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33話 “夫婦らしさ”のはじまり
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◆33話 “夫婦らしさ”のはじまり
白い結婚が正式に成立してから、数日が経った。
エテルナは朝の光が差し込むサロンで、ぽつりとカップを置いた。
「……静かですわね」
これまで実家の干渉や、元婚約者アレクシオンの余波が続いていたため、
“何も起きない日”がむしろ新鮮だった。
向かいでは、旦那様――アイオンが書類を整えながら微笑む。
「騒動続きだったからな。ようやく落ち着いたと言える」
「そうですわね。おかげで朝食がゆっくりいただけましたわ」
「……それは良かった」
淡々としたやりとり。
けれど、以前の“必要最低限”よりは、少し距離が近い。
エテルナはふと、昨夜の出来事を思い出す。
(夜、私が廊下で迷っていましたら……旦那様が“ここは暗いから危険だ”と、灯りを持って来てくださったのよね)
ほんの些細なこと。
でも、貴族の夫婦生活に慣れていない彼女には、それすら胸に残る。
---
■リーザはすでに察している
部屋の隅で控えていたリーザが、そっと囁く。
「旦那様……エテルナ様のことをよく見ておられますわね」
「リーザ?」
「いえ。ただ……あのように自然にレディを気遣える男性、そう多くはございません」
「……そう、ですわね」
エテルナの頬が少しだけ熱くなる。
しかし次の瞬間――
「……ですがエテルナ様が気付いておられないのは、相変わらずでして」
「ちょっと待ってリーザ、それはどういう意味?」
「そのままの意味でございます」
リーザは涼しい顔をしてお辞儀をした。
(からかわれていますわ……)
---
■ふたりでひとつの部屋を整える
午後、エテルナとアイオンは、共有で使う書庫の整理をしていた。
「本の分類はどうする? 魔法学と薬草学は分けた方が良いか?」
「ええ。魔術書は私が扱いますわ。旦那様は騎士団関連の文献を」
静かな場所で、ふたりだけで作業するのは初めてだった。
エテルナは本を棚に入れながら、ふと問いかける。
「旦那様、私……この家で迷惑をかけていませんか?」
アイオンは手を止め、ゆっくりと向き直る。
「迷惑? なぜそんなことを?」
「白い結婚とはいえ、私は嫁いできた立場ですわ。
ご家族にもお気遣いをいただいて……」
「気遣わせているのは、むしろ俺の方だ」
「え?」
アイオンの声は淡々としていたが、言葉に嘘がない。
「君が無理なく過ごせるようにしたい。
それが俺の責任であり……望みでもある」
エテルナは不意に胸が熱くなった。
(責任……だけではない気がしますわね。でも……)
彼に気持ちを確かめるには、まだ早い。
そう判断して、そっと微笑む。
「では……どうか、私のペースにもお付き合いくださいませ。
私はのんびりしていますので」
「構わない」
「本当に?」
「本当だ」
短い会話が、なぜか嬉しかった。
---
■第一歩
夕暮れ。
エテルナはテラスから見える庭を眺めながら、小さく息を吐く。
(……少しだけ。少しだけですけれど……
“夫婦らしい何か”が動き始めた気がしますわ)
リーザの言うように、鈍い自覚しかない。
それでも、心が軽かった。
白い結婚が正式に成立してから、数日が経った。
エテルナは朝の光が差し込むサロンで、ぽつりとカップを置いた。
「……静かですわね」
これまで実家の干渉や、元婚約者アレクシオンの余波が続いていたため、
“何も起きない日”がむしろ新鮮だった。
向かいでは、旦那様――アイオンが書類を整えながら微笑む。
「騒動続きだったからな。ようやく落ち着いたと言える」
「そうですわね。おかげで朝食がゆっくりいただけましたわ」
「……それは良かった」
淡々としたやりとり。
けれど、以前の“必要最低限”よりは、少し距離が近い。
エテルナはふと、昨夜の出来事を思い出す。
(夜、私が廊下で迷っていましたら……旦那様が“ここは暗いから危険だ”と、灯りを持って来てくださったのよね)
ほんの些細なこと。
でも、貴族の夫婦生活に慣れていない彼女には、それすら胸に残る。
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■リーザはすでに察している
部屋の隅で控えていたリーザが、そっと囁く。
「旦那様……エテルナ様のことをよく見ておられますわね」
「リーザ?」
「いえ。ただ……あのように自然にレディを気遣える男性、そう多くはございません」
「……そう、ですわね」
エテルナの頬が少しだけ熱くなる。
しかし次の瞬間――
「……ですがエテルナ様が気付いておられないのは、相変わらずでして」
「ちょっと待ってリーザ、それはどういう意味?」
「そのままの意味でございます」
リーザは涼しい顔をしてお辞儀をした。
(からかわれていますわ……)
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■ふたりでひとつの部屋を整える
午後、エテルナとアイオンは、共有で使う書庫の整理をしていた。
「本の分類はどうする? 魔法学と薬草学は分けた方が良いか?」
「ええ。魔術書は私が扱いますわ。旦那様は騎士団関連の文献を」
静かな場所で、ふたりだけで作業するのは初めてだった。
エテルナは本を棚に入れながら、ふと問いかける。
「旦那様、私……この家で迷惑をかけていませんか?」
アイオンは手を止め、ゆっくりと向き直る。
「迷惑? なぜそんなことを?」
「白い結婚とはいえ、私は嫁いできた立場ですわ。
ご家族にもお気遣いをいただいて……」
「気遣わせているのは、むしろ俺の方だ」
「え?」
アイオンの声は淡々としていたが、言葉に嘘がない。
「君が無理なく過ごせるようにしたい。
それが俺の責任であり……望みでもある」
エテルナは不意に胸が熱くなった。
(責任……だけではない気がしますわね。でも……)
彼に気持ちを確かめるには、まだ早い。
そう判断して、そっと微笑む。
「では……どうか、私のペースにもお付き合いくださいませ。
私はのんびりしていますので」
「構わない」
「本当に?」
「本当だ」
短い会話が、なぜか嬉しかった。
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■第一歩
夕暮れ。
エテルナはテラスから見える庭を眺めながら、小さく息を吐く。
(……少しだけ。少しだけですけれど……
“夫婦らしい何か”が動き始めた気がしますわ)
リーザの言うように、鈍い自覚しかない。
それでも、心が軽かった。
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