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第三十四話 静かな肯定が積み重なる
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第三十四話 静かな肯定が積み重なる
朝、私は窓辺に立ち、外の空気を確かめた。
冷たい。澄んでいる。だが、刺すほどではない。
――今日は、否定されない日だ。
そう思えたこと自体が、少し前の自分からすれば驚きだった。
否定されない、というのは賞賛されることではない。褒められることでも、必要とされることでもない。ただ、修正されないという状態だ。
書斎に入ると、机の上には相変わらず何もない。
だが私はもう、「何もない」ことを確認しに来ているわけではなかった。
ここに置かれていないものを、数えなくなったのだ。
午前中、補佐官がいつものように静かに入室した。
「お嬢様、本日も特段の案件はありません」
「はい」
「……最近、“問題が起きていない”という報告が増えています」
私は小さく笑った。
「それは、良い兆候です」
「ええ。ですが、以前は“問題が起きないと不安だ”という声も多く……」
「問題が起きない状態は、管理されていないと続きません。
でも、管理されすぎても続かない」
補佐官は、少し考え込むように頷いた。
「では、今は……」
「誰も、余計なことをしていない」
それだけで、十分だった。
彼が下がると、私は椅子に腰を下ろし、しばらく目を閉じた。
静かな肯定は、音がしない。
だが、確実に積み重なる。
昼前、屋敷の中庭を歩いた。
使用人たちは、それぞれの仕事をしている。誰も私に指示を仰がず、誰も私の判断を待っていない。
――信頼は、依存の裏返しではない。
それを、ようやく身体で理解し始めていた。
午後、久しぶりに一通の長めの手紙が届いた。
差出人は、地方で働く女性官吏だった。かつて、私の助言を受け取ったことがある人物だ。
「以前なら、判断を仰ぎに行っていた場面で、今回は自分で決めました。
間違っているかもしれません。
でも、誰かに直される前提で決めなかったことが、こんなに楽だとは思いませんでした」
私は、その文面をゆっくりと読み返した。
正しいかどうかではない。
肯定されるかどうかでもない。
自分で決めた、という事実だけが、そこにあった。
夕刻、私は作業室に入り、久しぶりに紙を一枚取り出した。
今日は、何かを書いてもいい気がした。
だが、書いたのは意見でも指針でもなかった。
――「直されない判断は、育つ」。
それだけを書き、ペンを置いた。
夜、書斎で灯りを点ける。
外は静かで、遠くの街の音もほとんど届かない。
静かな肯定は、祝福とは違う。
拍手も、言葉も、証明も伴わない。
だが、その肯定があるから静けさは壊れない。
否定されない日々が続くことで、人は初めて自分の足で立てる。
私は椅子から立ち上がり、窓を開けた。
夜風が、柔らかく頬を撫でる。
――明日も、何も起きないかもしれない。
それでいい。
静かな肯定が、また一つ積み重なる。
私は灯りを落とし、深く息を吐いた。
否定されないということは、
この場所にいていいという、
何より確かな合図なのだから。
朝、私は窓辺に立ち、外の空気を確かめた。
冷たい。澄んでいる。だが、刺すほどではない。
――今日は、否定されない日だ。
そう思えたこと自体が、少し前の自分からすれば驚きだった。
否定されない、というのは賞賛されることではない。褒められることでも、必要とされることでもない。ただ、修正されないという状態だ。
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「お嬢様、本日も特段の案件はありません」
「はい」
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でも、管理されすぎても続かない」
補佐官は、少し考え込むように頷いた。
「では、今は……」
「誰も、余計なことをしていない」
それだけで、十分だった。
彼が下がると、私は椅子に腰を下ろし、しばらく目を閉じた。
静かな肯定は、音がしない。
だが、確実に積み重なる。
昼前、屋敷の中庭を歩いた。
使用人たちは、それぞれの仕事をしている。誰も私に指示を仰がず、誰も私の判断を待っていない。
――信頼は、依存の裏返しではない。
それを、ようやく身体で理解し始めていた。
午後、久しぶりに一通の長めの手紙が届いた。
差出人は、地方で働く女性官吏だった。かつて、私の助言を受け取ったことがある人物だ。
「以前なら、判断を仰ぎに行っていた場面で、今回は自分で決めました。
間違っているかもしれません。
でも、誰かに直される前提で決めなかったことが、こんなに楽だとは思いませんでした」
私は、その文面をゆっくりと読み返した。
正しいかどうかではない。
肯定されるかどうかでもない。
自分で決めた、という事実だけが、そこにあった。
夕刻、私は作業室に入り、久しぶりに紙を一枚取り出した。
今日は、何かを書いてもいい気がした。
だが、書いたのは意見でも指針でもなかった。
――「直されない判断は、育つ」。
それだけを書き、ペンを置いた。
夜、書斎で灯りを点ける。
外は静かで、遠くの街の音もほとんど届かない。
静かな肯定は、祝福とは違う。
拍手も、言葉も、証明も伴わない。
だが、その肯定があるから静けさは壊れない。
否定されない日々が続くことで、人は初めて自分の足で立てる。
私は椅子から立ち上がり、窓を開けた。
夜風が、柔らかく頬を撫でる。
――明日も、何も起きないかもしれない。
それでいい。
静かな肯定が、また一つ積み重なる。
私は灯りを落とし、深く息を吐いた。
否定されないということは、
この場所にいていいという、
何より確かな合図なのだから。
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