褐色の恋人はスタージャ

ふわふわ

文字の大きさ
21 / 25

5-1:最後通告と政治的清算

しおりを挟む
セクション1:最後通告と政治的清算

ノルディア王国・王都セレスタ。
白亜の王城では、久方ぶりに重苦しい緊張が張り詰めていた。

第一王子レオンハルト・ヴァイス・ノルディアが、王と貴族議会の前に立つ。
目的はただ一つ――クラリッサ・ヴァルシュタインとの婚約破棄を、正式に提出すること。

この日を境に、ノルディア王国の空気は大きく変わる。

「――私、レオンハルトは、クラリッサ嬢との婚約を、王家の名において正式に解消いたします。理由は、政略的要請の解消と、両者の価値観の乖離による将来的な破綻の回避です」

王宮議会の中央ホール。
淡々と読み上げられる書面。だがその意味は、歴史を左右するほどに重い。

「……馬鹿な……!」

「あのヴァルシュタイン家との婚約を――王子自ら破棄するだと!?」

「無謀にも程がある!」

保守派貴族たちが次々に立ち上がり、反対の声をあげる。
当然だ。クラリッサの父は有力な大貴族であり、彼女自身も王家との結びつきを武器に王宮での発言権を持っていた。
彼女との婚約破棄は、ただの“別れ”ではない――ノルディア王国内の“勢力地図”を塗り替えることと同義なのだ。

だが、レオンハルトは一歩も引かない。

「……我が王家は、民を導くために存在します。
そのために必要なのは、惰性による結びつきではなく、“共に進む意志”です」

「しかし、王子殿下、クラリッサ嬢は王宮において長く忠義を――!」

「――忠義を語るならば、私はこう問います」

レオンハルトの声が一段階、低く鋭くなった。

「王宮の秩序とは、“貴族の論理”を守ることですか?
それとも、“国の未来”に希望を持たせることですか?」

重臣たちの口が、一斉に閉じられた。

彼の背後には、民の期待がある。
レオンハルトは、すでに“王位継承者”として民の信頼を得ていた。
彼の決断に共鳴した若手の貴族や文官たちは、水面下で支援を表明していたのだ。

クラリッサが、そんな空気の中、ついに姿を現した。

純白のドレスに身を包んだ姿は、かつての“王子の婚約者”としての威厳を保っている。
だが、その瞳は怒りと哀しみで濁っていた。

「……レオンハルト殿下。あなたは、私を――ヴァルシュタイン家を裏切るのですね」

「違う。私は、“あなたを偽る関係”を終わらせたいだけだ」

「私はあなたのために、どれだけのものを犠牲にしたか……!
王族に相応しい立ち振る舞いを学び、あなたの隣に立つために人生をかけてきた!」

「……だからこそ、あなたには新しい場所で、その努力を活かしてほしい。
王妃としてではなく、“クラリッサ”という一人の人間として」

「なに、それは――追放のつもり!?」

「違います。外交任務として、姉妹国レアーゼンへの派遣が決定しました。あなたには、新たな立場で国の未来に尽くしていただく」

それは、事実上の“左遷”だった。
だが同時に、名目上は栄誉ある外交任務。王室としての顔も保たれた処置だった。

クラリッサは、ぎりっと歯を噛み締めた。

「……こんなやり方、惨めにも程がある」

レオンハルトは何も言わなかった。

彼女の怒りも哀しみも、理解できないわけではない。
だが、政略に縛られた“婚約”ではなく、自らの意思で選び取る“未来”を得るには――
何かを終わらせなければならないのだ。

「……わたくしは、この処置を“外交任務”として受け入れます。
貴族の娘としての責務を果たすとともに――あなたの顔を、もう二度と見なくて済む距離へ行けること、何よりの喜びと心得ます」

彼女のその皮肉すら、もはや涙声になっていた。

それでも最後まで、クラリッサは泣かなかった。
彼女の背筋はまっすぐだった。

重い沈黙の中、彼女は踵を返し、玉座の間を去っていった。

長く続いた“王子と婚約者”という物語の、静かな終わりだった。

レオンハルトは、その背を見送るように立ち尽くしていた。

「……すべての整理は、これで終わりました」

やがて彼はそう呟き、拳をゆっくりと握りしめた。

(あとは――あの人の前に、“まっすぐな自分”として立つだけだ)



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...