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第五話 静かな評価
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第五話 静かな評価
王都の社交界は、噂が熟すまでに時間を要しない。
だが、確証のない話ほど、ゆっくりと、慎重に広がっていく。
クラリス・フォン・エルヴェインが婚約を解消されてから、まだ十日も経っていなかった。
それにもかかわらず、彼女の名は、以前とは違う文脈で囁かれ始めている。
「最近、エルヴェイン侯爵家の対応が安定しているそうよ」
「ええ。交渉が早く、条件も明確だとか」
「前は、もう少し柔らかかった印象だけれど……」
午後の茶会。
令嬢たちは扇の陰で声を潜め、言葉を選びながら情報を交換していた。
彼女たちはまだ知らない。
“柔らかさ”と見なされていたものが、クラリスの配慮と調整の積み重ねだったことを。
クラリス自身は、その場にいなかった。
今の彼女は、社交よりも執務を優先している。
侯爵家の書庫。
高い天井と静寂の中で、彼女は王都周辺の取引記録を整理していた。
紙の上に並ぶ数字は、嘘をつかない。
そして、沈黙もまた、多くを語る。
「……やはり、影響が出ていますね」
隣で資料をまとめていた補佐官が、小さく息を吐いた。
「グレイソン伯爵家を経由していた取引が、滞り始めています。直接契約へ切り替える動きも……」
「当然です」
クラリスは、淡々と答える。
「仲介に価値があるのは、機能している間だけ。停滞すれば、別の道が探されます」
彼女は、誰かを貶めるつもりはなかった。
ただ、事実を事実として扱っているだけだ。
その同じ頃、王都の別の屋敷では、焦燥が募っていた。
「なぜ、こちらを通さずに話が進む……!」
アーヴィン・グレイソンは、報告書を机に叩きつける。
「エルヴェイン家が裏で動いているのか?」
「いえ……直接的な干渉は確認されておりません」
家臣の答えに、彼は苛立ちを募らせた。
手を出されていない。
妨害もされていない。
それなのに、状況だけが、確実に悪化していく。
――まるで、何もしていないこと自体が、こちらの失策であるかのように。
その夜、王城の一室では、別の評価が下されていた。
「エルヴェイン侯爵家は、安定しているな」
低い声でそう告げたのは、国王の側近の一人だった。
「婚約解消の混乱を感じさせません。むしろ、判断が明確になった印象です」
国王は、書類に目を通しながら、短く頷いた。
「個人の感情が政務に影響しない。それは、美徳だ」
その言葉は、誰かを褒めるためだけのものではない。
同時に、誰かへの無言の評価でもあった。
数日後、クラリスの元に、一通の非公式な照会が届く。
内容は簡素だった。
王都南区の取引再編について、意見を求めるもの。
命令ではない。
だが、軽視できるものでもない。
彼女は、少しだけ考え、丁寧に書面を整えた。
感情を排し、数字と実務の観点からのみ提案を記す。
送り終えた後、クラリスは静かにペンを置いた。
――評価は、声高に下されるものではない。
積み重なった結果として、
いつの間にか「そういう存在だ」と認識される。
そして今、
その認識は、彼女の知らぬところで固まり始めていた。
対照的に、グレイソン伯爵家の名は、
少しずつ、説明の必要な存在になりつつある。
クラリスは窓の外を見やり、深く息を整えた。
ざまあは、まだ形を成していない。
だが、基礎はすでに完成している。
崩れるのは、
――これからだ。
王都の社交界は、噂が熟すまでに時間を要しない。
だが、確証のない話ほど、ゆっくりと、慎重に広がっていく。
クラリス・フォン・エルヴェインが婚約を解消されてから、まだ十日も経っていなかった。
それにもかかわらず、彼女の名は、以前とは違う文脈で囁かれ始めている。
「最近、エルヴェイン侯爵家の対応が安定しているそうよ」
「ええ。交渉が早く、条件も明確だとか」
「前は、もう少し柔らかかった印象だけれど……」
午後の茶会。
令嬢たちは扇の陰で声を潜め、言葉を選びながら情報を交換していた。
彼女たちはまだ知らない。
“柔らかさ”と見なされていたものが、クラリスの配慮と調整の積み重ねだったことを。
クラリス自身は、その場にいなかった。
今の彼女は、社交よりも執務を優先している。
侯爵家の書庫。
高い天井と静寂の中で、彼女は王都周辺の取引記録を整理していた。
紙の上に並ぶ数字は、嘘をつかない。
そして、沈黙もまた、多くを語る。
「……やはり、影響が出ていますね」
隣で資料をまとめていた補佐官が、小さく息を吐いた。
「グレイソン伯爵家を経由していた取引が、滞り始めています。直接契約へ切り替える動きも……」
「当然です」
クラリスは、淡々と答える。
「仲介に価値があるのは、機能している間だけ。停滞すれば、別の道が探されます」
彼女は、誰かを貶めるつもりはなかった。
ただ、事実を事実として扱っているだけだ。
その同じ頃、王都の別の屋敷では、焦燥が募っていた。
「なぜ、こちらを通さずに話が進む……!」
アーヴィン・グレイソンは、報告書を机に叩きつける。
「エルヴェイン家が裏で動いているのか?」
「いえ……直接的な干渉は確認されておりません」
家臣の答えに、彼は苛立ちを募らせた。
手を出されていない。
妨害もされていない。
それなのに、状況だけが、確実に悪化していく。
――まるで、何もしていないこと自体が、こちらの失策であるかのように。
その夜、王城の一室では、別の評価が下されていた。
「エルヴェイン侯爵家は、安定しているな」
低い声でそう告げたのは、国王の側近の一人だった。
「婚約解消の混乱を感じさせません。むしろ、判断が明確になった印象です」
国王は、書類に目を通しながら、短く頷いた。
「個人の感情が政務に影響しない。それは、美徳だ」
その言葉は、誰かを褒めるためだけのものではない。
同時に、誰かへの無言の評価でもあった。
数日後、クラリスの元に、一通の非公式な照会が届く。
内容は簡素だった。
王都南区の取引再編について、意見を求めるもの。
命令ではない。
だが、軽視できるものでもない。
彼女は、少しだけ考え、丁寧に書面を整えた。
感情を排し、数字と実務の観点からのみ提案を記す。
送り終えた後、クラリスは静かにペンを置いた。
――評価は、声高に下されるものではない。
積み重なった結果として、
いつの間にか「そういう存在だ」と認識される。
そして今、
その認識は、彼女の知らぬところで固まり始めていた。
対照的に、グレイソン伯爵家の名は、
少しずつ、説明の必要な存在になりつつある。
クラリスは窓の外を見やり、深く息を整えた。
ざまあは、まだ形を成していない。
だが、基礎はすでに完成している。
崩れるのは、
――これからだ。
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