7 / 41
第7話 聖女と王弟の息子を結ぶという噂
しおりを挟む
第7話 聖女と王弟の息子を結ぶという噂
噂が“案”に変わった時点で、それはもう噂ではない。
王都の空気は、静かだが確実に変質していた。
誰かが声高に主張しているわけではない。
それでも、同じ言葉が、同じ方向に向かって集まり始めている。
「……アルナージ様と、聖女様を婚約させる、ですか」
その言葉を口にした若い貴族は、自分でも驚いたような顔をしていた。
「いや、決まった話ではないんだ。ただ……」
「ただ?」
「そういう“案”が、出ていると」
言い訳めいた前置き。
それ自体が、この話題の危うさを物語っていた。
王弟の息子アルナージ。
血筋に問題はなく、年齢も申し分ない。
何より、“王位を目指す意思”を隠していない人物。
そして、聖女シャマル・マセラティ。
奇跡を起こす力を持ち、民衆の支持も厚い。
かつて王太子の婚約者だったという実績もある。
――この二人が結ばれれば。
その続きを、誰も口にしなくても、答えは明白だった。
「……分かりやすすぎるわね」
シャマルは、その話を聞いた時、思わずそう呟いた。
報告役の神官は、気まずそうに視線を逸らす。
「正式な打診では、まだありません」
「でしょうね」
シャマルは、ため息をついた。
「正式に言い出す前に、
“周囲がどう思っているか”を作る段階でしょ」
空気を整える。
流れを作る。
そうしてから、本人に話を持ってくる。
それは、何度も見てきたやり方だった。
「……アルナージ様は、この件について」
「前向き」
神官が言い切る前に、シャマルが答えた。
「でしょ?」
否定はしない。
それ自体は、自然なことだ。
王位を望む人間が、
王位に近づく道を提示された。
断る理由は、ない。
「でも」
シャマルは、はっきりと言った。
「私が、その道具になる理由も、ない」
神官は、何も言えなかった。
婚約とは、本来、二人の意思で結ばれるものだ。
だが、この話に、シャマル個人の意思は含まれていない。
必要なのは“聖女”。
個人ではなく、肩書き。
「……ねえ」
シャマルは、ふと尋ねた。
「この話、ステルヴィオは知ってる?」
「……はい」
「反応は?」
「“やりたい人がやればいい”と」
「でしょうね」
苦笑が漏れる。
彼は、争わない。
だからこそ、周囲が勝手に争う。
「でもさ」
シャマルは、ソファに深く腰掛けた。
「私が黙って受け入れたら、
それ、彼の意思を踏みにじることにもなるのよね」
王太子が選んだ相手。
王太子が選んだ人生。
それを、
“もっと都合のいい形”で上書きする。
「……ほんと、厄介」
誰かの野心と、
誰かの善意と、
誰かの不安。
それらが混ざり合って、
一番動きやすい場所に、聖女が置かれる。
「で」
シャマルは、顔を上げた。
「次は、いつ?」
「近いうちに、非公式の打診があるかと」
「やっぱり」
予想通りすぎて、笑いも出ない。
断る理由は、いくらでもある。
だが、ただ断るだけでは、また同じことの繰り返しだ。
「……方法、考えないと」
この話を“成立しない前提”にする方法。
自分が拒否するのではなく、
話そのものが成り立たなくなる形。
シャマルは、ゆっくりと目を閉じた。
頭の中に浮かぶのは、
これまで関わってきた人間たちの顔。
王太子ステルヴィオ。
平民の婚約者マルベーリャ。
そして――
「……あ」
ひとり、思い当たる人物がいた。
立場があり、
書類を動かせて、
しかも、この手の話を“冗談めかして”処理できる男。
遊び人と呼ばれ、
だが実際は、最も現実を見ている人物。
「……ウィットン」
その名を口にした瞬間、
シャマルは、ようやく一つの道筋を見つけた気がした。
まだ、決断はしていない。
だが、方向は定まった。
聖女と王弟の息子を結ぶという噂。
その流れを断ち切るために、
シャマルは、次の一手を考え始めていた。
それは、
この国にとって、あまりにも“分かりやすすぎる正解”を、
別の形で壊す選択だった。
噂が“案”に変わった時点で、それはもう噂ではない。
王都の空気は、静かだが確実に変質していた。
誰かが声高に主張しているわけではない。
それでも、同じ言葉が、同じ方向に向かって集まり始めている。
「……アルナージ様と、聖女様を婚約させる、ですか」
その言葉を口にした若い貴族は、自分でも驚いたような顔をしていた。
「いや、決まった話ではないんだ。ただ……」
「ただ?」
「そういう“案”が、出ていると」
言い訳めいた前置き。
