天然だけど婚約破棄もざまぁも全部ラッキーに転がった令嬢です

ふわふわ

文字の大きさ
2 / 4

第2章 噂話は勝手に広がりますわ

しおりを挟む
「ねえ、聞いた? あのフランボワーズ様、王太子殿下から婚約破棄されたのに、ぜんぜん落ち込んでいないみたいよ」
「それどころか、聖女様の“奇跡”を助ける薬まで作っちゃったそうじゃない……? 本当、何者なのかしら……」

そんなひそひそ声が、侯爵家のお屋敷の近くでも聞こえてきた。わたくし――フランボワーズ・ド・シャルティエは、それとなく耳にしながらも気にせずに日々を過ごしている。
だって、わたくしとしては婚約破棄されて本当に気楽になったのだから、落ち込む理由がない。周囲から「捨てられ令嬢」「不憫な子」などと呼ばれるかと思いきや、最近ではちょっと違う風向きになっているらしい。

◇ 解放されたはずが、なぜか忙しく?

婚約破棄からまだ日が浅いというのに、どうも日常が慌ただしくなったように感じる。それは、わたくしが聖女カレン様の“奇跡不調”を助ける薬を作ったという噂が広まってしまったからだ。
あの日、王城の中庭で起きた爆発騒動。それを鎮めるために、わたくしが手持ちの薬草と錬金術の知識を使い、カレン様に鎮静用ポーションを処方した。その結果、彼女は魔力の乱れから回復し、危機を脱することができたのだった。

本来なら、それは「王太子殿下に捨てられた令嬢が、やむなく献身を見せて取り繕った」みたいな噂になりそうなものだけれど、実際はそうはならなかった。
わたくしの母曰く、
「フランボワーズがあまりにもあっけらかんと対応したから、周囲に変な誤解を与えなかったんじゃないかしら? “捨てられて逆恨みしている”って雰囲気がゼロだったもの」
とのこと。

さらに付け加えるなら、教会や王宮の医師たちは、わたくしが作った薬の効果に興味津々のようである。
「フランボワーズ様、そちらの配合についてもう少し詳しく……」
「この材料はどの地方で採れるのです? この国以外でしか育たないんですか?」
などと、立て続けに問い合わせが来る。わたくしはその度に「えっと、たまたま手元にあった材料で混ぜただけですわ」などと答えているのだが、専門家たちが食いついてきて、いつの間にか日が暮れていた……なんてこともザラだ。
(それにしても、わたくし、今まではただの“趣味の錬金術好き”だったのに。まさかこんなに本格的に扱われることになるとは思わなかったですわ……)

もともと、「フランボワーズはちょっと天然だけれど、薬草学や錬金術がそこそこ得意らしい」という噂はあった。それが、今回の騒動を機に「聖女の不調を治せるほどの実力がある」と誇張されている。わたくし自身は「そこまで大したことはしていないのだけど……」と思うのだが、周囲はどんどん騒ぎ立てるから仕方ない。

◇ 王都に流れる新たな風評

「捨てられ令嬢」というイメージが先行するかと思いきや、いつの間にか「聖女より頼りになる錬金術師(仮)」のように言われ始めている。
おかげでわたくしのもとには、こんな依頼が舞い込み始めた。

「娘が高熱を出しているので、よい薬草を紹介してほしい」

「畑の害虫をどうにかしたいのだが、もしかして錬金術で駆除薬を作れるのでは?」

「最近眠りが浅くて……フランボワーズ様に調合していただいた安眠薬が評判だと聞いた」

……などなど。
もちろん本業の医師や調薬師の方が専門だろうけれど、彼らが手を焼く症状や珍しい薬草の扱い方など、わたくしにとっては「興味深いわ!」というものも多い。
お金を稼ぎたいというよりは、純粋に「困っている人を助けられるなら嬉しいし、研究も進んで楽しい」と思っている。

だけど、父や母としては複雑らしい。「まさか婚約破棄後にこんなに忙しくなるなんて……」と、目を丸くしている。

「ねえ、フランボワーズ。あなた、少しは貴族としての社交にも顔を出しなさいな。せっかくあのうるさい王太子教育から解放されたのだから、今度は気ままに貴族同士のつながりを作ってもいいんじゃない?」
母がそう提案してくれたが、わたくしは首をかしげる。
「うーん、社交会に行っても、どうせ“あの噂のフランボワーズ様だ!”って注目されて落ち着かないかもしれませんわ。今は研究に集中したいですし」
「そう……。まあ、あなたの好きにしなさい。変に動くよりはいいか」

母は呆れ半分、でもどこか安心しているようにも見えた。捨てられた令嬢がメソメソして引きこもるよりは、自然体で明るく過ごしている方がマシだろうと考えてくれているのだろう。

◇ 噂に乗じて寄ってくる人々

そうはいっても、わたくしの周囲にはちょっとしつこい人たちも出てきた。
「フランボワーズ様……実はわたくし、王太子殿下があなたを捨てるなんて、最初からおかしいと思っていたんです。もしよろしければ、うちの息子との縁談などいかがでしょう?」
「シャルティエ令嬢、あなたほどの才能があれば将来安泰。わが家と手を組めば互いにメリットがありますわ」

……要するに、王家との婚約は破れたけれど、代わりに“錬金術で名声を得ているフランボワーズ”を取り込もうという下心が見え見えの貴族が寄ってくるのだ。
わたくしは基本的に、そういう縁談の勧誘はすべて柔らかくお断りしている。
「申し訳ございません、今は研究と勉強に集中したく、結婚は考えておりませんの」
とニコニコ返すと、大抵は「そ、そうですか……」と退散してくれる。中にはしつこい人もいるが、不思議と誰も深追いしてこない。
(きっと【らっきーすとらいく】が、変な人間関係のトラブルを遠ざけてくれているのかもしれませんわ)

◇ 聖女カレンの奇妙な現状

さて、一方の“本物の聖女”カレン様はどうしているのだろう? と気になったわたくしは、教会の知り合いにそれとなく尋ねてみた。
すると、思わぬ答えが返ってくる。
「カレン様は今、王城で静養中と聞いています。前よりも体調を崩しやすいようで、奇跡の力が安定しないらしいのです」

……どういうことだろう?
前回、中庭での爆発騒動を収めたあと、わたくしは最小限の薬のレシピだけ置いて帰ってきた。それがあれば、薬師や医師が彼女の症状をある程度管理できるはず。しかし、それでも不調が続いているというのなら……。
(わたくしが調合した薬が効いていない……? それとも、別の要因があるのかしら)

やや気にかかるものの、別段カレン様はわたくしの友人というわけでもない。しかも向こうには、王太子殿下や教会関係者、王宮付きの医師がついているのだから、わたくしがわざわざ首を突っ込むことでもないだろう。
「まあ、もし本当に困っているなら、また依頼が来るかもしれませんわね……」
そう呟いて、わたくしは錬金術の実験へ戻ることにした。

◇ ある日の朝、突撃訪問

その日は、珍しく空が曇天だった。わたくしは離れの研究室で薬草の葉を細かく刻みながら、ざらりとした感触を楽しんでいた。すると、屋敷のほうで大きな声がした気がする。
「フランボワーズお嬢様! 急ぎでお呼びだてします!」
バタバタと足音を立てて走ってくるのは、侍女のドロテア。彼女はわたくしを見つけると息を切らせながら言った。
「奥様が“今すぐ応接室へ来て”と。……あの、王宮の偉い方々がいらっしゃっています!」
「王宮の偉い方……? まさかレオン殿下?」
そう思って身構えたが、ドロテアは首を横に振る。
「いいえ、第二王子セイラン殿下と、その近衛騎士の方々です!」

突然のセイラン殿下の来訪に驚きつつ、わたくしはエプロンを急いで脱ぎ捨て、メイドにサッと身なりを整えてもらってから屋敷の応接室へと向かった。
扉を開けると、そこには黒髪をきりりと結い上げたセイラン殿下が立っている。背筋が伸び、静かな威圧感すら漂わせる佇まい。数名の騎士を従えているが、殿下ご本人はどこか申し訳なさそうに眉をひそめていた。

「ごきげんよう、セイラン殿下。シャルティエ侯爵家へようこそ……急なご訪問で驚きましたわ」
わたくしが会釈すると、殿下は少し戸惑った様子で目を伏せる。
「突然押しかけてすまない。できれば前もって使者を送るべきだったのだが……今朝、兄上のことで緊急の用件が発生してしまってな。すぐにでも話を聞いてほしかった」
「レオン殿下の……ですか?」

ちらりと母を見ると、母も「わたくしは部外者ですので、よければお二人で話したほうがよろしいですわね」と言って退席する。どうも母は「早くフランボワーズにセイラン殿下と二人で話をさせたい」と思っているらしく、その行動の速さには感服である。

ソファへ向かい合って腰掛けると、セイラン殿下は低い声で切り出した。
「……結論から言うと、兄上が“聖女カレンを連れてしばらく王都を離れたい”と駄々をこねているんだ」
「まあ……それはまた、どうして急に?」
「兄上は、公務を放り出してカレンと自由に過ごしたいらしい。聖女が不調だという噂が出ていることもあって、余計に周囲の目から隠したいのだろう」
「確かに、あまり人目にさらされると本人もプレッシャーでしょうし……でも、王太子殿下が国務を放り出してしまうのは、かなり問題になるのでは?」

セイラン殿下はあからさまにため息をつく。
「そうだ。しかも、父上(国王)や大臣たちがいくら説得しても、兄上は聞く耳を持たない。『カレンがかわいそうだ』『俺たちの愛を邪魔するな』と言い張っている。正直、周囲は困り果てている。もうすぐ大事な対外的行事があるというのに……」
「それはまた……」
――なんとも呆れた話だ。レオン殿下が昔から自己中心的なのは薄々わかっていたけれど、ここまでとは思わなかった。しかも聖女を連れ出すなんて、教会との関係も一筋縄ではいかないはず。

「そこで、俺はこう提案したんだ。“聖女の体調が本当に悪いというのなら、国の医師や薬師に診せるべき。フランボワーズ・ド・シャルティエの助力を得るのも一案ではないか”と」
「えっ、わたくし?」
「兄上は最初、渋い顔をしていたが、結局“カレンのためなら仕方ない”としぶしぶ了承した。つまり、兄上は王都を離れる前に、もう一度フランボワーズが調合した薬なりなんなりを試したいらしい」

要するに、「わたくしを呼んでカレン様を診てほしい」と。もちろん、お医者様の仕事もあるでしょうに、王太子がわざわざわたくしを名指しするなんて……内心複雑だ。
「正直、俺もこの状況はおかしいと思う。聖女が本当に不調なのか、それとも別の理由があるのか……。カレン自身が本当の“聖女”であるなら、こんなにも力が不安定になるのは変だと神殿関係者が疑い始めている」

セイラン殿下の瞳は真剣そのもの。わたくしは少し身が引き締まる思いだ。
「フランボワーズ。お前が兄上たちに関わるのは不快かもしれない。だが、国の将来を考えるなら、できるだけ協力してもらいたい。――いや、もちろん無理強いはしたくないが……」
「……そうですね」

わたくしは少し考え込む。レオン殿下に仕える義務も責任も本来はない。しかし、カレン様が大変だというのなら、助けてあげたい気持ちもある。
それに、セイラン殿下がこんなにも頭を下げて頼んでくれている。わたくしが何かをすることで、この国にとって良い方向へ進むなら、結果オーライかもしれない。
(そしてわたくしの“らっきーすとらいく”は、こんなピンチっぽい場面でこそ発揮されるかも……)

「あの、わたくしなんぞの錬金術でどこまで役に立てるかは正直わかりませんが……よろしければ、微力を尽くしてみますわ。カレン様が苦しんでいるのなら放っておけませんし」
そう答えると、セイラン殿下は目を見張り、そして少し安堵の色を浮かべた。
「助かる。……ありがとう、フランボワーズ」
わたくしはその素直なお礼の言葉に、逆に胸がどきりとしてしまう。

◇ 再会、そして“仮診察”

数日後、王城の一室へ向かったわたくしは、再びカレン様と対面することになった。彼女はふかふかのソファに座っており、目の下には隈(くま)ができ、顔色も悪い。
「カレン様、お久しぶりです。ご体調はいかがでしょう……?」
わたくしが声をかけると、彼女は申し訳なさそうに俯いた。
「……あの日は、お世話になりました。せっかくフランボワーズ様の薬でだいぶ落ち着いたのに、またこんな状態になってしまって……わたし、どうしたらいいんでしょう」

