選ばれなかった令嬢は、何も選ばずにすべてを手に入れる

ふわふわ

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第三十五話 選ばれないまま、残るもの

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第三十五話 選ばれないまま、残るもの

 朝の空は、淡い色をしていた。
 はっきりとした晴れでも、重たい曇りでもない。その中間にある色は、判断を急がせない。私は窓辺に立ち、その色が少しずつ変わっていくのを眺めた。

 ――選ばれないまま、残るものがある。

 それは、諦めの残骸ではない。
 誰かに選ばれなかった結果として、偶然残ったものでもない。
 選ばれない状態を続けたからこそ、削られずに残ったものだ。

 書斎に入ると、机はいつも通り整っている。
 何も置かれていないが、私はもう空白を探さない。ここには、選ばれなかった時間が、層のように重なっている。

 午前中、補佐官が控えめに入室した。

「お嬢様、今日も……特に動きはありません」

「はい」

「ですが、ひとつだけ」

 彼は、少し言葉を選んだ。

「“あなたに選ばれなかった案件”について、感謝の言葉が届いています」

 私は、目を上げた。

「選ばれなかったのに、ですか?」

「はい。
 “自分で決める余地が残った”と」

 私は、静かに頷いた。

「それなら、良かった」

 選ばないという選択は、相手から可能性を奪わない。
 むしろ、返す。

 補佐官が下がった後、私は椅子に腰を下ろし、手を重ねた。
 選ばれなかった案件。
 選ばれなかった役割。
 選ばれなかった期待。

 それらは、消えていない。
 ただ、私の手から離れただけだ。

 昼前、私は屋敷の裏手にある小さな部屋に入った。
 ここは、かつて相談者のために用意されていた場所だ。今は、ほとんど使われていない。

 椅子に座り、壁を見る。
 誰かが座るはずだった場所。
 誰かが答えを求めるはずだった場所。

 ――ここで、私は何度も選ばなかった。

 それでも、この部屋は無駄になっていない。
 選ばれなかった時間が、静けさとして残っている。

 午後、屋敷を出て、少し遠くまで歩いた。
 人通りの少ない道。風の音が、はっきり聞こえる。

 途中、若い二人連れが道端で話し込んでいるのを見かけた。

「結局、誰にも決めてもらえなかったね」

「うん。でも……自分たちで決めた方が、いいかも」

 その会話に、私は足を止めなかった。
 振り返る必要はない。
 選ばれなかったからこそ、生まれた言葉だ。

 夕刻、屋敷に戻ると、一通の短い書状が届いていた。

 「あなたに選ばれなかったことで、私は自分を選びました」

 私は、その一文を読み、静かに息を吐いた。

 選ばれないという経験は、
 人を小さくするとは限らない。

 時にそれは、
 自分を取り戻す入口になる。

 夜、書斎で灯りを点ける。
 白紙を前にし、今日は少しだけ書いた。

 ――「選ばれないまま、残るものは強い」。

 それは、拍手を受けない。
 評価も、称号も伴わない。

 だが、残る。
 削られず、磨かれず、壊されずに。

 私はペンを置き、椅子から立ち上がった。

 これからも、私は多くを選ばないだろう。
 だが、そのたびに何かが残る。

 それは、沈黙かもしれない。
 余白かもしれない。
 あるいは、誰かが自分で決める力かもしれない。

 窓を開けると、夜風が静かに入ってきた。

 ――選ばれないまま、残るもの。

 それは、
 誰にも奪われない、
 私の時間の結晶だった。

 私は灯りを落とし、
 その静かな重さを胸に、
 ゆっくりと夜を迎えた。
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