サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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第6話 王弟派が動き出した日

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第6話 王弟派が動き出した日

 

 噂は、ある程度広がると必ず“形”を求め始める。

 王都で囁かれていた
「聖女と婚約していればよかった」
という声も、例外ではなかった。

 最初は感想。
 次に懐古。
 そして最後に――代案。

 それが動き出したのは、王宮の中でも比較的閉じた場所、非公式な集まりの席だった。

「……王太子殿下がそのお気持ちなら、仕方あるまい」

 年配の貴族が、重々しくそう言った。

「だが、国家としては“もしも”を考えねばならぬ」

「もしも、とは?」

 問い返した者に、答えはすぐ返ってきた。

「王太子に、万が一があった場合だ」

 その場にいた者たちは、互いに目配せをした。
 誰も口には出さないが、意味は共有されている。

 王太子ステルヴィオ・アルファロメオには、王位に執着がない。
 それは、もはや周知の事実だった。

 辞退するとも、譲るとも言っていない。
 だが、“しがみつく気がない”というだけで、貴族社会では不安要素になる。

「王家には、血筋を絶やさぬ責務がある」

「そのための備えが必要だ」

 そうして、ある名前が持ち出された。

 ――アルナージ。

 王弟の息子。
 年齢も適切で、血筋にも問題はない。
 王太子よりも“王太子らしい”と評価する者も、少なくなかった。

「アルナージ様は、前向きだと聞いている」

「若く、野心もある」

「何より、話が分かりやすい」

 その言葉に含まれる意味は、はっきりしていた。

 扱いやすい。
 期待に応えようとする。
 “国家のため”という言葉を、疑わずに受け入れる。

 そして、ここで話は自然と次の段階へ進む。

「問題は、正統性だ」

「王太子殿下を差し置いて、という形では、角が立つ」

「だが、もし――」

 誰かが、間を置いて続けた。

「もし、アルナージ様が“より相応しい立場”を得られたとしたら?」

 その場の空気が、静かに変わった。

 相応しい立場。
 それを保証する、分かりやすい要素。

 ――聖女。

「聖女シャマル様との婚約があれば、話は別だ」

「聖女と結ばれた者が、次代を担う」

「それなら、民も納得するだろう」

 こうして、噂は“案”に変わった。

 王弟派、と後に呼ばれることになる一団が、
 静かに、しかし確実に動き始めた瞬間だった。

 一方、その頃。

 シャマル・マセラティは、王宮の外れにある応接室で、紅茶を飲んでいた。

「……来たわね」

 向かいに座る神官が、ぎくりと肩を揺らす。

「もう、お耳に?」

「ええ」

 シャマルは、カップを置いた。

「“王弟の息子”って単語が出てきた時点で、
 次に来るのは婚約話よ」

 それは、予言ではなかった。
 ただの経験則だ。

 聖女が関わる話は、最終的に必ず
「誰と結びつけるか」
に帰結する。

「アルナージ様は……」

「前向きなんでしょ?」

 シャマルは、言葉を遮った。

「それ自体は、否定しないわ。
 彼が野心を持つのも、自然なことだもの」

 問題は、そこではない。

「でもね」

 シャマルは、静かに続けた。

「私を、そのための“条件”に使うのは、話が違う」

 神官は、何も言えなかった。

 この時点では、まだ正式な打診はない。
 あくまで水面下の動き。
 噂と準備段階に過ぎない。

 だが、シャマルは分かっていた。

 この流れは、止まらない。

 王太子が争わない以上、
 周囲は“代わり”を用意しようとする。

 そして、その代わりを正当化するために、
 聖女という肩書きが必要になる。

「……ほんとに」

 シャマルは、苦笑した。

「私、便利よね」

 奇跡を起こせる。
 象徴になる。
 配置し直せば、物語が完成する。

 それは、人ではなく、装置の扱いだった。

「でも」

 シャマルは、はっきりと言った。

「今回は、黙って乗る気はないわ」

 まだ正式な話は来ていない。
 だが、来るのは時間の問題だ。

 そしてその時、
 ただ拒否するだけでは、また“わがままな聖女”になる。

「……考えないとね」

 どう避けるか。
 どう断つか。

 王弟派が表に出る前に、
 自分の立場を守る方法を。

 この日を境に、
 王都の動きは、目に見えないところで加速していった。

 シャマルはまだ、動かない。

 だが、次に来る一手が、
 彼女の人生を大きく動かすことになると――
 はっきり理解していた。
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