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第5話 評判の転落
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第5話 評判の転落
舞踏会が終わったのは、深夜を過ぎてのことだった。
しかし、王都アークライトの夜は、まだ終わっていなかった。
王城を出た貴族たちの馬車が、次々と街路を走り去る。
その一つ一つで、今夜の出来事が熱く語られていた。
「王太子殿下が、レーヴェント公爵令嬢を公開で婚約破棄だと?」
「しかも理由が聖女へのいじめ……だが、聖女本人が涙ながらに否定したそうだな」
「イセッタ様は最後まで優雅で、『勘違いなら婚約破棄を了承いたします』とまでおっしゃったという」
「なんと気高い……! あれほどの屈辱を浴びせられても、微笑みを崩さず……」
「それに比べて、王太子殿下は……」
会話は、どこも同じ方向へ向かっていた。
エクウス王太子の軽率さ、そしてイセッタの完璧な品格。
一夜にして、噂は王都全土に広がった。
翌朝。
レーヴェント公爵屋敷の応接室。
イセッタは、窓辺のソファに腰掛け、朝の紅茶を静かに味わっていた。
黒髪を朝の光が優しく照らし、藍色の瞳は穏やか。
昨夜の激動など、まるでなかったかのような静けさだった。
扉がノックされ、執事が入ってきた。
「お嬢様、朝刊と手紙が届いております」
机に置かれた新聞の見出しが、目に飛び込む。
『王太子殿下、勘違いにより公爵令嬢との婚約を一方的に破棄か』
『聖女本人が否定 貴族社会に波紋』
『レーヴェント家への侮辱 王家の威信に傷』
イセッタは小さく微笑んだ。
(予想通りね)
手紙の束も、尋常ではなかった。
貴族たちからの同情と激励の言葉。
「イセッタ様のご健勝をお祈り申し上げます」
「王太子殿下のご無礼、誠に遺憾に存じます」
「何かお力になれることがございましたら、いつでも」
中には、婚姻の打診めいたものまで混じっていた。
一方、王宮では――
エクウス王太子の私室は、嵐のようだった。
机の上の花瓶が叩き割られ、書類が床に散乱している。
「くそっ……! くそっ……!」
エクウスは髪を掻きむしり、苛立ちを隠せなかった。
側近の貴族が、恐る恐る報告する。
「殿下……街の噂は、すでに制御不能です。
『勘違いで高慢な公爵令嬢を捨てた軽率な王太子』という評判が……」
「黙れ!」
エクウスが怒鳴る。
「すべて、あの女のせいだ!
イセッタが余裕で了承したあの態度が……!
そしてソニアが、俺の前で否定したせいで……!」
側近は俯いたまま、小声で続けた。
「さらに、レーヴェント公爵閣下が、王宮に抗議の書状を送られた模様です。
『王家の軽率な行動が、娘の名誉を傷つけた』と……」
エクウスの顔が、さらに青ざめる。
レーヴェント公爵家は、王国最大の軍事力と財力を誇る。
王家といえども、簡単には敵に回せない。
「父上は……どうおっしゃっている?」
側近が震える声で答えた。
「陛下は、大変ご立腹で……
『お前の軽率な行動が、王家の威信を傷つけた』と……
しばらく、公の場へのご登場をお控えになるよう、命じられました」
エクウスは、椅子に崩れ落ちた。
(俺は……正義のためにやっただけなのに……)
彼の胸に、初めて黒い感情が芽生えていた。
屈辱。
そして、逆恨み。
一方、レーヴェント公爵屋敷では――
イセッタの父、公爵レオナルドが、娘の前に座っていた。
厳つい顔立ちの壮年男性だが、娘を見る目は優しい。
「イセッタ、無事か?」
イセッタは微笑んで頷いた。
「お父様、ご心配をおかけしました。
でも、私は何ともありませんわ」
公爵は新聞を広げ、ため息をついた。
「王太子殿下の軽率さは、予想以上だったな。
だが、お前の対応は完璧だった。
あの場で取り乱さず、逆に了承したことで……
世論は完全に味方についた」
イセッタは紅茶を一口飲んだ。
「ありがとうございます。
これで、私は自由です」
公爵が眉をひそめる。
「自由……か。
だが、王家との縁が切れた今、後継ぎの問題が――」
イセッタはくすりと笑った。
「お父様、私にはもう、考えがございますわ」
彼女の瞳に、確かな光が宿っていた。
転生者の知識と、この世界での経験。
これからは、自分の力で道を切り開く。
その時、執事が再び入ってきた。
「お嬢様、ソニア様がお見えです。
昨夜の件で、謝罪にお越しとのこと」
イセッタは立ち上がり、微笑んだ。
「どうぞ、お通しして」
ソニアが、怯えた様子で入ってきた。
粗末なドレスに、俯いたまま。
「イセッタ様……本当に、ごめんなさい……!
私のせいで、殿下と……」
イセッタは優しくソニアの手を取った。
「あなたは悪くないわ。
正しいことをしただけ」
彼女はソニアをソファに座らせ、紅茶を勧めた。
「それに……これから、少し大変になるかもしれないけど」
ソニアが顔を上げる。
「もしよければ、私の屋敷に滞在しない?
