婚約破棄?ええ、結構ですわ。――私が手を引いた瞬間、国が傾くとも知らずに』

ふわふわ

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第二十六話 貸しは笑顔で積まれていきますの

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第二十六話 貸しは笑顔で積まれていきますの

 南区の復興支援は、帝国商会の主導で進んだ。

 新しい倉庫。  修繕された商店。  配られる無償の塩。

「帝国は寛大だ」 「王家と協力してくれている」

 民の声は、次第に変わる。

 怒りは消えた。

 代わりに生まれたのは――感謝。

 王城の執務室。

「帝国から追加の提案が」

 書簡が差し出される。

 カイゼルの眉が動く。

「今度は何だ」

「港湾設備の共同管理」

 沈黙。

 利払いは始まっていない。

 だが。

 貸しは増えている。

「兄上」

 ユリウスが静かに言う。

「断るべきだ」

「だが復興を助けてもらった」

「だからこそだ」

 感謝と依存は、違う。

 カイゼルは黙る。

 頭では分かる。

 だが胸に残るのは、助けられた事実。

「協力だ」

 そう言い聞かせるように。

「共同管理は期限付きに」

 完全な拒否はしない。

 だが完全な受容もしない。

 揺れる。

 一方、公爵邸。

「港湾共同管理の件、王家は条件付きで受けるようです」

「予想通りですわ」

 私は静かに紅茶を口にする。

「お嬢様は反対なさらないのですか?」

「今は」

 私は首を振る。

「止めるほどの段階ではございません」

 帝国は笑顔で貸しを積む。

 王家は笑顔で受け取る。

 だが。

 貸しは帳簿に残らなくても、心には残る。

 夕刻。

 ユリウスが訪れる。

「兄上は迷っている」

「迷うのは悪いことではございません」

「だが決断が遅い」

 私は少しだけ視線を上げる。

「王は守る側」

「……」

「守られることに慣れれば、決断は鈍ります」

 ユリウスは苦く笑う。

「兄上は優しすぎるのか」

「優しさは美徳です」

 私は穏やかに続ける。

「ただし、国を背負うには重いこともある」

 夜。

 王城の廊下で、セリーナが囁く。

「帝国と仲良くできれば平和ですわ」

「平和は大切だ」

 カイゼルは頷く。

「争わずに済むなら」

 だがその平和は、対等か。

 それとも。

 公爵邸の書斎。

「港湾の管理比率は?」

「帝国三割、王家七割」

「今は、それでよろしい」

 私は静かに言う。

「帝国は必ず次を求めます」

「拒めば?」

「関係は冷える」

 受ければ。

「貸しが増える」

 どちらも選択。

 だが。

 笑顔で積まれる貸しは、拒みにくい。

 数日後。

 港に帝国と王家の共同旗が掲げられた。

 拍手。

 称賛。

 平和の象徴。

 だが。

 誰が主導し、誰が支えられているのか。

 民は完全には見えていない。

 カイゼルは港を見下ろす。

 旗は並んでいる。

 だが心は重い。

「……これでいい」

 そう呟く。

 公爵邸のバルコニー。

「貸しは笑顔で積まれていきます」

 私は夜風に言う。

「断る理由が薄いほど、重くなる」

 まだ取り返しはつく。

 まだ対等。

 だが。

 選択を重ねるごとに、道は細くなる。

 王座は動いていない。

 けれど。

 器の重さを試す天秤は、ゆっくりと傾き始めていた。
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