『婚約破棄された令嬢は、静かに王国から不要な者を消していく』

ふわふわ

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第六話 選ばれる側

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第六話 選ばれる側

 王都の商業区は、朝から落ち着かない空気に包まれていた。
 取引所に集まる商人たちは、帳簿を開く手を止め、視線を交わす。

 ――誰と組むべきか。

 それは、いつの時代でも商人たちが最も重視する問いだ。
 利益が出る相手か。
 約束を守る相手か。
 そして何より、長く続く相手か。

 最近、その答えが少しずつ変わり始めていた。

「エルヴェイン侯爵家に、直接打診したい」

「グレイソン家を通す意味が、薄れてきたな」

 そんな声が、決して大きくはないが、確実に増えている。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、その動きをすでに把握していた。
 むしろ、想定よりも早い、と感じているほどだ。

 侯爵家の応接室。
 彼女の前には、三名の商会代表が座っていた。

 彼らは緊張していたが、同時に覚悟も決めている。

「本日は、直接お時間をいただき、ありがとうございます」

 年長の商人が、深く頭を下げる。

「これまでの契約形態について、再検討をお願いしたく……」

「要点をどうぞ」

 クラリスは、穏やかな声で促した。

 彼女は、相手を威圧しない。
 だが、主導権を渡すこともない。

「はい。従来は、グレイソン伯爵家を介した形でしたが、今後はエルヴェイン家と直接契約を結びたいと考えております」

 はっきりとした言葉だった。

 それは、裏切りでもなければ、感情的な判断でもない。
 純粋に、合理的な選択だ。

 クラリスは、即答しなかった。
 少しの沈黙を置き、相手の表情を観察する。

 焦り。
 期待。
 そして、不安。

 彼らは「許可される側」ではない。
 これからは、「選ばれる側」なのだ。

「条件次第です」

 彼女は、静かに告げた。

「直接契約は、責任も直接負っていただく形になります。遅延、品質低下、不履行……すべて、言い訳は通りません」

「承知しております」

 商人たちは、迷いなく頷いた。

 その姿を見て、クラリスは内心で評価を下す。
 準備をしてきた者たちだ。

「では、具体的な条件を詰めましょう」

 その一言で、空気が切り替わった。

 一方、グレイソン伯爵家では、同じ情報が別の形で届いていた。

「……三件、ですか?」

 アーヴィン・グレイソンは、報告書を受け取り、眉をひそめる。

「はい。いずれも、長年の取引先です」

「理由は?」

「“契約形態の見直し”としか……」

 彼は、報告書を机に置き、指で軽く叩いた。

 見直し。
 再検討。
 最近、何度も耳にする言葉だ。

「エルヴェイン家が、何か言ったのか?」

「いえ。むしろ、何も」

 その答えが、彼をさらに苛立たせた。

 妨害されていない。
 圧力もかけられていない。

 それなのに、
 選ばれなくなっている。

 彼は、ようやく気づき始めていた。

 自分は、失ったのだ。
 婚約者だけでなく、
 “信頼の裏付け”を。

 夜、エルヴェイン侯爵家の書斎で、クラリスは父と向かい合っていた。

「動きが出始めたな」

 侯爵は、穏やかながらも鋭い目で娘を見る。

「はい。ですが、まだ初期段階です」

「急ぐつもりは?」

「ありません」

 クラリスは、はっきりと言った。

「急げば、こちらの価値を下げます。選ばれるのではなく、奪いに行く形になる」

 侯爵は、満足そうに頷いた。

「お前は、もう“立場”で戦っているな」

「立場は、使うものです。振り回されるものではありません」

 その言葉に、父は何も返さなかった。
 返す必要がなかった。

 その夜、王都の別の屋敷で、アーヴィンは眠れずにいた。

 失ったのは、目に見えるものではない。
 だからこそ、取り戻し方が分からない。

 彼が切り捨てたと思っていた相手は、
 今や、選ぶ側に立っている。

 ――ざまあは、まだ始まったばかりだ。

 そしてこの流れは、
 誰にも止められない。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、
 静かに、だが確実に、
 盤面の主導権を握りつつあった。
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