あなたを、守りたいの」
ソニアの瞳に、涙が浮かんだ。
「イセッタ様……」
二人の手が、固く握り合われた。
外では、王都の噂が、さらに広がっていた。
「王太子殿下の評判は、地に落ちたそうだ」
「レーヴェント公爵令嬢は、気高く自由を選んだ」
「これからの王国は、面白いことになりそうだな」
エクウス王太子の転落が、始まった瞬間だった。
イセッタは窓の外を見ながら、静かに微笑んだ。
舞踏会が終わったのは、深夜を過ぎてのことだった。
しかし、王都アークライトの夜は、まだ終わっていなかった。
王城を出た貴族たちの馬車が、次々と街路を走り去る。
その一つ一つで、今夜の出来事が熱く語られていた。
「王太子殿下が、レーヴェント公爵令嬢を公開で婚約破棄だと?」
「しかも理由が聖女へのいじめ……だが、聖女本人が涙ながらに否定したそうだな」
「イセッタ様は最後まで優雅で、『勘違いなら婚約破棄を了承いたします』とまでおっしゃったという」
「なんと気高い……! あれほどの屈辱を浴びせられても、微笑みを崩さず……」
「それに比べて、王太子殿下は……」
会話は、どこも同じ方向へ向かっていた。
エクウス王太子の軽率さ、そしてイセッタの完璧な品格。
一夜にして、噂は王都全土に広がった。
翌朝。
レーヴェント公爵屋敷の応接室。
イセッタは、窓辺のソファに腰掛け、朝の紅茶を静かに味わっていた。
黒髪を朝の光が優しく照らし、藍色の瞳は穏やか。
昨夜の激動など、まるでなかったかのような静けさだった。
扉がノックされ、執事が入ってきた。
「お嬢様、朝刊と手紙が届いております」
机に置かれた新聞の見出しが、目に飛び込む。
『王太子殿下、勘違いにより公爵令嬢との婚約を一方的に破棄か』
『聖女本人が否定 貴族社会に波紋』
『レーヴェント家への侮辱 王家の威信に傷』
イセッタは小さく微笑んだ。
(予想通りね)
手紙の束も、尋常ではなかった。
貴族たちからの同情と激励の言葉。
「イセッタ様のご健勝をお祈り申し上げます」
「王太子殿下のご無礼、誠に遺憾に存じます」
「何かお力になれることがございましたら、いつでも」
中には、婚姻の打診めいたものまで混じっていた。
一方、王宮では――
エクウス王太子の私室は、嵐のようだった。
机の上の花瓶が叩き割られ、書類が床に散乱している。
「くそっ……! くそっ……!」
エクウスは髪を掻きむしり、苛立ちを隠せなかった。
側近の貴族が、恐る恐る報告する。
「殿下……街の噂は、すでに制御不能です。
『勘違いで高慢な公爵令嬢を捨てた軽率な王太子』という評判が……」
「黙れ!」
エクウスが怒鳴る。
「すべて、あの女のせいだ!
イセッタが余裕で了承したあの態度が……!
そしてソニアが、俺の前で否定したせいで……!」
側近は俯いたまま、小声で続けた。
「さらに、レーヴェント公爵閣下が、王宮に抗議の書状を送られた模様です。
『王家の軽率な行動が、娘の名誉を傷つけた』と……」
エクウスの顔が、さらに青ざめる。
レーヴェント公爵家は、王国最大の軍事力と財力を誇る。
王家といえども、簡単には敵に回せない。
「父上は……どうおっしゃっている?」
側近が震える声で答えた。
「陛下は、大変ご立腹で……
『お前の軽率な行動が、王家の威信を傷つけた』と……
しばらく、公の場へのご登場をお控えになるよう、命じられました」
エクウスは、椅子に崩れ落ちた。
(俺は……正義のためにやっただけなのに……)
彼の胸に、初めて黒い感情が芽生えていた。
屈辱。
そして、逆恨み。
一方、レーヴェント公爵屋敷では――
イセッタの父、公爵レオナルドが、娘の前に座っていた。
厳つい顔立ちの壮年男性だが、娘を見る目は優しい。
「イセッタ、無事か?」
イセッタは微笑んで頷いた。
「お父様、ご心配をおかけしました。
でも、私は何ともありませんわ」
公爵は新聞を広げ、ため息をついた。
「王太子殿下の軽率さは、予想以上だったな。
だが、お前の対応は完璧だった。
あの場で取り乱さず、逆に了承したことで……
世論は完全に味方についた」
イセッタは紅茶を一口飲んだ。
「ありがとうございます。
これで、私は自由です」
公爵が眉をひそめる。
「自由……か。
だが、王家との縁が切れた今、後継ぎの問題が――」
イセッタはくすりと笑った。
「お父様、私にはもう、考えがございますわ」
彼女の瞳に、確かな光が宿っていた。
転生者の知識と、この世界での経験。
これからは、自分の力で道を切り開く。
その時、執事が再び入ってきた。
「お嬢様、ソニア様がお見えです。
昨夜の件で、謝罪にお越しとのこと」
イセッタは立ち上がり、微笑んだ。
「どうぞ、お通しして」
ソニアが、怯えた様子で入ってきた。
粗末なドレスに、俯いたまま。
「イセッタ様……本当に、ごめんなさい……!
私のせいで、殿下と……」
イセッタは優しくソニアの手を取った。
「あなたは悪くないわ。
正しいことをしただけ」
彼女はソニアをソファに座らせ、紅茶を勧めた。
「それに……これから、少し大変になるかもしれないけど」
ソニアが顔を上げる。
「もしよければ、私の屋敷に滞在しない?
あなたを、守りたいの」
ソニアの瞳に、涙が浮かんだ。
「イセッタ様……」
二人の手が、固く握り合われた。
外では、王都の噂が、さらに広がっていた。
「王太子殿下の評判は、地に落ちたそうだ」
「レーヴェント公爵令嬢は、気高く自由を選んだ」
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