それ自体が、この話題の危うさを物語っていた。
王弟の息子アルナージ。
血筋に問題はなく、年齢も申し分ない。
何より、“王位を目指す意思”を隠していない人物。
そして、聖女シャマル・マセラティ。
奇跡を起こす力を持ち、民衆の支持も厚い。
かつて王太子の婚約者だったという実績もある。
――この二人が結ばれれば。
その続きを、誰も口にしなくても、答えは明白だった。
「……分かりやすすぎるわね」
シャマルは、その話を聞いた時、思わずそう呟いた。
報告役の神官は、気まずそうに視線を逸らす。
「正式な打診では、まだありません」
「でしょうね」
シャマルは、ため息をついた。
「正式に言い出す前に、
“周囲がどう思っているか”を作る段階でしょ」
空気を整える。
流れを作る。
そうしてから、本人に話を持ってくる。
それは、何度も見てきたやり方だった。
「……アルナージ様は、この件について」
「前向き」
神官が言い切る前に、シャマルが答えた。
「でしょ?」
否定はしない。
それ自体は、自然なことだ。
王位を望む人間が、
王位に近づく道を提示された。
断る理由は、ない。
「でも」
シャマルは、はっきりと言った。
「私が、その道具になる理由も、ない」
神官は、何も言えなかった。
婚約とは、本来、二人の意思で結ばれるものだ。
だが、この話に、シャマル個人の意思は含まれていない。
必要なのは“聖女”。
個人ではなく、肩書き。
「……ねえ」
シャマルは、ふと尋ねた。
「この話、ステルヴィオは知ってる?」
「……はい」
「反応は?」
「“やりたい人がやればいい”と」
「でしょうね」
苦笑が漏れる。
彼は、争わない。
だからこそ、周囲が勝手に争う。
「でもさ」
シャマルは、ソファに深く腰掛けた。
「私が黙って受け入れたら、
それ、彼の意思を踏みにじることにもなるのよね」
王太子が選んだ相手。
王太子が選んだ人生。
それを、
“もっと都合のいい形”で上書きする。
「……ほんと、厄介」
誰かの野心と、
誰かの善意と、
誰かの不安。
それらが混ざり合って、
一番動きやすい場所に、聖女が置かれる。
「で」
シャマルは、顔を上げた。
「次は、いつ?」
「近いうちに、非公式の打診があるかと」
「やっぱり」
予想通りすぎて、笑いも出ない。
断る理由は、いくらでもある。
だが、ただ断るだけでは、また同じことの繰り返しだ。
「……方法、考えないと」
この話を“成立しない前提”にする方法。
自分が拒否するのではなく、
話そのものが成り立たなくなる形。
シャマルは、ゆっくりと目を閉じた。
頭の中に浮かぶのは、
これまで関わってきた人間たちの顔。
王太子ステルヴィオ。
平民の婚約者マルベーリャ。
そして――
「……あ」
ひとり、思い当たる人物がいた。
立場があり、
書類を動かせて、
しかも、この手の話を“冗談めかして”処理できる男。
遊び人と呼ばれ、
だが実際は、最も現実を見ている人物。
「……ウィットン」
その名を口にした瞬間、
シャマルは、ようやく一つの道筋を見つけた気がした。
まだ、決断はしていない。
だが、方向は定まった。
聖女と王弟の息子を結ぶという噂。
その流れを断ち切るために、
シャマルは、次の一手を考え始めていた。
それは、
この国にとって、あまりにも“分かりやすすぎる正解”を、
別の形で壊す選択だった。
0
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
捨てられた私は遠くで幸せになります
高坂ナツキ
恋愛
ペルヴィス子爵家の娘であるマリー・ド・ペルヴィスは来る日も来る日もポーションづくりに明け暮れている。
父親であるペルヴィス子爵はマリーの作ったポーションや美容品を王都の貴族に売りつけて大金を稼いでいるからだ。
そんな苦しい生活をしていたマリーは、義家族の企みによって家から追い出されることに。
本当に家から出られるの? だったら、この機会を逃すわけにはいかない!
これは強制的にポーションを作らせられていた少女が、家族から逃げて幸せを探す物語。
8/9~11は7:00と17:00の2回投稿。8/12~26は毎日7:00に投稿。全21話予約投稿済みです。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
【完結】婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる