婚約破棄?ええ、結構ですわ。――私が手を引いた瞬間、国が傾くとも知らずに』

ふわふわ

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第十八話 交渉の席で笑うのは

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第十八話 交渉の席で笑うのは

 帝国との技術交流交渉は、王城の円卓の間で行われることになった。

 表向きは――王家主導。

 実際の準備は――ほぼ公爵家。

 なんともまあ、分かりやすい構図ですこと。

「レティシア嬢、本日は助力に感謝する」

 ユリウスが低く告げる。

「王家の案件ですわ」

 私は微笑む。

「公爵家は協力者に過ぎません」

 その言葉を、わざと少しだけ響かせる。

 室内には王太子カイゼル、セリーナ、重臣たち、そして帝国使節団。

 使節団の代表は、若いながら鋭い目をした男だった。

「保存技術の資料、拝見いたしました」

 彼は迷いなく言う。

「大変、合理的です」

 合理的。

 その単語に、重臣たちがわずかにざわめく。

 帝国は力の国だ。

 だが合理性を何より重んじる。

「我が国との共同研究を希望します」

 王太子が前に出る。

「もちろんだ。王家として歓迎する」

 力強い声。

 だが細部を知らない者の声。

「条件は三点」

 使節が続ける。

「技術共有の範囲、特許的独占期間、そして――」

 彼の視線が、まっすぐ私に向く。

「技術責任者との定期協議」

 沈黙。

 空気が変わる。

 王太子の眉がわずかに動く。

「責任者は王家だ」

「資料には、公爵令嬢の署名が」

 淡々とした指摘。

 事実は、冷たい。

「……」

 カイゼルが私を見る。

 ああ。

 その目。

 またですのね。

 頼るような、縋るような。

 でも。

 選んだのはあなた。

「殿下」

 私は一歩前へ出る。

「形式上は王家主導で構いません」

 重臣たちが息を呑む。

「ですが実務協議は、私が担当いたします」

 静かな声。

 揺れない。

 ユリウスが小さく頷く。

 セリーナの指先が、強く握られる。

「それでは合意文案を」

 交渉は進む。

 私は数字を示し、範囲を限定し、独占期間を短縮させる。

 帝国使節は満足げに笑う。

「話が早い」

 合理的な相手は、合理的な言葉を好む。

 感情ではなく、構造。

 会議は無事に終わった。

 表向きは王太子の成功。

 だが。

 誰が中身を動かしたかは、部屋にいた者全員が知っている。

 退出後。

「なぜ前に出た」

 カイゼルが低く問う。

「国益ですわ」

「俺を立てる気はないのか」

「立てております」

 にこり。

「表向きは、殿下の功績です」

 それが現実。

 だが彼の胸に残るのは、別の感情。

「……」

 言葉にならない悔しさ。

 セリーナが静かに口を開く。

「レティシア様は、本当に優秀ですのね」

「恐縮です」

「王妃教育にも、ぜひ助言を」

 甘い声。

 けれど目は探る。

「お断りいたします」

 即答。

 空気が止まる。

「立場が違いますもの」

 王妃教育は彼女の試練。

 私の役目ではない。

 夜。

 公爵邸。

「帝国との合意、成功です」

 侍女が嬉しそうに告げる。

「王家の功績として報じられております」

「結構ですわ」

 私は静かに紅茶を飲む。

 功績は表向き、王家。

 だが信用は積み重なる。

「交渉の席で笑っていたのは、帝国使節でした」

「ええ」

 私は目を細める。

「合理的な者同士の会話は、心地よいものです」

 王太子は力を誇示したい。

 第二王子は安定を重んじる。

 セリーナは地位を求める。

 そして私は。

「私は、尊重される場所を選びます」

 交渉の席で笑うのは、勝者とは限らない。

 だが。

 焦らず、構造を理解する者が、最後に残る。

 王城では、静かに支持が動いていた。

 帝国との合意。

 北方協定の安定。

 第二王子の評価、さらに上昇。

 王太子は窓の外を見つめる。

 手に入れたはずの婚約。

 だが揺れる足場。

 選ばれたはずの席が、また一つ傾く。

 物語は、静かに、しかし確実に。

 王座へと近づいていく。
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