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2-5:外交危機と同行
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セクション5:外交危機と同行
サーリャ王国王女スジャータの「帰国宣言」と、第一王子レオンハルトの「同行表明」は、ノルディア王宮に瞬く間に激震をもたらした。
「何を考えておられるのです、殿下!」
執務室に響くのは、重臣たちの怒声。
貴族院筆頭議長を務める老侯爵は、テーブルを叩いて立ち上がった。
「外国の王女が滞在中に不快な思いをした。それは我々にも責任があるでしょう。だが、それと貴殿が自ら彼女に随行する必要があるのか!? 貴族社会にどれほどの波紋を――!」
「……民が売られていたのです」
レオンハルトの声は低く、だが揺るがなかった。
「ノルディアでは禁止されているはずの奴隷売買が行われていた。しかも、公的な場所で、堂々と。それを、王女である彼女が直接目撃し、自ら救出したのです」
「それは……痛恨の失態だ。しかし、その責任を殿下お一人が背負うべきでは……!」
「ならば、誰がサーリャに謝罪に行くのです? 誰が、私の代わりに、彼女と並んで砂漠を歩く?」
老侯爵は言葉を詰まらせ、口を閉じた。
「スジャータ王女は、私の命の恩人です。そして今回、彼女が我が国に滞在しなければ、あの少女たちは今も檻の中にいたでしょう。……その恩義と誠意を、私は王族として形にする必要がある」
静寂の中、誰も反論できなかった。
***
その日の夜、スジャータのもとに、使節団派遣の正式文書と、帰国の準備に関する通達が届いた。
レオンハルトの名が記された公印入りの通達だった。
「……思ったよりも早かったわね」
書状を見て、スジャータは息をついた。
部屋の隅では、ミミたち三人が丸くなって荷造りをしている。
「これ、持って帰っていいのかな……?」
「このぬいぐるみ、かわいいけど、大きいね……」
「でも、すじゃーたさまが『いいわよ』って言ってた!」
「うん、だいじにする!」
スジャータは笑いながら、三人の頭を撫でた。
「それは王宮がくれたものよ。大切に持って帰って、家族に見せてあげて」
「うん!」
そこへ、カリムが扉をノックして入ってくる。
「姫様。出発の支度が整いました。王子殿下も合流されるとのことです」
「ありがとう、カリム。――いよいよね」
スジャータは立ち上がり、窓から外を見た。
明日の朝、彼女はこの城を出て、母なる国――サーリャへと戻る。
だが、彼女の帰国は単なる“帰郷”ではなかった。
ノルディア王国第一王子を伴った“正式な外交団”としての帰還であり、
同時に、王女としての立場と覚悟を試される旅でもある。
***
翌朝。
白い城門が開かれ、スジャータ一行は馬車と騎士団に守られながら、王都を出立した。
その中央には、金の髪を風に揺らしながら馬に乗る青年――レオンハルトの姿があった。
「……君は、馬に乗らなくていいのか?」
彼は隣の馬車に乗るスジャータに尋ねた。
「今日は特別に“姫君らしく”してみようかと思って。三人の子を連れて馬に乗るのはさすがに大変だもの」
「なるほど。確かに、その三人が一緒に馬に乗ったら、君はどこにも進めなさそうだ」
馬車の窓からぴょこんと顔を出したミミが、無邪気に叫んだ。
「すじゃーたさま、もう“けり”はしないのー?」
「するわけないでしょ! 旅の最中に蹴る用事なんてないの!」
「じゃあ、ぶれいものにあったら?」
「……そのときは、言葉で戦うの」
「ことばのけり!」
「違う! それは比喩じゃなくて……!」
レオンハルトはくすりと笑った。
「いい子たちだな」
「……そうね。私の誇りよ。彼女たちを国に帰すまでは、絶対に倒れられない」
スジャータの言葉には、王女としての意思がこもっていた。
***
一行は、数日かけてサーリャ王国との国境へと向かっていく。
その道中、ノルディアの各都市を通過するたびに、スジャータの“帰国と王子の同行”は注目を集めた。
ある町では、彼女の姿を一目見ようと人々が道端に集まり、
またある村では、褐色の肌の少女たちを見て、驚きと敬意が入り混じった視線が向けられた。
「……以前より、この国の目が柔らかくなった気がする」
「王女の言葉が、それほどの影響を与えたということだろう」
「そうであると、信じたいわね」
スジャータは微笑みながら、夕陽に照らされる道を見つめた。
――これはまだ、旅の途中。
本当の対話は、国境の向こう、母国で待っている。
