『偽聖女と断罪された公爵令嬢ですが、三度追放されたのは王太子でした』

ふわふわ

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15 王宮退去

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15 王宮退去

 廃嫡から二日後。

 王宮の一角にある旧王太子宮は、異様な静けさに包まれていた。

 かつては常に人の気配があった。
 侍従、騎士、侍女、側近。
 廊下には足音が絶えず、来客が絶えず、命令が飛び交っていた。

 今は違う。

 広い空間に、家具の影だけが残っている。

「本日中に退去を」

 淡々とした通達。

 王族としての身分はまだ残っている。

 だが王太子ではない。

 王位継承権を失った以上、この宮に留まる理由はない。

 ヴェインは窓辺に立っていた。

 王都を見下ろす高台。

 この景色は、自分のものになるはずだった。

 未来の王の視界。

 その確信は、まだ胸の奥で燻っている。

「殿下……」

 かつての侍従が、戸口で立ち止まる。

 その呼びかけに、ヴェインの眉がわずかに動く。

「その呼び方は、やめろ」

 短く告げる。

 侍従は言葉を飲み込む。

「……ヴェイン様」

 敬意は残っている。

 だが距離もある。

 荷物は最小限にまとめられていた。

 衣装の多くは王家の所有。

 持ち出せるものは限られる。

 金銀の装飾品も、印章も、王太子の証も、すでに返還済み。

 残ったのは、数着の衣と、個人的な書物のみ。

「お供を」

 侍従が言いかける。

「不要だ」

 即答。

 それは強がりだった。

 だが認めない。

 王宮の廊下を歩く。

 侍女たちが道を開ける。

 かつてのように頭を深く下げる者もいる。

 だが視線は、すぐに逸らされる。

 触れてはならぬ存在。

 神の加護を失った男。

 破門された王族。

 その評価は、すでに宮廷内に広がっている。

 広間を抜ける。

 あの廃嫡の宣告が下された場所。

 玉座の前で立ち尽くした記憶が、まだ鮮明だ。

 ヴェインは足を止めない。

 城門へと向かう。

 門前で、衛兵が敬礼する。

 形式的な動作。

 感情は見えない。

「……退去を確認いたしました」

 門が開く。

 王宮の外へ。

 ヴェインは振り返らない。

 振り返れば、自分の地位の終わりを認めることになる。

 城壁の影を抜けると、王都の喧騒が広がる。

 だがそれは、以前とは違う。

 王太子の馬車はない。

 随員もいない。

 一人で歩く。

 それだけで、周囲の視線が変わる。

「あれ……」

 誰かが小声で言う。

「元、王太子……」

 声は抑えられている。

 だが耳に届く。

 ヴェインは顔を上げる。

 視線を逸らす民衆。

 誰も近づかない。

 誰も声をかけない。

 それが何よりの変化だった。

 王宮の外に出ると、空は曇っている。

 風が強い。

 かつて自分が見下ろしていた街路を、今は歩く側になっている。

 王族としての庇護はまだ残る。

 だが居場所は、もうない。

 王宮に戻る権利もない。

 宮廷に留まる理由もない。

 未来の王であった男は、王宮から切り離された。

 孤立は、いよいよ現実になる。

 ヴェインは歩く。

 どこへ向かうのか、明確な目的もなく。

 ただ、王宮から遠ざかる。

 背後で門が閉まる音がする。

 重い鉄の音。

 それは、彼の王宮生活の終わりを告げる音だった。

 だがまだ、彼は理解していない。

 これは終わりではない。

 さらなる剥奪が、すぐそこまで迫っていることを。
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