声は弱々しく、確かに以前のような健康的な美しさは薄れている。わたくしは近くの医師に話を聞きながら、彼女の脈や呼吸、熱など簡単なチェックをする。
「ご本人の魔力が不安定なのは確かですね。原因としては、ストレスや疲労が溜まりすぎている可能性が高いかと。――ただ、“奇跡”そのものに問題があるかどうかまでは、わたくしには判断しかねますわ」
そう言うと、医師は神妙な面持ちで頷く。
「実は、教会サイドも“聖女様”の奇跡が本物かどうか、正確に見極めかねているのです。過去には実際に病を治したり、作物を豊作に導いた実績があるとのことですが……最近は失敗が相次いでいて……」

わたくしは小さく首を傾げる。
「カレン様、もしよろしければ、少しだけわたくしにあなたの“魔力”を触れさせていただけますか? 薬草学の専門家がやるような診断方法に近いものなのですが……」
「は、はい……」

そうして、わたくしはカレン様の手をそっと取り、軽く脈をとりながら、微弱な魔力の流れを感じ取る。これは専門の魔術師のように緻密にはできないけれど、昔からわたくしは“生き物が発する魔力の波”をざっくり感じ取れる体質だった。
(むむ……なんだか、ところどころに途切れがあるような……? まるで、継ぎはぎの布みたいに魔力が繋ぎ合わされている感じ)

頭の中でそんなイメージが浮かぶ。これは普通の人間にはない、いびつな魔力の流れだ。
(カレン様は本当に聖女なのかもしれませんが、今の彼女はその力がうまく循環していない……あるいは、根本の“魔力”が偏っている?)

中庭での爆発のときも、奇跡を起こそうとして暴走したようだった。あのときは鎮静薬で一時的に収まったけれど、根本的に解決していないようだ。
「……ありがとうございます。少しわかったことがありますが、まだ確証はありませんわ」
わたくしがそう伝えると、カレン様は不安そうに顔を上げる。
「フランボワーズ様……わたし、どうすれば……?」
「うーん、まずは焦らず休養を取るのが一番。奇跡を無理に使おうとせず、魔力を安定させるお薬を定期的に飲む……地味だけれど、それしかなさそうですね」

実際、それが王道の対処だろう。“本物の聖女”であるならば、体調と精神の安定に伴って奇跡の力も安定するはずだ。ただ、それを許さないのが“周囲の期待”や“レオン殿下の言動”なのだろう。
すると扉がばたんと開き、レオン殿下が入ってきた。
「お、フランボワーズ。カレンの様子はどうだ? すぐによくなりそうか?」
先日よりも目の下にクマが見える。レオン殿下も疲れているのだろうか。
「すぐによくなるかは何とも……無理をさせないことと、薬の服用が大切かと思いますわ」
そう控えめに伝えると、殿下は少し苛立ったように唇を噛む。
「……そうか。だが、いつまでもこんな状態じゃ困るんだ。いずれ俺と一緒にこの城を出るんだから、早く元気になってもらわないと。カレンが倒れたら、俺はどうすればいい?」

――あれ? そこ、“カレン様の健康を心配する”というより“自分が困る”という要素が強いような……。
わたくしは苦笑いしかできない。カレン様は「レオン様がそばにいてくれるだけで充分です……」なんて潤んだ瞳で訴えているが、じわりと依存関係が深まりそうで心配だ。
ともあれ、カレン様の不調は深刻。ここで放っておけば、さらなる暴走につながるかもしれない。

「わたくし、少し考えてみますわ。以前の鎮静薬を改良して、より安全に魔力を安定させる調合ができるかもしれません。場合によっては、“特別な草花”が必要になると思いますが……」
そう告げると、レオン殿下はパッと表情を明るくした。
「おお、それは助かる! そうだな……お前も貴族家の令嬢として、国のために貢献するのは当然だろうし。期待してるぞ」
失礼ながら、その言葉にカチンときそうになる。
(わたくし、もう婚約破棄された身なんですけど……)

