『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ

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第三話 失望いたしました

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第三話 失望いたしました

王都の空は、晴れている。

昨日と変わらぬ青。

だが、カーディス公爵邸の空気は、わずかに張り詰めていた。

朝食の席。

長いテーブルの端に座るのは、公爵――アデルフィーナの父。

無口で、重厚で、感情を表に出さない男。

その正面に、継母カサンドラ。 隣には、淡い笑みを浮かべたミレイア。

そして、アデルフィーナ。

銀のカトラリーが静かに触れ合う音だけが響く。

最初に口を開いたのは、継母だった。

「昨夜の件ですが」

あえて軽い調子で言う。

「社交界では大変な話題ですわ。王太子殿下の真実の愛」

“真実の愛”。

繰り返されるその言葉が、薄っぺらく聞こえる。

公爵は何も言わない。

ただ、パンを切る手がわずかに止まる。

ミレイアが、申し訳なさそうに視線を落とす。

「お姉さま、本当にごめんなさい。私、殿下を止められなくて……」

その声は甘い。

だがアデルフィーナは、静かに紅茶を口にする。

「止める必要はございませんわ」

「え?」

「殿下はご自身の意思で選ばれたのでしょう」

微笑みは穏やかだ。

だが、温度はない。

継母が鼻で笑う。

「強がりは見苦しいわよ」

「強がっておりませんわ」

アデルフィーナはゆっくりと視線を上げる。

「私はただ、結果を受け入れているだけです」

公爵が、ようやく口を開く。

「……本心か?」

低く、短い問い。

アデルフィーナは父を見る。

その瞳の奥には、ほんのわずかな心配があった。

「はい、お父様」

嘘ではない。

悲しみがないわけではない。

けれど、それ以上に――

冷めていた。

「殿下には、失望いたしました」

その言葉は静かだった。

だが、重みがあった。

継母が眉をひそめる。

「失望? 捨てられたのはあなたでしょう」

「婚約とは、責任の共有です」

アデルフィーナは続ける。

「殿下は、それを理解していらっしゃらなかった」

公爵の手が止まる。

「どういう意味だ」

「私が担っていた事務の数々を、殿下は“当然”とお考えでした」

空気が変わる。

継母は理解していないが、公爵は知っている。

王家との取引。 資金の調整。 書類の監査。 提案書の整形。

その多くを、アデルフィーナが裏で処理していたことを。

「殿下は、私を“婚約者”とは見ていなかった」

彼女は淡々と言う。

「便利な装置とお考えだったようですわ」

ミレイアが顔を上げる。

「そんなこと、ないわ!」

声が少しだけ強い。

「殿下は優しい方よ? 私には、とても……」

「そうでしょうね」

アデルフィーナは遮らない。

否定もしない。

ただ、肯定する。

それが逆に、重い。

「優しさと、責任は別物です」

公爵が低く息を吐く。

「……支援は、どうなる」

その問いは、父としてではなく、公爵としてのもの。

アデルフィーナは即答する。

「婚約前提の保証は、停止いたしました」

継母が椅子を鳴らす。

「勝手なことを!」

「契約条項通りでございます」

「あなた一人の判断で――」

「私が管理を任されておりました」

静かな事実。

公爵は目を閉じる。

そして、ゆっくり頷いた。

「問題はない」

継母が絶句する。

「あなたまで何を……!」

公爵の声は低い。

「王家が軽率だった」

それだけ。

ミレイアの顔色が、ほんのわずかに変わる。

想定していた未来は、違っていた。

婚約破棄。 涙。 姉の没落。 自分の上昇。

それが、美しい筋書きだったはず。

だが今、崩れかけている。

アデルフィーナは立ち上がる。

「本日、王宮より確認の使者が参ります」

「確認?」

「支援停止に関する問い合わせです」

継母が青ざめる。

「まさか……影響が出ているの?」

「当然でございますわ」

アデルフィーナは穏やかに答える。

「契約が終われば、保証も終わります」

ミレイアの指先が震える。

「殿下は……困るの?」

その問いは、初めて本音に近い。

アデルフィーナは彼女を見る。

「ご自身で選ばれた道ですもの」

そして、微笑む。

「きっと、真実の愛が支えてくださいますわ」

それは皮肉ではない。

ただの事実提示。

それが、何より冷たい。

朝食は終わる。

アデルフィーナは静かに退室する。

廊下を歩く足音は、迷いがない。

部屋に戻ると、執事が待っていた。

「王宮より急使が到着しております」

「応接室へ」

扉が閉まる。

応接室では、若い役人が蒼白な顔で立っていた。

「カーディス令嬢……支援停止の件ですが……」

彼は書類を差し出す。

「王太子殿下が、大変お怒りで……」

アデルフィーナは受け取らない。

「殿下は、婚約を破棄なさいました」

「ですが、それとこれは――」

「関係がございます」

彼女は静かに言う。

「婚約前提で締結された保証です」

役人の喉が鳴る。

理解はしている。

だが、王太子は理解していない。

「殿下は、再考を望んでおられます」

アデルフィーナは、ゆっくりと首を傾げた。

「何を、ですの?」

「……婚約破棄を」

空気が止まる。

彼女の瞳が、ほんのわずかに細められる。

「公に宣言なさったのでは?」

「それは……その……」

言葉に詰まる。

アデルフィーナは微笑む。

「失望いたしました」

役人が息を呑む。

「契約とは、子どもの遊びではございません」

そして、静かに告げる。

「殿下にお伝えくださいませ」

背筋を伸ばし、はっきりと。

「破棄は、成立しております」

役人は、何も言えない。

王太子はまだ知らない。

これは感情のもつれではない。

選択の代償だということを。

窓の外、王都の鐘が再び鳴る。

歯車はもう、戻らない。
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