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第8話 全力拒否という選択
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第8話 全力拒否という選択
その話を最初に聞いたのは、朝の祈祷が終わった直後だった。
神殿の回廊は、いつもと変わらない静けさを保っていた。
白い石床に差し込む光も、聖歌の余韻も、すべてが穏やかだ。
――だからこそ。
その静けさの中で持ち出された話題が、あまりにも場違いで、シャマルは思わず瞬きをした。
「……アルナージ様と、私を?」
報告に来た神官は、苦い顔で頷いた。
「正式な打診ではありません。あくまで“噂”の段階ですが……」
「噂ねえ」
シャマルは、軽く鼻で笑った。
噂。
そう呼ぶには、あまりにも具体的すぎる。
誰と誰を結び、
どの立場に据え、
どんな未来を描くのか。
そこまで決まっていて、それを噂と呼ぶのは、ただの時間稼ぎだ。
「王太子に据える、って部分まで含めて?」
「……はい」
「でしょうね」
ため息が、自然と漏れた。
王弟の息子アルナージ。
王位への意欲を隠さず、着実に支持を集めている人物。
その彼に、聖女を婚約者として添える。
分かりやすすぎる“正解”だ。
「ねえ」
シャマルは、神官に問いかけた。
「これ、誰が最初に言い出したの?」
「……複数です」
「便利な言い方」
誰か一人の責任にしない。
そうすることで、誰も責任を取らずに済む。
「で?」
シャマルは、椅子に腰掛け、足を組んだ。
「次はいつ、私のところに“相談”という名目で話が来るの?」
「近いうちに、非公式の場で……」
「やっぱり」
完全に想定内だ。
噂を流し、
周囲の反応を見て、
問題なさそうなら本人に話を持ってくる。
断りにくい空気を作ってから、
“君のためを思って”と言う。
「……ほんと、懲りないわね」
シャマルは、天井を仰いだ。
聖女という立場は、便利だ。
誰かの正当性を補強する材料として。
だが同時に、
本人の意思が、最も軽視されやすい立場でもある。
「私に、意見を聞くつもりは?」
「……あります」
「建前でしょ?」
神官は黙った。
その沈黙が、すべてを物語っている。
「私が“嫌です”って言ったら?」
「……再検討、という形になるかと」
「つまり、もう一度持ってくる」
「……はい」
シャマルは、短く笑った。
「それ、拒否って言わないのよ」
検討。
再検討。
協議。
そうやって時間を引き延ばし、
最終的には“仕方ない”に持っていく。
「悪いけど」
シャマルは、はっきりと言った。
「その手には乗らない」
神官が顔を上げる。
「私にそんな話を持ってこられてもねえ……」
声は穏やかだが、言葉は容赦がなかった。
「断るわ。全力で」
「……全力、ですか」
「ええ。全力」
中途半端な拒否は、意味がない。
余地を残せば、そこに付け込まれる。
「私、もう一度言っておくけど」
シャマルは、神官の目をまっすぐ見た。
「誰かを王太子にするための部品になるつもり、ないから」
聖女であることと、
政治の駒であることは、別だ。
その線引きを、ここで曖昧にしたら終わりだと、シャマルは知っている。
「……ですが、世論は」
「世論は、私の人生の責任取ってくれないでしょ?」
即答だった。
「それに」
シャマルは、少しだけ表情を緩めた。
「アルナージ様にだって、失礼よ」
「失礼、ですか?」
「そう」
彼女は肩をすくめる。
「私と婚約しなきゃ王太子になれない、みたいな扱い」
それは、
彼自身の価値を、聖女に依存させる言い方だ。
「……なるほど」
神官は、小さく息を吐いた。
「だから、これは拒否。明確な拒否」
シャマルは、指を一本立てた。
「曖昧な返事もしない。
検討もしない。
期待も持たせない」
それが、相手にとっても一番親切だ。
「この話、これ以上進めないで」
「……承知しました」
神官が下がっていくのを見送りながら、シャマルは静かに息を吐いた。
拒否はした。
だが、それで終わるほど、話は単純ではない。
彼女は分かっている。
この“全力拒否”が、
次の動きを呼び込むことを。
「……さて」
シャマルは、独りごちた。
「ここからが、本番ね」
この噂を、どう終わらせるか。
自分が拒否しただけでは、足りない。
噂そのものが、
“成立しない前提”になる必要がある。
シャマルの脳裏に、
一人の男の顔が浮かんだ。
遊び人と呼ばれ、
だが実際は、最も現実的で、
書類仕事にも強い人物。
「……ウィットン」
彼なら、この状況を理解する。
そして、きっと笑いながら言うだろう。
――面倒ごとに巻き込まれたな、と。
シャマルは、ゆっくりと立ち上がった。
全力拒否は、宣言した。
次は、その拒否を“形”にする番だ。
そしてその形は、
