サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

文字の大きさ
28 / 41

27話 “献身的”と誤解される

しおりを挟む
27話 “献身的”と誤解される

 派遣初日。

 シャマルは、特別なことは何もしなかった。

 決められた時間に起き、
 決められた経路で移動し、
 決められた場所で待機する。

 それだけだ。

 だが――それだけで、周囲の評価は勝手に動き出す。


---

「……想像していたより、ずっと静かな方ですね」

 ルヴァンディア王国側の補佐官が、控えめにそう言った。

「そうですか?」

 シャマルは首を傾げる。

「私、指示されたことしかしていませんが」

 それは事実だった。

 余計な助言もしない。
 自発的な奇跡も起こさない。
 前に出ることも、後ろに下がることもない。

 契約通り。


---

 だが、外から見れば違った。

「聖女様は、
 自ら前に出て人々を癒すこともなく、
 黙って必要な場に留まり続けている……」

「……それが、かえって尊いのでは?」

 そんな声が、静かに広がっていく。

 “出しゃばらない”
 “要求しない”
 “静かに応じる”

 それらが、いつの間にか
 献身的
 謙虚
 深い覚悟

 という言葉に変換されていた。


---

「……どうして、そんな評価になるのかしら」

 控え室で、シャマルはぽつりと呟いた。

 隣にいたステルヴィオが、肩をすくめる。

「何もしないのに、
 そこに居続ける人は珍しいからです」

「普通でしょう?」

「普通じゃありません」

 即答だった。


---

 この日、彼女が行った行動は三つだけだ。

 一つ。
 体調を崩した侍女に、医師を呼ぶよう促した。

 二つ。
 礼拝堂で倒れかけた老人を、支えただけ。

 三つ。
 祈祷の場で、順番を守って列に並んだ。

 癒しは使っていない。
 奇跡も起こしていない。

 ――ただ、そこに居ただけ。


---

「聖女様が……並んでいらっしゃった……」

「特別扱いを、なさらなかった……」

「献身的だ……」

 囁きは、噂に変わる。

 シャマルは、頭を抱えたくなった。

(違います……)

(これは、
 “何もしない”を守っているだけです……)


---

 夜。

 派遣先責任者が、慎重に切り出した。

「……あの」

「はい」

「もっと、ご自由に動いていただいても……」

 シャマルは、即座に首を振る。

「それは契約違反です」

 きっぱり。

「派遣期間中、
 私の行動範囲と役割は、文書で定められています」

「善意であっても、
 逸脱はしません」

 その言葉に、相手は言葉を失った。


---

「……そこまで、徹底されるとは」

「徹底しないと、
 誤解が生まれますから」

 すでに生まれているが、
 そこは突っ込まない。


---

 翌日。

 王都の一角で、小さな噂が立った。

「聖女様は、
 奇跡を起こさない」

「それなのに、
 人々の前から離れない」

「……なんて、献身的なんだ」

 完全に、方向がズレている。


---

 シャマルは、その噂を聞いて深く息を吐いた。

「……どうして、
 “普通にしている”が
 “献身”になるのかしら」

 ステルヴィオは、少し考えて答える。

「皆、
 “特別な存在”は、
 特別な行動をするものだと思っているからです」

「だから、
 特別な立場で普通にいると――」

「勝手に、
 意味を足される」

 シャマルは、額に手を当てた。

「迷惑ですね」

「……ええ」


---

 その夜、派遣先から本国へ報告が送られた。

『聖女シャマルは、
 極めて節度ある態度を保ち、
 自らを前に出すことなく、
 静かに役目を果たしている』

『人々の間では、
 その姿勢を“献身的”と評価する声が広がっている』


---

 シャマルは、その写しを読み、静かに呟いた。

「……契約通りにしているだけで、
 美化されるのは困ります」

 だが。

 その“誤解”は、
 すでに彼女の意思とは無関係に、
 広がり始めていた。

 何もしないことで、
 勝手に意味を与えられる――

 それが、この派遣の
 一番厄介な副作用だと、
 彼女はまだ、完全には理解していなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

偽りの婚約者だった私を捨てた公爵様が、今さら泣きついてきてももう遅いです

exdonuts
恋愛
かつて政略で婚約した公爵令息・レオンハルトに、一方的に婚約破棄を言い渡された令嬢クラリス。彼は別の令嬢に夢中になり、クラリスを冷たく切り捨てた。 だが、国外赴任で彼の目が届かなくなった数年後、クラリスは実家を離れて自らの力で商会を立ち上げ、華やかに再び社交界へと舞い戻る。 彼女の隣には、かつて一途に彼女を支え続けた騎士がいた――。 自分の過ちを悟った元婚約者が戻ってきても、もう遅い。 これは、冷遇された令嬢が愛と誇りを取り戻す“ざまぁ”と“溺愛”の物語。

【完結】婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

処理中です...