう。  
私はこの力を使って、家族を守った。  
あなたも、必要なら使ってください。  
ただし、代償は大きい。  
それでも、あなたの人生はあなた自身のもの。  
誰かに踏みにじられて終わるものではない。  
強く生きて。  
――祖母エレノアより』

アリーナの目から、また涙がこぼれた。

今度は悲しみの涙だけではなかった。

祖母も、同じように傷ついたことがあるのだろうか。  
それでも立ち上がったのだろうか。

アリーナは本を抱きしめた。

「……私、弱いままじゃ嫌」

声が、少しだけ強くなった。

「レコルトが私を捨てたなら、私だって……私だって、幸せになる権利がある」

その瞬間、魔導書が淡く光った。

ページが勝手にめくれられ、一つの魔法陣が浮かび上がる。

――初級の感知魔法。

魔導書は、持ち主の意志に応じて、必要なページを開くらしい。

アリーナは、恐る恐る指を魔法陣に触れた。

すると、頭の中に知識が流れ込んできた。

どうやって魔力を循環させるか。  
どうやって呪文を唱えるか。  
すべてが、まるで自分の記憶のように自然に理解できた。

「……試してみよう」

アリーナはベッドから立ち上がり、部屋の中央に立った。

深呼吸をして、魔力を意識する。

普段の魔法授業では、微々たる魔力しか感じられなかった。  
それが原因で、アリーナは「魔法の才能がない」と陰で言われていた。

でも今は違う。

体の中を、熱い川が流れているような感覚。

魂の奥底から、力が湧き上がってくる。

アリーナは、呪文を唱えた。

「ルミナス・プローベ」

小さな光の玉が、手のひらの上に現れた。

普通なら、ろうそく程度の明るさしか出せない初級魔法。

だがアリーナの光は、部屋全体を昼のように照らした。

眩しさに目を覆いながら、アリーナは息を呑んだ。

「……これが、私の力?」

光は安定して浮かび続け、疲れを感じない。

魔導書の力は、本物だった。

アリーナは、光を見つめながら呟いた。

「これで……私、変われる」

そのとき、部屋の扉がノックされた。

「お嬢様……お目覚めでしょうか?」

侍女長のエマの声だった。

アリーナは慌てて光を消し、魔導書を枕の下に隠した。

「エマ……入って」

扉が開き、エマが入ってきた。

年配の侍女は、アリーナの腫れた目を見て、心配そうに眉を寄せた。

「お嬢様……昨夜のことは、本当に……」

エマは言葉を詰まらせた。

屋敷中が動揺している。  
公爵である父は王宮に抗議の手紙を書いているが、王太子の決定に逆らうのは難しい。  
兄のエリオットは、剣を握りしめて王宮に乗り込もうかと本気で悩んでいるらしい。

アリーナは、弱々しく微笑んだ。

「エマ、私……もう泣かない」

エマが驚いたように目を見開く。

「お嬢様?」

「私、決めたの。王立魔導アカデミーに入学する」

エマは息を呑んだ。

王立魔導アカデミーは、王国の最高学府。  
貴族の子弟が通うが、魔法の才能がなければ入学すら難しい。

アリーナには才能がない――それがこれまでの常識だった。

「でも、お嬢様……魔法が……」

「大丈夫」

アリーナの声に、初めて強い意志が宿っていた。

「私、頑張ってみる。もう、誰かに馬鹿にされたくない」

エマは、しばらくアリーナを見つめていた。

そして、深く頭を下げた。

「……わかりました。お嬢様の決意なら、私どもは全力でお支えいたします」

朝が来た。

アリーナは鏡の前で髪を整えながら、自分に言い聞かせた。

今日から、新しい私。

レコルトが私を見捨てたなら、私だって前を向く。

ミランに負けたくない。

そして――いつか、二人に後悔させてみせる。

その決意を胸に、アリーナは父の書斎に向かった。

父に、アカデミー入学の願いを伝えるために。

魔導書は、枕の下で静かに光を待っていた。

アリーナの新しい人生が、今、始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。 心のよりどころは絵だけ。 それなのに、利き手を壊され描けなくなった。 すべてを失った私は―― ※他サイトに掲載

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

婚約破棄、しません

みるくコーヒー
恋愛
公爵令嬢であるユシュニス・キッドソンは夜会で婚約破棄を言い渡される。しかし、彼らの糾弾に言い返して去り際に「婚約破棄、しませんから」と言った。 特に婚約者に執着があるわけでもない彼女が婚約破棄をしない理由はただ一つ。 『彼らを改心させる』という役目を遂げること。 第一王子と自身の兄である公爵家長男、商家の人間である次期侯爵、天才魔導士を改心させることは出来るのか!? 本当にざまぁな感じのやつを書きたかったんです。 ※こちらは小説家になろうでも投稿している作品です。アルファポリスへの投稿は初となります。 ※宜しければ、今後の励みになりますので感想やアドバイスなど頂けたら幸いです。 ※使い方がいまいち分からずネタバレを含む感想をそのまま承認していたりするので感想から読んだりする場合はご注意ください。ヘボ作者で申し訳ないです。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

処理中です...