しかし、わたくしはあくまで笑顔で頭を下げる。
「はい。期待に応えられるよう、努力してみますわ」
すると、カレン様が申し訳なさそうにこちらを見た。
「本当にごめんなさい……レオン様までこんなに気を使わせてしまって。フランボワーズ様には、申し訳なさでいっぱいです……」
――どうやら彼女も彼女で苦しんでいるようだ。そんな顔をされたら、こちらが憎む気持ちなど起こるはずもない。

◇ 王太子と聖女に広がる不信感

わたくしが王城をあとにしようとしたとき、騎士たちの雑談が耳に入った。
「いやあ、殿下も無茶を言うな。最近ろくに政務を見ていないし、今日だって無理やりフランボワーズ様を呼びつけて……」
「聖女様が本当に聖女かどうかも怪しいって噂だ。奇跡が暴走してばかりじゃ、国の人々は納得しないだろう」
「まったく、誰かが代わりに政治を動かしてるのが現状だ。……このままじゃいずれ大問題になるぞ」

どうやら王太子レオン殿下への不満と不安が、騎士や侍従たちの間でも募っているようだ。
(そういえば、セイラン殿下が公務の大半を見ているって話を母がしてたっけ。王太子殿下はこのままだと、王族としての信頼を失いかねませんわね……)

こんなざわついた空気が、どう転ぶのだろう。わたくしは複雑な想いを抱えながら馬車へと乗り込んだ。

◇ 特別な薬草を求めて

さて、問題はカレン様の魔力を安定させるための薬を作ることだ。前回は手持ちの材料をとりあえず混ぜ合わせたけれど、今回はより効果的な調合が必要になる。
わたくしは屋敷の離れで本を読み漁り、過去の錬金術や薬草学の文献を探してみる。すると、その中にこんな一節があった。
「まれに《月の巫女の花》と呼ばれる神聖な花びらを煎じることで、乱れた魔力を鎮める作用があるという。これは通常の聖女の奇跡を補完し、あるいは不完全な聖女の力を安定させるとも伝えられている……」

“月の巫女の花”……聞いたことがない。
わたくしは父に相談してみた。すると、父は老練な執事を呼び寄せて、古い地誌を探させてくれた。
「月の巫女の花、か。伝説上の花で、めったに人の目に触れないと言われている。確か、王都から離れた森の奥地に自生しているという噂があったが……」
「その噂を確かめる手段はありますの?」
「そうだな……辺境伯領の山岳地帯か、あるいは南の国境近くの森か。古い記録には“月蝕の夜にだけ咲く”と書かれていることもある」

なんともファンタジックな話で、信憑性は半々といったところだ。しかし、この花が本当に存在し、手に入れられれば、カレン様の魔力暴走を抑えられるかもしれない。
「レオン殿下が王都を離れたいと言っているのなら、ついでにこの花探しの旅にでも行けばいいのに……って、そう簡単にはいきませんかね」
わたくしが呑気なことを言うと、父はやれやれと首を振る。
「公務を放棄してのんびり薬草探しなんて、王家としては体裁が悪い。しかも辺境の森は危険だ。モンスターの類も出るし、簡単には行けないぞ」
「そうですわね……」

せめて、セイラン殿下に相談すべきかもしれない。彼なら公務の合間に、護衛をつけて探索隊を出すなど何かしら手を回してくれるだろう。
(ただ、わたくし自身が先陣切って花を探しに行くのは……それこそ命がけになりそうだし、父や母が許すはずもない)

◇ 思わぬ“依頼”が舞い込む

数日後。わたくしが文献を読みながら月の巫女の花の情報をさらに調べていると、玄関先がまた騒がしくなった。
「フランボワーズお嬢様、また王宮から使者が……」
「はいはい、今度はどなたがいらしたのかしら」