この国の誰もが予想しない方向へ進むことになる。
――そのことを、
まだこの時点では、誰も知らなかった。
その話を最初に聞いたのは、朝の祈祷が終わった直後だった。
神殿の回廊は、いつもと変わらない静けさを保っていた。
白い石床に差し込む光も、聖歌の余韻も、すべてが穏やかだ。
――だからこそ。
その静けさの中で持ち出された話題が、あまりにも場違いで、シャマルは思わず瞬きをした。
「……アルナージ様と、私を?」
報告に来た神官は、苦い顔で頷いた。
「正式な打診ではありません。あくまで“噂”の段階ですが……」
「噂ねえ」
シャマルは、軽く鼻で笑った。
噂。
そう呼ぶには、あまりにも具体的すぎる。
誰と誰を結び、
どの立場に据え、
どんな未来を描くのか。
そこまで決まっていて、それを噂と呼ぶのは、ただの時間稼ぎだ。
「王太子に据える、って部分まで含めて?」
「……はい」
「でしょうね」
ため息が、自然と漏れた。
王弟の息子アルナージ。
王位への意欲を隠さず、着実に支持を集めている人物。
その彼に、聖女を婚約者として添える。
分かりやすすぎる“正解”だ。
「ねえ」
シャマルは、神官に問いかけた。
「これ、誰が最初に言い出したの?」
「……複数です」
「便利な言い方」
誰か一人の責任にしない。
そうすることで、誰も責任を取らずに済む。
「で?」
シャマルは、椅子に腰掛け、足を組んだ。
「次はいつ、私のところに“相談”という名目で話が来るの?」
「近いうちに、非公式の場で……」
「やっぱり」
完全に想定内だ。
噂を流し、
周囲の反応を見て、
問題なさそうなら本人に話を持ってくる。
断りにくい空気を作ってから、
“君のためを思って”と言う。
「……ほんと、懲りないわね」
シャマルは、天井を仰いだ。
聖女という立場は、便利だ。
誰かの正当性を補強する材料として。
だが同時に、
本人の意思が、最も軽視されやすい立場でもある。
「私に、意見を聞くつもりは?」
「……あります」
「建前でしょ?」
神官は黙った。
その沈黙が、すべてを物語っている。
「私が“嫌です”って言ったら?」
「……再検討、という形になるかと」
「つまり、もう一度持ってくる」
「……はい」
シャマルは、短く笑った。
「それ、拒否って言わないのよ」
検討。
再検討。
協議。
そうやって時間を引き延ばし、
最終的には“仕方ない”に持っていく。
「悪いけど」
シャマルは、はっきりと言った。
「その手には乗らない」
神官が顔を上げる。
「私にそんな話を持ってこられてもねえ……」
声は穏やかだが、言葉は容赦がなかった。
「断るわ。全力で」
「……全力、ですか」
「ええ。全力」
中途半端な拒否は、意味がない。
余地を残せば、そこに付け込まれる。
「私、もう一度言っておくけど」
シャマルは、神官の目をまっすぐ見た。
「誰かを王太子にするための部品になるつもり、ないから」
聖女であることと、
政治の駒であることは、別だ。
その線引きを、ここで曖昧にしたら終わりだと、シャマルは知っている。
「……ですが、世論は」
「世論は、私の人生の責任取ってくれないでしょ?」
即答だった。
「それに」
シャマルは、少しだけ表情を緩めた。
「アルナージ様にだって、失礼よ」
「失礼、ですか?」
「そう」
彼女は肩をすくめる。
「私と婚約しなきゃ王太子になれない、みたいな扱い」
それは、
彼自身の価値を、聖女に依存させる言い方だ。
「……なるほど」
神官は、小さく息を吐いた。
「だから、これは拒否。明確な拒否」
シャマルは、指を一本立てた。
「曖昧な返事もしない。
検討もしない。
期待も持たせない」
それが、相手にとっても一番親切だ。
「この話、これ以上進めないで」
「……承知しました」
神官が下がっていくのを見送りながら、シャマルは静かに息を吐いた。
拒否はした。
だが、それで終わるほど、話は単純ではない。
彼女は分かっている。
この“全力拒否”が、
次の動きを呼び込むことを。
「……さて」
シャマルは、独りごちた。
「ここからが、本番ね」
この噂を、どう終わらせるか。
自分が拒否しただけでは、足りない。
噂そのものが、
“成立しない前提”になる必要がある。
シャマルの脳裏に、
一人の男の顔が浮かんだ。
遊び人と呼ばれ、
だが実際は、最も現実的で、
書類仕事にも強い人物。
「……ウィットン」
彼なら、この状況を理解する。
そして、きっと笑いながら言うだろう。
――面倒ごとに巻き込まれたな、と。
シャマルは、ゆっくりと立ち上がった。
全力拒否は、宣言した。
次は、その拒否を“形”にする番だ。
そしてその形は、
この国の誰もが予想しない方向へ進むことになる。
――そのことを、
まだこの時点では、誰も知らなかった。
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