選ばれなかった令嬢は、何も選ばずにすべてを手に入れる

ふわふわ

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第二十一話 静寂が問いを連れてくる

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第二十一話 静寂が問いを連れてくる

 冬の朝は、音を削ぎ落とす。
 屋敷の廊下を歩く自分の足音が、やけに大きく聞こえた。私はその響きを確かめるように、一歩一歩を意識して進んだ。急ぐ理由はない。だが、止まる理由もない。

 ――静寂は、休息では終わらない。

 書斎に入ると、机の上には白紙が置かれていた。昨日と同じ配置。違うのは、私の心の向きだ。白紙はもう不安ではない。だが、問いを運んでくる。

 何をするのか。
 何をしないのか。
 どこまで関わり、どこから退くのか。

 私は椅子に腰を下ろし、両手を組んだ。答えを急ぐと、線が滲む。滲んだ線は、やがて誰かの都合で引き直される。だから、急がない。

 午前中、補佐官が珍しく用件のない顔で訪ねてきた。

「お嬢様、特にご報告はありません」

「それは、良い知らせです」

「……ええ。ですが」

 彼は、少しだけ言いよどんだ。

「最近、“あなたが何を考えているのか分からない”と、言われることが増えました」

 私は、短く息を吐いた。

「分からなくていいのです」

「……はい?」

「考えが分かる、という状態は、利用できるということでもあります」

 補佐官は、納得したように頷いた。

「確かに。
 では、こちらも“特に動きはない”と、伝えておきます」

 彼が去ると、静けさが戻った。
 私は窓を開け、冷たい空気を取り込む。吐息が白くなり、消える。その繰り返しが、心を落ち着かせた。

 昼過ぎ、私は屋敷を出た。目的は、近郊の図書館だ。政治書でも、法典でもない。今日は、物語を読むと決めていた。

 棚の間を歩き、背表紙を指でなぞる。誰かの人生を、誰かの言葉で追体験する。それは、判断から距離を取るための時間だ。

 一冊を手に取り、席に着いた。
 読み始めてしばらくすると、ある一文が目に留まる。

 ――「選ばれなかった道は、消えるのではなく、沈黙する」。

 私は、そこでページを閉じた。
 沈黙する道。
 それは、否定されたのではない。今は語られていないだけだ。

 夕刻、屋敷に戻ると、一通の手紙が届いていた。差出人は、以前に相談を寄せてきた若い官吏だ。内容は短い。

 「正式な場で、あなたの意見が参照されました。
  名は伏せられています。
  それで、うまく進んでいます」

 私は、静かに頷いた。
 名を伏せたまま、進む。
 それが、私の選んだ関わり方だ。

 夜、書斎で灯りを点ける。白紙は、まだ白い。
 だが、今日は一行だけ書いた。

 ――「問いに、急いで答えない」。

 その一行が、今日の結論だ。

 静寂は、やがて問いを連れてくる。
 問いは、選択を促す。
 だが、選択は、常に今でなくていい。

 私は灯りを落とし、椅子から立ち上がった。
 廊下を歩く足音が、また一つ、屋敷に響く。

 ――明日も、答えは出さないかもしれない。

 それでも構わない。
 私は、静寂の中で、問いと並んで立つことを選んだのだから。

 その姿勢こそが、
 誰にも奪われない、私の現在だった。
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