迎えたのは、第二王子の近衛騎士とは別の部隊に属する高位騎士――だが、どこか見覚えがあった。確か、あの日の舞踏会で王太子殿下の護衛を務めていたような……。
「シャルティエ令嬢、突然のご訪問失礼いたします。実は……王太子殿下が、なるべく早く“森”へ出発したいと仰せでして……」
「森……?」
騎士は渋い顔で続ける。
「王太子殿下は“カレンのために『月の巫女の花』とやらを探す”と言っておられます。殿下がお聞きになったらしく、“フランボワーズの調べた本に書いてあった”と。先ほど殿下は『よし、すぐに森へ行くぞ』と騎士団に指示を出そうとしていて……」

まさか、もう情報が伝わってしまうなんて。わたくしが父と話したことがどうやって漏れたのかは定かではないが、貴族社会では噂や情報がすぐに駆け巡る。
しかし、レオン殿下はただでさえ公務を放り出すと騒いでいたのに、本当に森へ探しに行くのか。騎士団を引き連れて? それはそれで大問題だ。国王陛下も大臣たちも黙っていないだろう。
騎士はさらに言う。
「それで、殿下がおっしゃるには“フランボワーズも同行させろ。あいつがいれば薬の知識を活かせるし、何かあってもらっきーすとらいくとかいう幸運体質でなんとかなるだろう”と……」

……いや、ちょっと待ってくださいまし。人の【らっきーすとらいく】を“なんとかなるだろう”って、乱暴すぎません?
「あの、殿下は本気なのでしょうか? 危険な森へわたくしを連れ出して、一体どうなるというの……」
「正直、わたしどもも困っています。しかし、王太子殿下の命令を無視するわけにもいかず……。なんとかシャルティエ令嬢からもお断りいただければ、殿下も考え直すかもしれません。どうか“わたくしは同行しません”と強く言っていただきたいのです」

なるほど。騎士たちも、やんわりと止めさせたいのだ。国のトップである王太子が危険地帯に突撃しようというのは、あまりにも無謀。しかも聖女まで連れて行くなら尚更だ。
「わかりました。お断りします。――と言いたいところですが……」
わたくしは少しだけ考え込む。もちろん危険には行きたくないが、一方で“月の巫女の花”を入手できれば、カレン様の苦しみが和らぎ、ひいては国の混乱も収まる可能性がある。
そして、もしレオン殿下が一人で突っ走れば、もっと危険になる気もする。変なトラブルに巻き込まれ、国中が大騒ぎになるのが目に見えている。
(だったら、わたくしがきちんと計画を立てて同行し、“本当に見込みがない”と判断したら素早く引き返すよう説得するのはどうだろう?)

そう思った瞬間、胸の奥がじわっと温かくなる。――これも、わたくし特有の直感だ。こういうときこそ【らっきーすとらいく】が発動して、結果的に物事がいい方向へ行くのかもしれない。
「騎士様。わたくしからも殿下を引き止めてみますが、もしそれでも殿下が聞かない場合は、わたくしが同行する方向で調整していただけますか? ただし、必ず十分な護衛や備えをしてもらいます。無謀な旅にはならないよう、セイラン殿下にも相談したいです」
「は、はあ……」
騎士は当惑しつつも、わたくしの言葉に頷く。

◇ こうして“婚約破棄令嬢”は動き始める

結局、わたくしは準備を整えたうえで、レオン殿下やカレン様と共に森へ向かう――というプランを立てることになりそうだ。もちろん危険は多いだろうが、セイラン殿下や父にも協力を仰ぎ、大人数で安全を確保したい。
誰もが「本当に行くの?」と首を傾げるが、それを止めない限り、レオン殿下は強行突破しかねない。ならば、わたくしが目を光らせておくほうがマシだろう。

こうして、いわゆる“ざわざわした噂”はさらに加速する。
「王太子殿下と聖女様、危険な森へ旅立つって本当!? しかもフランボワーズ様が同行するらしいわよ?」
「まさか、もう一度レオン殿下がフランボワーズ様を口説いて取り戻すんじゃ……?」
などと、憶測まで飛び交っている。

(――勘弁してほしいですわ。そんな気はさらさらないです)

わたくしとしては、カレン様を助けたいというのが一番。そして、その結果として国が落ち着いてくれるなら、なお良し。
実際に“月の巫女の花”が見つかるのかどうかはわからない。でも、ここで放置しておけば、王太子と聖女が勝手に行動して国が混乱する可能性が高い。

