サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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第12話 利害一致、成立

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第12話 利害一致、成立

 

 婚約の話は、思っていた以上にあっさりと動き始めた。

 ――それが、なおさら厄介だった。

「……本当に出すのか」

 ウィットンが、書類を指でつまみ上げながら呟いた。

 分厚い羊皮紙。
 侯爵家と公爵家の紋章。
 そして、婚約を正式に結ぶ旨が、端正な文体で記されている。

「出さなきゃ意味ないでしょ」

 シャマルは、机に肘をついたまま答えた。

「書類上は本物、って言ったのはあなたよ」

「言ったが……」

 ウィットンは、ため息をつく。

「改めて見ると、破壊力がすごいな」

「今さら?」

「今さらだ」

 ペンを手に取ったものの、
 彼の指は、まだ止まっている。

「なあ、本当にこれでいいのか」

「いいも悪いも、これしかない」

 シャマルの声は、妙に落ち着いていた。

 昨夜は、ほとんど眠れなかったはずなのに。
 覚悟が決まると、人は静かになるらしい。

「アルナージとの婚約話は、これで止まる」

「……止まらなかったら?」

「その時は、また考える」

「雑すぎるだろ」

「考えすぎても、どうにもならないわ」

 シャマルは、肩をすくめた。

「それに――」

 少し、言い淀む。

「あなた以外と婚約するくらいなら、まだ気が楽」

 ウィットンは、一瞬だけ目を瞬かせた。

「それ、褒めてる?」

「消去法よ」

「扱いひどくないか?」

「今さらでしょ」

 沈黙。

 ウィットンは、ペン先を紙に落とした。

 さらさらと、迷いのない筆致で署名する。

「……はい」

 ペンを置き、羊皮紙をシャマルの前へ滑らせた。

「次は、お前だ」

「分かってる」

 シャマルも、ペンを取る。

 一瞬だけ、手が止まった。

 これで、本当に後戻りはできない。

「……書類だけよ」

 小さく、確認するように呟く。

「書類だけだ」

 ウィットンも、即答した。

 シャマルは、署名した。

 インクが乾くのを待つ時間が、やけに長く感じられた。

「……成立、か」

 ウィットンが、呟く。

「成立ね」

 シャマルは、深く息を吐いた。

 重たい扉が、音を立てて閉まったような感覚。

 だが同時に、
 別の厄介事の扉が開いた音も、確かに聞こえた。

 *

 数日後。

 王都の社交界は、文字通り揺れた。

「シャマル・マセラティ公爵令嬢が……婚約?」

「相手は、ウィットン侯爵ですって?」

「意外すぎる……」

「いえ、家格だけ見れば釣り合っているわ」

「でも、あの二人よ?」

 噂は、瞬く間に広がった。

 困惑、驚愕、そして――妙な納得。

 あの聖女なら、
 型破りな選択をしても不思議ではない。

 そう受け取られた。

「……思ったより、騒がれないわね」

 シャマルは、自室で紅茶を飲みながら言った。

「“聖女らしくない”って印象が、ここで役に立つとはな」

 ウィットンが、窓際に寄りかかる。

「むしろ、“やっぱり”って空気だ」

「不本意だけど、助かる」

 アルナージ派の動きも、目に見えて鈍った。

 少なくとも、
 “婚約相手を押し付ける”という選択肢は消えた。

「なあ」

 ウィットンが、ふと思い出したように言う。

「これから、どう振る舞う?」

「どうって?」

「婚約者として、だ」

 シャマルは、少し考え。

「外では、それなりに」

「具体的には?」

「仲良しに見える程度」

「……無理じゃないか?」

「努力しなさい」

「理不尽だな」

 だが、ウィットンは笑った。

「まあ、面白そうではある」

「楽しむ気?」

「どうせやるなら、な」

 シャマルは、じっと彼を見て。

「――約束、守りなさいよ」

「何を?」

「感情は持ち込まない」

 ウィットンは、軽く肩をすくめた。

「安心しろ。俺は現実主義者だ」

「それ、信用していいの?」

「半分くらいで」

「半分か……」

 シャマルは、ため息をついた。

 こうして。

 利害一致による偽装婚約は、
 正式に――成立した。

 問題は、ここからだった。
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