婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第2話 優雅な一日ほど、気が抜けません

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第2話 優雅な一日ほど、気が抜けません

 翌朝、ルナ・ルクスはいつも通りの時間に目を覚ました。
 ――正確には、「いつも通り起きられるよう、起こされなかった時間」に、である。

 天蓋の向こうから差し込む光は柔らかく、鳥の声は計算されたかのように静かだった。昨夜の舞踏会の余韻は、身体ではなく頭の奥にだけ残っている。筋肉痛はない。けれど、思考が少し鈍い。前世で言うところの、精神疲労というやつだ。

 侍女が扉を叩き、朝茶の用意が整ったと告げる。
 ルナは寝台から起き上がり、姿勢を整えた。こういう所作ひとつでも、油断はできない。誰が見ているかわからないし、見ていなくても「見られている前提」で動くのが貴族という生き物だ。

 サロンに運ばれた紅茶は、昨夜より少し軽めの配合だった。侍女は何も言わないが、配慮であることは明白だ。
「……ありがとうございます」
 礼を言うと、侍女はわずかに微笑み、静かに下がった。

 ――この距離感も、仕事。

 ルナは紅茶を飲みながら、昨日の舞踏会を思い返す。
 誰と誰が親しいか。
 どの家が最近勢いを増しているか。
 誰が不機嫌で、誰が機嫌を取りたがっていたか。

 情報として整理され、頭の中に並ぶ。覚えようとしたわけではない。自然に、勝手に、残っている。
 これが「社交慣れ」というやつなのだろう。

 午前は読書の時間だった。
 だが選ばれたのは、純粋な娯楽本ではない。歴史書、美術論、最近話題の楽曲についての評論。どれも、いつどこで話題に出ても困らないように、という配慮の塊だ。

 ページをめくりながら、ルナは内心でため息をつく。
 ――これ、完全に業務研修ですわ。

 前世でも、似たようなことはあった。
 「自由参加」の勉強会。
 「任意」の自己啓発。
 参加しないと評価が下がる、あの感じ。

 昼前になると、今度は来客の報せが入る。
 遠縁にあたる貴族夫人が、近況報告を兼ねた挨拶に来るという。断る理由はない。断った場合の「意味」が、面倒すぎる。

 応接間で交わされる会話は、終始穏やかだった。
 天気、流行、舞踏会の感想。
 言葉は柔らかいが、探り合いの色は濃い。

 「昨夜はお疲れでしょう?」
 そう言われた瞬間、ルナは正解の微笑みを選ぶ。
「ええ。でも、とても勉強になりましたわ」

 嘘ではない。
 だが本音でもない。

 相手が満足した様子で帰ったあと、ルナは背もたれに深く寄りかかった。
「……疲れましたわ」

 誰もいない部屋で、ようやく本音が零れる。

 午後は庭園を散策する予定だった。
 表向きは気晴らし。実際は「見られる前提の外出」である。服装、歩き方、立ち止まる場所。すべてが暗黙の評価対象だ。

 薔薇の手入れをしている庭師に声をかける。
 それだけで、翌日には「気さくな令嬢」という評判が立つ。立たせなければ、「冷淡」になる。

 ――どちらにしても、仕事ですわね。

 夕方、再び紅茶。
 菓子は新作で、説明が添えられていた。どこの職人が作り、どういう評判か。知らなければならない情報が、自然に混ざっている。

 日が沈む頃、ルナは気づいた。
 今日一日、肉体的に何かをした記憶がほとんどない。
 それなのに、頭は重く、集中力は落ちている。

 前世での「何もしていないのに疲れる日」を思い出し、苦笑した。

 ――ああ、なるほど。

 公爵令嬢の一日は、優雅で、静かで、何事もない。
 だがその実、常に気を張り、考え続け、正解を選び続ける。

 ルナは紅茶の残りを飲み干し、静かに結論づけた。

「優雅な一日ほど……気が抜けませんわね」

 そして心の中で、もう一つ付け加える。

 ――これは確かに、「働いていない」とは言えませんわ。

 その認識が、これからの彼女の選択を、少しずつ変えていくことになる。
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