褐色の恋人はスタージャ

ふわふわ

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4-4:王子、再びサーリャへ

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セクション4:王子、再びサーリャへ

砂漠の都アスハリームに、王国旗とは異なる深紅と銀の紋章が掲げられていた。
その旗印はノルディア王国のもの。正式な外交使節としての来訪だった。

だが今回は、訪問の意味が違う。
ノルディア王国第一王子レオンハルトは、求婚者としてではなく、外交使節団の一員として――いや、誠意を形にする“ただの一青年”として、再びこの地を踏んだ。

王宮の正門が開かれる。

「ようこそ、王子殿下。女王陛下がお待ちです」

案内役の高官が恭しく頭を下げ、玉座の間へと導く。

そして、いよいよ扉が開かれた。

――その瞬間、レオンハルトの足が止まる。

「……!」

一歩、踏み出しかけた足が空気を掴むように宙で止まる。
彼の視線の先にあったのは、サーリャ王国の威厳――そして圧倒的な“女性の視線”。

ザフィーラ女王が玉座に座しているのはもちろんのこと、その両脇にはずらりと――17人の王女たちが勢揃いしていたのだ。

褐色の肌に、それぞれ異なる雰囲気と品格をまとった姫君たち。

サーリャ王国が誇る“王女十八華”――その中心に第十八王女、スジャータ・アミーナ・サーリャがいる。

彼女だけが視線を外し、淡々と立っていた。
だが、他の17人の姉たちは違った。

その鋭くも堂々としたまなざしが、一斉にレオンハルトを見据えていたのだ。

「……っ」

思わず言葉を失う。
これが――サーリャ王家。

この国の“女”は、ただの飾りでもなければ、政略結婚の駒でもない。
それぞれが己の意志と矜持をもって立っている。

それを視線ひとつで理解させる、この迫力。

(……これは、来たというより、“呼び出された”のか?)

レオンハルトは一瞬だけ自問し――それでも、足を踏み出した。

「ノルディア王国第一王子、レオンハルト・ヴァイス・ノルディア、参上つかまつりました」

低く一礼すると、女王ザフィーラがようやく口を開く。

「久しぶりね。今度は“自分の足で”来たようね?」

「はい。今回は、王国の使節として正式に訪問いたしました。あわせて、サーリャ王国および王女スジャータ殿下への誠意を文書としてご提出申し上げます」

「まあ、口調はずいぶん整ったわね。――で、顔も整えてきたのかしら?うちの子たちに見つめられても動じない程度には」

周囲の王女たちが小さく笑う。
だが、それは嘲笑ではなかった。
ただ静かに、“試すような視線”を送っていただけだ。

レオンハルトは、顔を上げ、玉座の前に進み出る。

「陛下。先日の件により、貴国および王女殿下にご迷惑をおかけしたこと、改めて謝罪いたします」

「……ふむ」

ザフィーラ女王は、扇をゆらしながら返す。

「謝罪は受け取るわ。でも今回は謝るためだけに来たのではないはず」

「はい。スジャータ殿下への求婚について、今回は“王国としての意思”ではなく、“一人の男としての覚悟”を、正式にお伝えするために参りました」

「ふふ、ようやく言葉が軽くなくなったわね。
では、条件を確認しておきましょうか」

扇子を静かにたたみながら、女王が言う。

「まず第一に、“スタージャの心を射止めること”。これは……分かっているわね?」

「はい。彼女が誰よりも鋭く、誰よりも強い意志を持つこと、すでに私は痛感しております」

「いい返事ね。第二に、“元婚約者との関係を綺麗に、後腐れなく清算していること”。
“法的に破棄した”というだけじゃ足りないの。“感情面”での解決も含むわ」

「クラリッサ嬢とは、直接会って謝罪し、彼女の名誉を守ることも私の責任と心得ております」

「――よろしい」

女王の視線が鋭さから優しさへと変わる。

「では、最後に一つだけ教えて。あなた、スジャータの“何”を見て惚れたの?」

レオンハルトは、一瞬だけ視線をスジャータに向け――そして、女王をまっすぐ見つめて答えた。

「彼女の目に、です。誰に媚びるでもなく、誰にも屈しないまっすぐな眼差しに、私は心を奪われました」

ザフィーラ女王は、満足げに頷いた。

「ならば、スタージャの“目”に映る男になれるよう、努力なさい。……ここからが、本当のスタートよ」

スジャータが初めて、ほんのわずかに、口角を上げた。

そして――18人の王女たちの視線が、ふっと緩んだ。

それは「審査終了」の合図だった。

レオンハルトは、内心で静かに息をついた。
だが同時に、自分の戦いはまだ始まったばかりだと理解していた。

これが、真の意味での第一歩。
恋も外交も、ここからが本当の物語――。

:姉たちの“試験官会議”と、女王の嘆き

「ふむ、“目”に惚れた、と。なかなか悪くない答えね」

女王ザフィーラが頷いた直後、重厚な雰囲気を吹き飛ばすように――王女の一人がぽつりと漏らした。

「……でもさ、歩法――確かにいい男だね、顔も整ってるし、身なりも悪くない」

「ねぇ、それ私も思った。あの白っぽい金髪、ちょっと陽の下だと輝いて見えるよね~」

「でもさ、筋肉は? ちょっと細くない?」

「またそれですか、第三王女姉さま……男の価値を筋肉量で測るの、やめてくださいよ」

「だって大事でしょ? 重い槍を振るえるかどうかって、見る目の基準よ?」

「姉さま、それ軍人目線です……」

レオンハルトは突然始まった“姉妹品評会”に、完全に面食らっていた。

「で? どこで知り合ったの? 砂漠で遭難してるところをスジャータが助けたって噂だけど、ホント? ロマンスじゃん」

「ねぇ、何日くらい一緒に旅したの?」

「え、あんたもう寝所とか――」

「それ以上は失礼でしょ! やめて!」

「ねぇねぇスジャータ、あんたの好みなの?」

「個人的にはどうなのよ? 顔? 性格?」

「一夜を共に――」

「やめいッ!!」

バンッ!

玉座の前、扇子を机に叩きつけた音が響く。

「お前たち……黙りなさいッ!」

ザフィーラ女王の雷鳴の如き声が、空間を制圧した。

「せっかく真面目に話してるのに、何よこのざわざわ姫会議! はなしが、まったく、進まないじゃないの!」

その声に、ぴたりと口を閉じる17人の王女たち。

「…………」

「…………」

「…………」

しん……と、あまりに静かになりすぎて、逆に不自然な沈黙が流れる。

女王は額に手を当て、深々とため息をついた。

「……これだから、姉妹が多いってのも考えものよね……」

レオンハルトは、沈黙する王女たちを前に、何をどうリアクションすればいいのか分からず、ただ真顔で立ち尽くしていた。

スジャータはと言えば――
「……いつも通り、です」とだけ呟き、淡々と視線を外していた。

王族としての重責と、姉妹たちの自由すぎる日常。
この国の“強さ”と“個性”が、まざまざと浮き彫りになった一幕だった。




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