そのとき、サーリャの女王が、母が、どう出るか。
レオンハルトがどこまで踏み込んで謝罪をし、誠意を示せるのか――
すべては、もうすぐ明かされる。
サーリャ王国王女スジャータの「帰国宣言」と、第一王子レオンハルトの「同行表明」は、ノルディア王宮に瞬く間に激震をもたらした。
「何を考えておられるのです、殿下!」
執務室に響くのは、重臣たちの怒声。
貴族院筆頭議長を務める老侯爵は、テーブルを叩いて立ち上がった。
「外国の王女が滞在中に不快な思いをした。それは我々にも責任があるでしょう。だが、それと貴殿が自ら彼女に随行する必要があるのか!? 貴族社会にどれほどの波紋を――!」
「……民が売られていたのです」
レオンハルトの声は低く、だが揺るがなかった。
「ノルディアでは禁止されているはずの奴隷売買が行われていた。しかも、公的な場所で、堂々と。それを、王女である彼女が直接目撃し、自ら救出したのです」
「それは……痛恨の失態だ。しかし、その責任を殿下お一人が背負うべきでは……!」
「ならば、誰がサーリャに謝罪に行くのです? 誰が、私の代わりに、彼女と並んで砂漠を歩く?」
老侯爵は言葉を詰まらせ、口を閉じた。
「スジャータ王女は、私の命の恩人です。そして今回、彼女が我が国に滞在しなければ、あの少女たちは今も檻の中にいたでしょう。……その恩義と誠意を、私は王族として形にする必要がある」
静寂の中、誰も反論できなかった。
***
その日の夜、スジャータのもとに、使節団派遣の正式文書と、帰国の準備に関する通達が届いた。
レオンハルトの名が記された公印入りの通達だった。
「……思ったよりも早かったわね」
書状を見て、スジャータは息をついた。
部屋の隅では、ミミたち三人が丸くなって荷造りをしている。
「これ、持って帰っていいのかな……?」
「このぬいぐるみ、かわいいけど、大きいね……」
「でも、すじゃーたさまが『いいわよ』って言ってた!」
「うん、だいじにする!」
スジャータは笑いながら、三人の頭を撫でた。
「それは王宮がくれたものよ。大切に持って帰って、家族に見せてあげて」
「うん!」
そこへ、カリムが扉をノックして入ってくる。
「姫様。出発の支度が整いました。王子殿下も合流されるとのことです」
「ありがとう、カリム。――いよいよね」
スジャータは立ち上がり、窓から外を見た。
明日の朝、彼女はこの城を出て、母なる国――サーリャへと戻る。
だが、彼女の帰国は単なる“帰郷”ではなかった。
ノルディア王国第一王子を伴った“正式な外交団”としての帰還であり、
同時に、王女としての立場と覚悟を試される旅でもある。
***
翌朝。
白い城門が開かれ、スジャータ一行は馬車と騎士団に守られながら、王都を出立した。
その中央には、金の髪を風に揺らしながら馬に乗る青年――レオンハルトの姿があった。
「……君は、馬に乗らなくていいのか?」
彼は隣の馬車に乗るスジャータに尋ねた。
「今日は特別に“姫君らしく”してみようかと思って。三人の子を連れて馬に乗るのはさすがに大変だもの」
「なるほど。確かに、その三人が一緒に馬に乗ったら、君はどこにも進めなさそうだ」
馬車の窓からぴょこんと顔を出したミミが、無邪気に叫んだ。
「すじゃーたさま、もう“けり”はしないのー?」
「するわけないでしょ! 旅の最中に蹴る用事なんてないの!」
「じゃあ、ぶれいものにあったら?」
「……そのときは、言葉で戦うの」
「ことばのけり!」
「違う! それは比喩じゃなくて……!」
レオンハルトはくすりと笑った。
「いい子たちだな」
「……そうね。私の誇りよ。彼女たちを国に帰すまでは、絶対に倒れられない」
スジャータの言葉には、王女としての意思がこもっていた。
***
一行は、数日かけてサーリャ王国との国境へと向かっていく。
その道中、ノルディアの各都市を通過するたびに、スジャータの“帰国と王子の同行”は注目を集めた。
ある町では、彼女の姿を一目見ようと人々が道端に集まり、
またある村では、褐色の肌の少女たちを見て、驚きと敬意が入り混じった視線が向けられた。
「……以前より、この国の目が柔らかくなった気がする」
「王女の言葉が、それほどの影響を与えたということだろう」
「そうであると、信じたいわね」
スジャータは微笑みながら、夕陽に照らされる道を見つめた。
――これはまだ、旅の途中。
本当の対話は、国境の向こう、母国で待っている。
そのとき、サーリャの女王が、母が、どう出るか。
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