褐色の恋人はスタージャ

ふわふわ

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4-2:スジャータへの婚約申し込み

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セクション2:スジャータへの婚約申し込み

クラリッサが涙と怒声を残して退場し、騎士たちによって扉の奥へと導かれていった後も、王城の大広間には重苦しい沈黙が流れていた。

その沈黙を最初に破ったのは、王子レオンハルトだった。

彼は静かに一歩、前へ進み出ると、正面の玉座に座る国王を一礼で仰ぎ、広間全体に響くような声で口を開いた。

「ただいま、クラリッサ・ヴァルシュタイン嬢との婚約を正式に解消いたしましたこと、皆様にお伝えいたしました。
この場を借りて、次なる私の意志を、正々堂々と宣言させていただきます」

広間の空気が再びぴんと張り詰める。

その視線は、否応なく一人の人物に集まっていた。

サーリャ王国第十八王女、スジャータ・アミーナ・サーリャ。

褐色の肌と琥珀色の瞳。王女としての気品と、異国的な美しさを備えた少女は、視線を受けてもなお微動だにせず、静かに佇んでいた。

レオンハルトは、そんな彼女をまっすぐに見つめる。

「――スジャータ殿下。私は貴女に、改めて正式に、婚約を申し込みたい」

その言葉に、会場が大きく揺れた。

「まさか、続けざまに……」

「前婚約者があの騒ぎの直後に……」

「だが、彼女は命の恩人ではあるからな……」

さまざまな声が小さく飛び交う中で、スジャータはただ静かに、レオンハルトを見返していた。

(来たわね、この展開)

スジャータの内心は、あくまで冷静だった。

(婚約破棄→次の令嬢にプロポーズ。お決まりのテンプレ展開……)

彼女は前世の知識があるがゆえに、すでにこの“筋書き”に嫌気すら覚えていた。

だが、レオンハルトの表情は真剣そのものだった。
まっすぐな視線も、緊張を滲ませながらも揺らぎがない。

「先日の件では、私の軽率な振る舞いにより、貴女を困惑させ、巻き込んでしまったことを重ねてお詫びいたします」

スジャータの眉が、わずかに上がる。

(……自覚はあるのね)

「そのうえで、私は貴女に心からの敬意と感謝を抱いております。貴女の行動は、ただ命を救ったという恩義を超え、私の価値観すら変えてくれた。
そして、貴女の強さと誇りに、私は……心を奪われました」

その言葉は、劇的な恋愛小説のようでもあったが――
彼の目には、演技の色はなかった。

だが、それでも。

「――王子」

スジャータは穏やかに、けれどしっかりと制するように言った。

「一つだけ確認させてください。この申し出は、ノルディア王国としてのものですか? それとも、あなた個人の感情として?」

レオンハルトは、ためらいなく答える。

「両方です」

「では、それをこの場で“公に”宣言されたということは、すでに“婚約承諾”が得られると見込んでいたのでしょうか?」

「……いいえ。私は、今ここで返答をいただけるとは考えておりません。ただ、この想いを偽らず、正式にお伝えしたかったのです」

その言葉に、スジャータはふっと小さく目を細めた。

「あなたの誠意は、たしかに伝わってきます」

彼女はそう前置きしたうえで、少しだけ視線を落とした。

「でも、あえて言わせていただきますね。“誠意”があるからといって、すべてが受け入れられるわけではないんです」

レオンハルトが静かに息を呑む。

スジャータは、会場全体を見渡した。貴族たち、文官、そして王族たち。その誰もが、この場の行方を固唾を呑んで見守っている。

「私は、サーリャ王国の王女です。そして、転生者でもあります」

さらりと放たれた言葉に、ざわつきが走りそうになったが、スジャータは構わず言葉を重ねた。

「この流れは、まるで出来の悪い“婚約破棄ざまぁ劇”。
前婚約者が感情を爆発させて退場した直後に、新たなヒロイン候補へ求婚――これ以上、分かりやすい展開ってあるかしら?」

広間が、一瞬凍りつく。

「私は、“運命に巻き込まれて都合よく幸せを得る”ヒロインではありません。
自分で選び、自分で歩く人生を望んでいます」

その堂々たる物言いに、誰もが圧倒された。

「王子。私を“好きになった”ことを否定はしません。でも、今のあなたは“クラリッサという未完の問題”から逃げ出して、次の答えに飛びついただけ。
私から見れば、あなたの“答え”はまだ、途中なんです」

レオンハルトは拳を握りしめた。

だが彼は、スジャータの言葉に言い返すことはなかった。
それどころか、少し俯いてから、静かに一礼した。

「……ごもっともです。貴女の言葉に、否はありません」

スジャータは、深くうなずいた。

「ですので、この場で返答はいたしません。
私に婚約を望むのであれば――“私にふさわしいあなた自身”であることを、まず証明してください」

そう言い残し、スジャータは背を向けた。

会場の扉に向かって、ゆっくりと歩き出す。

その背には、王女としての矜持と、一人の転生者としての人生哲学が、確かに宿っていた。

(さて、ここからが本当の“物語”の始まり。――他人が書いたシナリオには、もう乗らない)

その言葉を胸に、スジャータは広間を後にした。


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