『婚約破棄された令嬢は、静かに王国から不要な者を消していく』

ふわふわ

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第七話 取り戻せない位置

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第七話 取り戻せない位置

 王都では、立場というものが何より雄弁に語る。
 それは肩書きではなく、誰が誰に先に声をかけるかという、ごく些細な差に現れる。

 最近、グレイソン伯爵家では、その「些細な差」が、目に見える形で増えていた。

 応接室に通されるまでの待ち時間。
 返書が届くまでの日数。
 以前なら即日だった返答が、今は三日、四日と延びる。

 アーヴィン・グレイソンは、机の前に座ったまま、拳を握りしめていた。

「……失礼な話だ」

 口に出した言葉は、誰に向けたものでもない。

 彼は理解し始めていた。
 これは偶然ではない。
 そして、誰かの陰謀でもない。

 評価が変わっただけだ。

 その事実が、何よりも腹立たしかった。

 一方、エルヴェイン侯爵家では、対照的な動きが続いていた。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、王都中央区の会合に出席していた。
 形式上は、複数家の合同協議。
 実態は、今後の流通を左右する重要な場だ。

 席に着いた彼女の前には、すでに数名の貴族が集まっていた。

「お久しぶりです、クラリス様」

「最近はお忙しそうですね」

 彼女は、静かに一礼する。

「皆様も、お変わりなく」

 そこには、以前のような同情や探る視線はなかった。
 あるのは、対等な相手を見る目だ。

 会合が進むにつれ、話題は自然と彼女へ集まっていく。

「エルヴェイン家の判断は早いと聞きました」

「条件が明確で、助かっています」

 クラリスは、必要以上に謙遜しなかった。
 事実を、事実として受け取る。

「曖昧なまま進めるより、最初に線を引いた方が、後が楽ですから」

 その一言に、何人かが小さく頷いた。

 彼女は、前に出ているわけではない。
 だが、場の流れを自然に整えている。

 それこそが、彼女の本来の役割だった。

 会合の終盤、一人の伯爵が何気なく口にした。

「そういえば、グレイソン家は今回、参加されていませんね」

 一瞬、空気が止まる。

 クラリスは、わずかに視線を伏せただけで、何も言わなかった。

 代わりに、別の誰かが言葉を継ぐ。

「最近は、判断が遅れることが多いと聞きます」

「調整役が変わった影響でしょうか」

 それ以上、話は広がらなかった。
 広げる必要がなかったからだ。

 評価は、すでに共有されている。

 その頃、グレイソン伯爵家では、アーヴィンがある決断を迫られていた。

「エルヴェイン家に……打診してみるか」

 家臣たちは、言葉を失った。

 それは、彼にとって「譲歩」を意味する。
 かつて、切り捨てた相手に、再び関係を求めるということ。

 だが、選択肢は減っている。

「……非公式で構いません。まずは、話を」

 そう言った彼の声には、かつての自信はなかった。

 数日後、その打診は、丁寧な書面となってクラリスの元へ届いた。

 彼女は、封を切り、内容に目を通す。

 再検討の提案。
 関係改善の意思。
 そして、過去には触れない姿勢。

 クラリスは、しばらく沈黙した後、書面を机に置いた。

 怒りはなかった。
 喜びもない。

 ただ、確認が一つ取れただけだ。

 ――もう、同じ位置には戻れない。

 彼女は、執事に告げた。

「返信は、通常の順番で」

「内容は?」

「受領の確認のみ。検討には時間がかかる、と」

 それで十分だった。

 今、焦っているのは、向こうだ。

 クラリス・フォン・エルヴェインは、静かに窓の外を見やった。

 立場とは、
 一度失えば、
 願っても、頼んでも、
 元には戻らない。

 その現実を、
 彼は、これから思い知ることになる。
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