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第31話 白は、終わりを選ぶ
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第31話 白は、終わりを選ぶ
終わりは、いつも劇的だとは限らない。
叫びも、涙も、
決別の言葉さえないまま――
静かに訪れることもある。
シュタインベルク公国・公爵邸。
夜の執務室には、
暖炉の火が静かに揺れていた。
セラフィナは、
一通の書類を机の上に置いている。
それは、評議会の文書でも、
外交資料でもない。
婚姻契約書だった。
白い結婚として結ばれた、
あの取り決め。
カルヴァスは、
その書類を見つめ、
すぐには手を伸ばさなかった。
「……今日にする必要は、ない」
彼が、低く言う。
「ええ」
セラフィナは、頷いた。
「急ぐ理由も、
猶予する理由も、ありません」
それが、
今の二人の距離だった。
逃げていない。
だが、焦ってもいない。
「王国は、もう――」
「はい」
セラフィナは、先を知っている。
「戻る場所では、なくなりました」
沈黙。
だが、その沈黙には、
痛みがなかった。
「……白い結婚は」
カルヴァスが、言葉を探す。
「君を守るための、
仮の形だった」
「ええ」
「そして今」
彼は、彼女を見る。
「君は、
その形に守られている必要がない」
セラフィナは、
少しだけ目を伏せた。
「……それは、
終わらせる理由になりますか?」
カルヴァスは、
一瞬、迷った。
それから、
はっきりと答えた。
「なる」
その言葉は、
解放だった。
「白い結婚は、
“関係を保留にするため”の制度だ」
「ええ」
「だが、今の我々は」
彼は、静かに続ける。
「もう、
保留にしている関係ではない」
暖炉の火が、
小さく弾ける。
セラフィナは、
その音を聞きながら、
ゆっくりと息を吸った。
「……正直に、言いますわ」
「聞こう」
「愛情かどうかは、
まだ、分かりません」
彼女は、逃げない。
「ですが」
まっすぐ、言葉を置く。
「私は、
あなたと“同じ責任を引き受ける”
という選択をしました」
カルヴァスは、
何も言わなかった。
それで、十分だった。
「白い結婚は、
その選択を覆い隠すものになり始めています」
「……つまり」
「終わらせるべきです」
静かな、断言。
カルヴァスは、
ようやく契約書に手を伸ばした。
「終わらせた先は?」
問いではない。
確認だ。
「白ではない関係です」
セラフィナは、
言葉を選ぶ。
「色を決めるのは、
これからです」
カルヴァスは、
短く息を吐き、
そして、微笑んだ。
「……君らしい」
彼は、ペンを取る。
「終わらせよう」
署名は、
以前と同じ二つの名前。
だが、意味は違う。
白い結婚の条項は、
ここで失効した。
署名を終えた後、
二人は立ち上がらなかった。
ただ、
同じ空間にいる。
「……これで」
セラフィナが、ぽつりと言う。
「私は、
誰の“仮”でもなくなりました」
「最初から、そうだった」
カルヴァスは、即答した。
「だが、
制度がそれを隠していた」
彼女は、
小さく笑った。
「では、これからは?」
「夫婦だ」
カルヴァスは、淡々と言う。
「形式ではない。
責任の共有としての」
それは、
甘い言葉ではない。
だが――
彼女が最も信じられる約束だった。
夜。
公爵邸の廊下を、
二人は並んで歩く。
手は、まだ触れない。
だが、距離は近い。
「不安は?」
カルヴァスが、問う。
「少しだけ」
セラフィナは、正直に答える。
「でも」
「でも?」
「白い結婚のままより、
ずっと、前に進めます」
彼は、頷いた。
「それでいい」
白は、終わった。
だが、
色は、まだ決めない。
急がない。
逃げない。
それが、
二人の選んだ“始まり方”だった。
---
終わりは、いつも劇的だとは限らない。
叫びも、涙も、
決別の言葉さえないまま――
静かに訪れることもある。
シュタインベルク公国・公爵邸。
夜の執務室には、
暖炉の火が静かに揺れていた。
セラフィナは、
一通の書類を机の上に置いている。
それは、評議会の文書でも、
外交資料でもない。
婚姻契約書だった。
白い結婚として結ばれた、
あの取り決め。
カルヴァスは、
その書類を見つめ、
すぐには手を伸ばさなかった。
「……今日にする必要は、ない」
彼が、低く言う。
「ええ」
セラフィナは、頷いた。
「急ぐ理由も、
猶予する理由も、ありません」
それが、
今の二人の距離だった。
逃げていない。
だが、焦ってもいない。
「王国は、もう――」
「はい」
セラフィナは、先を知っている。
「戻る場所では、なくなりました」
沈黙。
だが、その沈黙には、
痛みがなかった。
「……白い結婚は」
カルヴァスが、言葉を探す。
「君を守るための、
仮の形だった」
「ええ」
「そして今」
彼は、彼女を見る。
「君は、
その形に守られている必要がない」
セラフィナは、
少しだけ目を伏せた。
「……それは、
終わらせる理由になりますか?」
カルヴァスは、
一瞬、迷った。
それから、
はっきりと答えた。
「なる」
その言葉は、
解放だった。
「白い結婚は、
“関係を保留にするため”の制度だ」
「ええ」
「だが、今の我々は」
彼は、静かに続ける。
「もう、
保留にしている関係ではない」
暖炉の火が、
小さく弾ける。
セラフィナは、
その音を聞きながら、
ゆっくりと息を吸った。
「……正直に、言いますわ」
「聞こう」
「愛情かどうかは、
まだ、分かりません」
彼女は、逃げない。
「ですが」
まっすぐ、言葉を置く。
「私は、
あなたと“同じ責任を引き受ける”
という選択をしました」
カルヴァスは、
何も言わなかった。
それで、十分だった。
「白い結婚は、
その選択を覆い隠すものになり始めています」
「……つまり」
「終わらせるべきです」
静かな、断言。
カルヴァスは、
ようやく契約書に手を伸ばした。
「終わらせた先は?」
問いではない。
確認だ。
「白ではない関係です」
セラフィナは、
言葉を選ぶ。
「色を決めるのは、
これからです」
カルヴァスは、
短く息を吐き、
そして、微笑んだ。
「……君らしい」
彼は、ペンを取る。
「終わらせよう」
署名は、
以前と同じ二つの名前。
だが、意味は違う。
白い結婚の条項は、
ここで失効した。
署名を終えた後、
二人は立ち上がらなかった。
ただ、
同じ空間にいる。
「……これで」
セラフィナが、ぽつりと言う。
「私は、
誰の“仮”でもなくなりました」
「最初から、そうだった」
カルヴァスは、即答した。
「だが、
制度がそれを隠していた」
彼女は、
小さく笑った。
「では、これからは?」
「夫婦だ」
カルヴァスは、淡々と言う。
「形式ではない。
責任の共有としての」
それは、
甘い言葉ではない。
だが――
彼女が最も信じられる約束だった。
夜。
公爵邸の廊下を、
二人は並んで歩く。
手は、まだ触れない。
だが、距離は近い。
「不安は?」
カルヴァスが、問う。
「少しだけ」
セラフィナは、正直に答える。
「でも」
「でも?」
「白い結婚のままより、
ずっと、前に進めます」
彼は、頷いた。
「それでいい」
白は、終わった。
だが、
色は、まだ決めない。
急がない。
逃げない。
それが、
二人の選んだ“始まり方”だった。
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