サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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第7話 聖女と王弟の息子を結ぶという噂

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第7話 聖女と王弟の息子を結ぶという噂

 

 噂が“案”に変わった時点で、それはもう噂ではない。

 王都の空気は、静かだが確実に変質していた。
 誰かが声高に主張しているわけではない。
 それでも、同じ言葉が、同じ方向に向かって集まり始めている。

「……アルナージ様と、聖女様を婚約させる、ですか」

 その言葉を口にした若い貴族は、自分でも驚いたような顔をしていた。

「いや、決まった話ではないんだ。ただ……」

「ただ?」

「そういう“案”が、出ていると」

 言い訳めいた前置き。
 それ自体が、この話題の危うさを物語っていた。

 王弟の息子アルナージ。
 血筋に問題はなく、年齢も申し分ない。
 何より、“王位を目指す意思”を隠していない人物。

 そして、聖女シャマル・マセラティ。
 奇跡を起こす力を持ち、民衆の支持も厚い。
 かつて王太子の婚約者だったという実績もある。

 ――この二人が結ばれれば。

 その続きを、誰も口にしなくても、答えは明白だった。

「……分かりやすすぎるわね」

 シャマルは、その話を聞いた時、思わずそう呟いた。

 報告役の神官は、気まずそうに視線を逸らす。

「正式な打診では、まだありません」

「でしょうね」

 シャマルは、ため息をついた。

「正式に言い出す前に、
 “周囲がどう思っているか”を作る段階でしょ」

 空気を整える。
 流れを作る。
 そうしてから、本人に話を持ってくる。

 それは、何度も見てきたやり方だった。

「……アルナージ様は、この件について」

「前向き」

 神官が言い切る前に、シャマルが答えた。

「でしょ?」

 否定はしない。
 それ自体は、自然なことだ。

 王位を望む人間が、
 王位に近づく道を提示された。

 断る理由は、ない。

「でも」

 シャマルは、はっきりと言った。

「私が、その道具になる理由も、ない」

 神官は、何も言えなかった。

 婚約とは、本来、二人の意思で結ばれるものだ。
 だが、この話に、シャマル個人の意思は含まれていない。

 必要なのは“聖女”。
 個人ではなく、肩書き。

「……ねえ」

 シャマルは、ふと尋ねた。

「この話、ステルヴィオは知ってる?」

「……はい」

「反応は?」

「“やりたい人がやればいい”と」

「でしょうね」

 苦笑が漏れる。

 彼は、争わない。
 だからこそ、周囲が勝手に争う。

「でもさ」

 シャマルは、ソファに深く腰掛けた。

「私が黙って受け入れたら、
 それ、彼の意思を踏みにじることにもなるのよね」

 王太子が選んだ相手。
 王太子が選んだ人生。

 それを、
 “もっと都合のいい形”で上書きする。

「……ほんと、厄介」

 誰かの野心と、
 誰かの善意と、
 誰かの不安。

 それらが混ざり合って、
 一番動きやすい場所に、聖女が置かれる。

「で」

 シャマルは、顔を上げた。

「次は、いつ?」

「近いうちに、非公式の打診があるかと」

「やっぱり」

 予想通りすぎて、笑いも出ない。

 断る理由は、いくらでもある。
 だが、ただ断るだけでは、また同じことの繰り返しだ。

「……方法、考えないと」

 この話を“成立しない前提”にする方法。

 自分が拒否するのではなく、
 話そのものが成り立たなくなる形。

 シャマルは、ゆっくりと目を閉じた。

 頭の中に浮かぶのは、
 これまで関わってきた人間たちの顔。

 王太子ステルヴィオ。
 平民の婚約者マルベーリャ。
 そして――

「……あ」

 ひとり、思い当たる人物がいた。

 立場があり、
 書類を動かせて、
 しかも、この手の話を“冗談めかして”処理できる男。

 遊び人と呼ばれ、
 だが実際は、最も現実を見ている人物。

「……ウィットン」

 その名を口にした瞬間、
 シャマルは、ようやく一つの道筋を見つけた気がした。

 まだ、決断はしていない。
 だが、方向は定まった。

 聖女と王弟の息子を結ぶという噂。

 その流れを断ち切るために、
 シャマルは、次の一手を考え始めていた。

 それは、
 この国にとって、あまりにも“分かりやすすぎる正解”を、
 別の形で壊す選択だった。
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