21 / 40
第二十一話 静寂が問いを連れてくる
しおりを挟む
第二十一話 静寂が問いを連れてくる
冬の朝は、音を削ぎ落とす。
屋敷の廊下を歩く自分の足音が、やけに大きく聞こえた。私はその響きを確かめるように、一歩一歩を意識して進んだ。急ぐ理由はない。だが、止まる理由もない。
――静寂は、休息では終わらない。
書斎に入ると、机の上には白紙が置かれていた。昨日と同じ配置。違うのは、私の心の向きだ。白紙はもう不安ではない。だが、問いを運んでくる。
何をするのか。
何をしないのか。
どこまで関わり、どこから退くのか。
私は椅子に腰を下ろし、両手を組んだ。答えを急ぐと、線が滲む。滲んだ線は、やがて誰かの都合で引き直される。だから、急がない。
午前中、補佐官が珍しく用件のない顔で訪ねてきた。
「お嬢様、特にご報告はありません」
「それは、良い知らせです」
「……ええ。ですが」
彼は、少しだけ言いよどんだ。
「最近、“あなたが何を考えているのか分からない”と、言われることが増えました」
私は、短く息を吐いた。
「分からなくていいのです」
「……はい?」
「考えが分かる、という状態は、利用できるということでもあります」
補佐官は、納得したように頷いた。
「確かに。
では、こちらも“特に動きはない”と、伝えておきます」
彼が去ると、静けさが戻った。
私は窓を開け、冷たい空気を取り込む。吐息が白くなり、消える。その繰り返しが、心を落ち着かせた。
昼過ぎ、私は屋敷を出た。目的は、近郊の図書館だ。政治書でも、法典でもない。今日は、物語を読むと決めていた。
棚の間を歩き、背表紙を指でなぞる。誰かの人生を、誰かの言葉で追体験する。それは、判断から距離を取るための時間だ。
一冊を手に取り、席に着いた。
読み始めてしばらくすると、ある一文が目に留まる。
――「選ばれなかった道は、消えるのではなく、沈黙する」。
私は、そこでページを閉じた。
沈黙する道。
それは、否定されたのではない。今は語られていないだけだ。
夕刻、屋敷に戻ると、一通の手紙が届いていた。差出人は、以前に相談を寄せてきた若い官吏だ。内容は短い。
「正式な場で、あなたの意見が参照されました。
名は伏せられています。
それで、うまく進んでいます」
私は、静かに頷いた。
名を伏せたまま、進む。
それが、私の選んだ関わり方だ。
夜、書斎で灯りを点ける。白紙は、まだ白い。
だが、今日は一行だけ書いた。
――「問いに、急いで答えない」。
その一行が、今日の結論だ。
静寂は、やがて問いを連れてくる。
問いは、選択を促す。
だが、選択は、常に今でなくていい。
私は灯りを落とし、椅子から立ち上がった。
廊下を歩く足音が、また一つ、屋敷に響く。
――明日も、答えは出さないかもしれない。
それでも構わない。
私は、静寂の中で、問いと並んで立つことを選んだのだから。
その姿勢こそが、
誰にも奪われない、私の現在だった。
冬の朝は、音を削ぎ落とす。
屋敷の廊下を歩く自分の足音が、やけに大きく聞こえた。私はその響きを確かめるように、一歩一歩を意識して進んだ。急ぐ理由はない。だが、止まる理由もない。
――静寂は、休息では終わらない。
書斎に入ると、机の上には白紙が置かれていた。昨日と同じ配置。違うのは、私の心の向きだ。白紙はもう不安ではない。だが、問いを運んでくる。
何をするのか。
何をしないのか。
どこまで関わり、どこから退くのか。
私は椅子に腰を下ろし、両手を組んだ。答えを急ぐと、線が滲む。滲んだ線は、やがて誰かの都合で引き直される。だから、急がない。
午前中、補佐官が珍しく用件のない顔で訪ねてきた。
「お嬢様、特にご報告はありません」
「それは、良い知らせです」
「……ええ。ですが」
彼は、少しだけ言いよどんだ。
「最近、“あなたが何を考えているのか分からない”と、言われることが増えました」
私は、短く息を吐いた。
「分からなくていいのです」
「……はい?」
「考えが分かる、という状態は、利用できるということでもあります」
補佐官は、納得したように頷いた。
「確かに。
では、こちらも“特に動きはない”と、伝えておきます」
彼が去ると、静けさが戻った。
私は窓を開け、冷たい空気を取り込む。吐息が白くなり、消える。その繰り返しが、心を落ち着かせた。
昼過ぎ、私は屋敷を出た。目的は、近郊の図書館だ。政治書でも、法典でもない。今日は、物語を読むと決めていた。
棚の間を歩き、背表紙を指でなぞる。誰かの人生を、誰かの言葉で追体験する。それは、判断から距離を取るための時間だ。
一冊を手に取り、席に着いた。
読み始めてしばらくすると、ある一文が目に留まる。
――「選ばれなかった道は、消えるのではなく、沈黙する」。
私は、そこでページを閉じた。
沈黙する道。
それは、否定されたのではない。今は語られていないだけだ。
夕刻、屋敷に戻ると、一通の手紙が届いていた。差出人は、以前に相談を寄せてきた若い官吏だ。内容は短い。
「正式な場で、あなたの意見が参照されました。
名は伏せられています。
それで、うまく進んでいます」
私は、静かに頷いた。
名を伏せたまま、進む。
それが、私の選んだ関わり方だ。
夜、書斎で灯りを点ける。白紙は、まだ白い。
だが、今日は一行だけ書いた。
――「問いに、急いで答えない」。
その一行が、今日の結論だ。
静寂は、やがて問いを連れてくる。
問いは、選択を促す。
だが、選択は、常に今でなくていい。
私は灯りを落とし、椅子から立ち上がった。
廊下を歩く足音が、また一つ、屋敷に響く。
――明日も、答えは出さないかもしれない。
それでも構わない。
私は、静寂の中で、問いと並んで立つことを選んだのだから。
その姿勢こそが、
誰にも奪われない、私の現在だった。
48
あなたにおすすめの小説
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる