サブスク聖女と偽装婚約、始めました 〜婚約は、サブスクできないのでお断りです〜

ふわふわ

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28話 帰国、そして空気が変わっていた

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28話 帰国、そして空気が変わっていた

 帰国は、静かだった。

 儀礼も、見送りの群衆もない。
 契約書に書かれたとおり、
 予定どおり、淡々と。

 シャマルは、それでいいと思っていた。

 派遣は仕事であり、
 評価は紙の上で完結するものだ。

 ――少なくとも、本人は。


---

 王都に入った瞬間、
 違和感は、はっきりと形を取った。

「……あれ?」

 馬車の窓越しに見える街の様子が、
 どこか落ち着きすぎている。

 ざわつきがない。
 だが、視線は集まっている。

 遠慮がちで、
 確かめるような目。

「おかしいですね」

 シャマルが呟く。

「私、何かしました?」

 同乗していたステルヴィオが、
 ゆっくりと息を吐いた。

「……しました、というより」

「“なってます”」


---

 屋敷に戻ると、
 使用人たちの様子が、さらに顕著だった。

 必要以上に丁寧。
 距離を取りつつ、
 どこか誇らしげ。

「お帰りなさいませ、シャマル様」

「……ただいま」

 返事をしながら、
 彼女は首を傾げる。

(出発前と、
 空気が違う……)


---

 応接間。

 ウィットン、ステルヴィオ、
 数名の関係者が揃っていた。

 全員、どこか疲れている。

「……何か、ありました?」

 シャマルの問いに、
 沈黙が落ちる。

 最初に口を開いたのは、
 ウィットンだった。

「ありすぎた」


---

「派遣先からの報告が、
 思った以上に……美化されて戻ってきた」

「“節度ある態度”」
「“自制の象徴”」
「“奇跡に頼らない聖女像”」

 読み上げられる言葉に、
 シャマルは眉をひそめる。

「……契約順守、
 って書けばいいのに」

「そう書いてある」

「じゃあ、何が問題なんです?」

 ウィットンは、苦笑した。

「解釈だよ」


---

 王都では、
 すでに話が一人歩きしていた。

「奇跡を起こさず、
 民のそばに留まる聖女」

「権威を振りかざさず、
 役目に徹する姿勢」

「……新しい聖女像だ」

 そんな言葉が、
 評議会の外でも囁かれ始めている。


---

「それ、
 私が意図したものじゃありません」

 シャマルは即座に言った。

「分かっている」

 ステルヴィオが頷く。

「だが、
 世間は意図を確認しない」

 そこが問題だった。


---

「アルナージ派の動きも、
 鈍っています」

「……なぜ?」

「攻めづらいからだ」

 ウィットンが続ける。

「派手な奇跡も起こさず、
 失言もせず、
 契約を守り続ける存在」

「叩けば、
 “聖女を利用しようとする勢力”に見える」


---

 シャマルは、額に手を当てた。

「……私、
 目立たないようにしていたはずなんですが」

「結果的に、
 目立ち方が変わった」

 ステルヴィオの声は、淡々としている。


---

 さらに、
 もう一つ。

「ルヴァンディア王国から、
 追加の書簡が届いています」

「派遣は終了したはずですが?」

「ええ」

 ウィットンが書簡を机に置く。

「……“感謝”と“今後の協力関係”について」

 シャマルは、無言で天井を見上げた。

「……だから、
 余計な意味を足さないでください……」


---

 その日の夜。

 シャマルは、自室で一人、
 派遣時の契約書を読み返していた。

 守った。
 全部。

 逸脱はない。
 違反もない。

 それなのに――

「……帰ってきたら、
 情勢が一段、動いている」

 小さく息を吐く。

 静かに終わるはずの派遣は、
 静かに“影響”だけを残していた。


---

 廊下の向こうで、
 誰かが言う。

「次は、
 どう動くつもりだ?」

 それに対する答えは、
 シャマルの中では、はっきりしていた。

「……何もしません」

 独り言のように。

 だが、その「何もしない」は、
 もう以前と同じ意味を持たない。

 帰国したことで、
 舞台は完全に国内へ移った。

 そして――

 偽装婚約の終わりへ向けて、
 空気だけが、先に整い始めていた。
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