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第35話 嫌われ役が、制度を一段強くする
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第35話 嫌われ役が、制度を一段強くする
「疑う役」を若手に任せる、という話は、
案の定――静かに波紋を広げた。
表立った反対はない。
でも、空気は変わった。
――視線が、増えた。
誰が、何を疑っているのか。
誰が、どこまで踏み込むのか。
それを測ろうとする視線。
「……まあ、
嫌われ役だよね」
私は、廊下を歩きながら、
内心でそう呟いた。
でも、
嫌われ役がいない制度は、
長生きしない。
午前中。
最初の「疑い報告」が上がってきた。
提出者は、文官部門の若手。
内容は――
医務局の案件。
処理は正しい。
判断基準も合っている。
ただし。
代替案が存在した。
「……ほう」
私は、報告書をじっと読む。
今の判断が悪いわけじゃない。
でも、別の選択肢もあった。
その場合の利点と欠点。
書き方は、丁寧で、遠慮がちだ。
「勇気、要っただろうな」
その日の午後。
医務局の副長が、
少し硬い表情でやってきた。
「……聖女様」
「来たね」
私は、先を促す。
「若手の報告についてですが」
「どう思った?」
副長は、少し迷ってから答えた。
「……正直、
最初は腹が立ちました」
「うん」
私は、否定しない。
「でも」
彼は、言葉を続ける。
「読んでいるうちに、
“考えなくなっていた自分”に
気づきました」
それだ。
「判断は間違っていなかった」
「でも、
理由を省略していた」
副長は、深く息を吐いた。
「……これは、
嫌われ役ですね」
「うん」
私は、即答する。
「でも、
効くでしょ」
「……効きます」
夕方。
若手文官が、
恐る恐る私のところに来た。
「聖女様……」
「どうだった?」
「……怒られるかと
思いました」
「怒られた?」
「いえ……」
彼は、少し驚いた顔をする。
「副長に、
“ありがとう”と
言われました」
私は、
小さく笑った。
「それ、
一番いい反応だよ」
夜。
王太子ステルヴィオが、
いつもの場所に現れた。
「……噂になっている」
「何が?」
「若手の“疑い報告”」
「悪い噂?」
「半分は」
彼は、苦笑する。
「“生意気だ”
“余計なことを”」
「残り半分は?」
「“ありがたい”」
私は、頷いた。
「それでいい」
「分断しないか?」
「しない」
私は、はっきり言う。
「正面から殴ってないから」
「殴ってるのは?」
「判断じゃなくて、
思考の省略」
王太子は、
しばらく黙ってから言った。
「……嫌われ役が、
一番守られてるな」
「でしょ」
私は、肩をすくめる。
「制度が守ってる」
誰かを責めるための疑いじゃない。
誰かを蹴落とすための指摘でもない。
制度を守るための、
意地悪な確認。
それを理解した人から、
表情が変わり始めている。
嫌われ役を引き受けた若手。
それを受け止めた現場。
止めなかった王権。
全員が、
一段だけ強くなった。
「さて」
私は、今日の記録を閉じる。
「これで、
制度は“優しいだけ”じゃなくなった」
優しさだけの仕組みは、
壊れやすい。
でも――
嫌われ役を内蔵した制度は、
しぶとい。
安定したサブスク生活は、
いつの間にか――
人を甘やかさず、
壊さない仕組みに
育ち始めていた。
ここまで来たなら、
もう大丈夫。
壊れるとしたら――
外からだ。
そして、
その時の備えも、
もう始まっている。
「疑う役」を若手に任せる、という話は、
案の定――静かに波紋を広げた。
表立った反対はない。
でも、空気は変わった。
――視線が、増えた。
誰が、何を疑っているのか。
誰が、どこまで踏み込むのか。
それを測ろうとする視線。
「……まあ、
嫌われ役だよね」
私は、廊下を歩きながら、
内心でそう呟いた。
でも、
嫌われ役がいない制度は、
長生きしない。
午前中。
最初の「疑い報告」が上がってきた。
提出者は、文官部門の若手。
内容は――
医務局の案件。
処理は正しい。
判断基準も合っている。
ただし。
代替案が存在した。
「……ほう」
私は、報告書をじっと読む。
今の判断が悪いわけじゃない。
でも、別の選択肢もあった。
その場合の利点と欠点。
書き方は、丁寧で、遠慮がちだ。
「勇気、要っただろうな」
その日の午後。
医務局の副長が、
少し硬い表情でやってきた。
「……聖女様」
「来たね」
私は、先を促す。
「若手の報告についてですが」
「どう思った?」
副長は、少し迷ってから答えた。
「……正直、
最初は腹が立ちました」
「うん」
私は、否定しない。
「でも」
彼は、言葉を続ける。
「読んでいるうちに、
“考えなくなっていた自分”に
気づきました」
それだ。
「判断は間違っていなかった」
「でも、
理由を省略していた」
副長は、深く息を吐いた。
「……これは、
嫌われ役ですね」
「うん」
私は、即答する。
「でも、
効くでしょ」
「……効きます」
夕方。
若手文官が、
恐る恐る私のところに来た。
「聖女様……」
「どうだった?」
「……怒られるかと
思いました」
「怒られた?」
「いえ……」
彼は、少し驚いた顔をする。
「副長に、
“ありがとう”と
言われました」
私は、
小さく笑った。
「それ、
一番いい反応だよ」
夜。
王太子ステルヴィオが、
いつもの場所に現れた。
「……噂になっている」
「何が?」
「若手の“疑い報告”」
「悪い噂?」
「半分は」
彼は、苦笑する。
「“生意気だ”
“余計なことを”」
「残り半分は?」
「“ありがたい”」
私は、頷いた。
「それでいい」
「分断しないか?」
「しない」
私は、はっきり言う。
「正面から殴ってないから」
「殴ってるのは?」
「判断じゃなくて、
思考の省略」
王太子は、
しばらく黙ってから言った。
「……嫌われ役が、
一番守られてるな」
「でしょ」
私は、肩をすくめる。
「制度が守ってる」
誰かを責めるための疑いじゃない。
誰かを蹴落とすための指摘でもない。
制度を守るための、
意地悪な確認。
それを理解した人から、
表情が変わり始めている。
嫌われ役を引き受けた若手。
それを受け止めた現場。
止めなかった王権。
全員が、
一段だけ強くなった。
「さて」
私は、今日の記録を閉じる。
「これで、
制度は“優しいだけ”じゃなくなった」
優しさだけの仕組みは、
壊れやすい。
でも――
嫌われ役を内蔵した制度は、
しぶとい。
安定したサブスク生活は、
いつの間にか――
人を甘やかさず、
壊さない仕組みに
育ち始めていた。
ここまで来たなら、
もう大丈夫。
壊れるとしたら――
外からだ。
そして、
その時の備えも、
もう始まっている。
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