侯爵令嬢の四十日間 ――均衡が国を変えるまで

ふわふわ

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第22話 選ばれなかった流れ

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第22話 選ばれなかった流れ

王城の回廊は、どこか冷えていた。

昼間だというのに、光が薄い。

王太子アシュレイは一人、聖堂へ向かって歩いていた。

扉を開けると、セシリアが祈りを終えたばかりだった。

白い衣の裾が、わずかに揺れる。

「……お疲れだ」

「大丈夫です」

彼女は微笑む。

だがその微笑みは、かつての輝きを少し失っている。

「止まらないのか」

「一時は止まります」

「だが、戻る」

セシリアは視線を落とす。

「殿下。私の力は“押さえる”ことはできます。でも……」

「でも?」

「流れそのものを変えることは、できません」

流れ。

その言葉に、アシュレイの胸がざわめく。

「流れを変えられる者などいない」

「そう、思っておりました」

彼女は静かに言う。

「ですが……最近、思うのです。国の空気が、何かを失っているのではないかと」

アシュレイは即座に首を振る。

「迷信だ」

だがその否定は、弱い。

その頃、辺境伯領。

新倉庫の梁が組み上がり、職人たちの笑い声が響いていた。

「今年は景気がいい!」

「北に来て正解だった」

私は遠くからその様子を見つめる。

胸の奥の灯は、変わらず穏やか。

強くも弱くもない。

ただ、在る。

ディルクが隣に立つ。

「王都の小地震、三日連続だそうだ」

「被害は」

「軽微。だが商人が不安を募らせている」

私はゆっくりと頷く。

「不安は、数字より早く広がります」

「そして流れを変える」

彼の声は静かだ。

夕刻。

王都では一つの決定が下された。

「北路への関税を一時的に引き上げる」

宰相が進言する。

「流出を抑えねばなりません」

「強引すぎる」

別の貴族が反論する。

「商人の反発を招きます」

「だが放置すれば、主軸が移る」

アシュレイは拳を握る。

選ばれなかった流れ。

自分が選んだ愛。

自分が切った縁。

あのとき、両立できると思った。

だが今、国はどちらかを選ばされているように感じる。

夜。

辺境の空は静かだ。

星が澄み、風が安定している。

私は塔の上で王都の方角を見る。

雲が低い。

重たい。

私は小さく呟く。

「私は、選ばれなかった流れの先にいるのかしら」

ディルクが問い返す。

「選ばれなかった?」

「ええ。王都が手放した流れ」

彼は静かに言う。

「手放したのは、流れではない」

「では?」

「均衡だ」

均衡。

その言葉が胸に落ちる。

王都はまだ立っている。

だが、均衡は崩れた。

辺境はまだ小さな領地だ。

だが、流れは集まり始めている。

選ばれなかった流れは、消えたわけではない。

ただ、場所を変えただけだ。

そしてその中心に、私はいる。

二十二日目。

国はまだ倒れていない。

だが、流れの選択は、すでに終わっているのかもしれない。
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