「婚約破棄もラッキーに転がる」――それがわたくしの人生なら、今回の冒険も良い方向に転がることを祈るばかり。
やるべきことはたくさんある。どんな危険が潜んでいるか想像もつかない。だけど不思議と、気持ちはそこまで暗くない。むしろワクワクしている部分もあるのだ。
(だって、滅多に行けない辺境の森……薬草や珍しい生き物がたくさんいるかもしれませんわ)

それに――
もし、わたくしが本当にこの旅で成果をあげたならば、第二王子セイラン殿下が動きやすくなるかもしれない。レオン殿下の暴走を止めつつ、この国にとって必要な変化を促す役割を、わたくしがほんの少し担えるなら。
(なんだか考えすぎかしら? まあ、いつもどおり、行き当たりばったりで大丈夫でしょう。どうせ“らっきーすとらいく”が上手いことなんとかしてくれますわ)

そうやって、わたくしは密かに決意を固める。
次の章では、いよいよ“王太子&聖女”と“婚約破棄令嬢”が同じ馬車で旅立つという、奇妙な事態が待ち受けているのだった――。

第2章 噂話は勝手に広がりますわ
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました

蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。 だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

「薬草まみれの地味な女」と婚約破棄された宮廷薬師ですが、辺境でのんびり暮らしていたら元婚約者が全てを失っていました  

メトト
恋愛
宮廷薬師エルザは、夜会の場で婚約者の侯爵家嫡男レオンに公開婚約破棄される。 「薬草にまみれた地味な女」——そう蔑まれたエルザだが、その胸にあったのは悲しみではなく安堵だった。 七年間、浪費家の婚約者を支え続けた日々はもう終わり。 エルザは宮廷薬師を辞し、薬草の宝庫と名高い辺境の街ヴェルデンで小さな薬屋を開く。 そこで出会ったのは、不器用だけどまっすぐな領主代行の青年騎士ノエル。 薬屋は大繁盛、流行病を退け、新薬の開発にも成功——エルザの薬師としての才能が、辺境の地で花開いていく。 一方、エルザを失った王都では。 宮廷薬師の後任は見つからず、新しい婚約者の浪費で侯爵家の財政は火の車。 全てを失ったレオンがエルザの元に現れた時、彼女が返した言葉とは——。 復讐なんてしない。ただ自分らしく生きるだけ。 それが最大の「ざまぁ」になる、爽快異世界恋愛物語。 完結保証 全12話になります。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

裏の顔ありな推しとの婚約って!?

花車莉咲
恋愛
鉱業が盛んなペレス王国、ここはその国で貴族令嬢令息が通う学園であるジュエルート学園。 その学園に通うシエンナ・カーネリアラ伯爵令嬢は前世の記憶を持っている。 この世界は乙女ゲーム【恋の宝石箱~キラキラブラブ学園生活~】の世界であり自分はその世界のモブになっていると気付くが特に何もする気はなかった。 自分はゲームで名前も出てこないモブだし推しはいるが積極的に関わりたいとは思わない。 私の前世の推し、ルイス・パライバトラ侯爵令息は王国騎士団団長を父に持つ騎士候補生かつ第二王子の側近である。 彼は、脳筋だった。 頭で考える前に体が動くタイプで正義感が強くどんな物事にも真っ直ぐな性格。 というのは表向きの話。 実は彼は‥‥。 「グレース・エメラディア!!貴女との婚約を今ここで破棄させてもらう!」 この国の第二王子、ローガン・ペレス・ダイヤモルト様がそう叫んだ。 乙女ゲームの最終局面、断罪の時間。 しかし‥‥。 「これ以上は見過ごせません、ローガン殿下」 何故かゲームと違う展開に。 そして。 「シエンナ嬢、俺と婚約しませんか?」 乙女ゲームのストーリーにほぼ関与してないはずなのにどんどんストーリーから離れていく現実、特に何も目立った事はしてないはずなのに推しに婚約を申し込まれる。 (そこは断罪されなかった悪役令嬢とくっつく所では?何故、私?) ※前作【悪役令息(冤罪)が婿に来た】にて名前が出てきたペレス王国で何が起きていたのかを書いたスピンオフ作品です。 ※不定期更新です。

処理中です...