褐色の恋人はスタージャ

ふわふわ

文字の大きさ
2 / 25

1-2:砂漠の遭難者

しおりを挟む
セクション2:砂漠の遭難者

砂漠の空は晴れ渡っていた。だが、その美しさの裏に潜む厳しさを、スジャータはよく知っている。
日が昇って数時間もすれば、体感温度は40度を超える。風が吹けば、細かい砂粒が肌を焼きつける。

「東の尾根まで進んだら、一度小休止を入れましょう。湿度が昨日より下がってる。喉を乾かす前に休むのが大事よ」

そう隊に声をかけながら、スジャータは騎乗したまま視線を遠くに走らせていた。
そのとき、風に紛れて奇妙な違和感を感じた。熱気の揺らめく地平線――その向こうに、砂と色の違う影が見えたのだ。

「……あれは?」

「姫様、前方に人影!」

報告したのは先行する斥候の青年だった。彼の声に、護衛たちが身構える。

「カリム、副隊長を連れて接近して。警戒態勢を維持しつつ、負傷者がいれば救護も」

「御意」

スジャータは馬の腹を蹴り、砂丘を越える。見えてきたのは、まさに灼熱の砂に倒れた人々だった。

衣服の意匠から見て、どうやら異国の貴族か兵士。特に中央に倒れている金髪の青年の服には、見覚えのある紋章があった。

「ノルディア……まさか、そんな……」

スジャータが近づくと、青年がうっすらと目を開いた。荒い息を吐きながら、乾いた唇を開く。

「……水……」

スジャータは無言で水袋を差し出した。青年は必死で水を飲み、一息つくと、はっきりと彼女の姿を捉えた。

「……褐色の天女かと思った……」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ。名前は?」

「レオンハルト・ヴァイス……ノルディア王国の……第一王子だ」

「王子様本人って、マジなのね……」

思わず眉をしかめるスジャータ。
王子が砂漠で遭難――これは一歩間違えば国際問題だった。

「……ごめん、君は?」

「スジャータ・アミーナ・サーリャ。サーリャ王国第十八王女よ」

「十八!? そんなに王女が?」

「砂漠の国は厳しいから、たくさん子どもを持つのが文化なの。ついてこれないなら、無理しないでね」

王子はへらっと笑ったが、顔色はまだ悪い。
その姿に、スジャータは隊の者たちに的確な指示を飛ばす。

「すぐに簡易天幕を。水と食料も。日焼けと脱水で弱ってるわ、薬草茶も用意して」

「了解!」

部下たちが動き始める中、スジャータは王子を日陰に運ぶよう手伝った。
ふと彼女の手に触れた王子が、ぽつりと呟く。

「君、まるで……本当の騎士みたいだな」

「それ、褒めてるの? 王女としてはどうなのよ」

「いや、すごくカッコいいって意味」

顔を赤らめた王子を見て、スジャータは少しだけ笑った。

「ありがとう。でも私、“お飾り”や“政略結婚の駒”になるつもりはないの」

「そうは見えないよ。君の指示の出し方とか、目の鋭さとか……完全に現場の指揮官だ」

「元・社畜だったからね」

「しゃちく?」

「なんでもないわ。気にしないで」

救護が進む中、王子一行の命に別状はないことが確認された。
ただし、体力の消耗が激しく、数日間は静養が必要だった。

「……ありがとう、スジャータ王女。本当に助かった」

「いいのよ、サーリャの民として当然のことをしただけ」

「君は、サーリャを代表する者として誇り高い」

「十八番目の王女でもね」

その言葉に王子が目を見開く。スジャータは肩をすくめた。

「そろそろ、どうしてここに来たのか教えてもらえる?」

「……実は……」

王子は、近道になるはずだった未踏ルートを選び、護衛とともに強行突破を図ったことを告白した。
結果として道に迷い、迷走し、行き倒れたのだ。

「外交使節でもなく、正式な連絡もなしに越境。……外交問題になっても文句は言えないわね」

「……仰る通り」

「でも、こうして助けた以上、責任はあるわ。回復したら、ちゃんと儀礼を通してノルディアに帰りなさい」

「……ではその礼も兼ねて。君に、ノルディアを案内させてほしい」

その申し出に、スジャータは目を細めた。

――まさか、これが始まりになるとは。このときはまだ、思いもしなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

処理中です...