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第87話 怪盗の回想
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その女の子は強かった。そして頬っぺたがモチモチだった。
9歳の時に出会ったその子は髪が長く、片目が隠れがちで、よく俯いていた。自分の背と同じぐらいの長さの狙撃用水鉄砲を大切そうに抱える姿はとっても可愛かった。
オドオドしていて、リアクションが大きくて、そして頬っぺたがモチモチだった。
ウサギみたいな女の子だったけど、ひとたび戦いになれば獅子に化けた。頬っぺたはモッチモチだったのに、スコープを覗く瞳はバッチバチだった。
私が求める『力』とは別ベクトルだったから嫉妬とかはしなかったけど……そう、アレが生まれて初めて感じた『尊敬』という気持ちだったのかもしれない。
そんな彼女と一旦別の道を歩んだのは英断だったと断言できる。もしもあの後も彼女と一緒に居たら、私の才能が開花することは無かっただろう。
私は多くの経験を積んだ。中学生にして女優として成功し、その演技で多くの人の心を奪った。劇で怪盗役だってこなしたことがある。女優として人脈を広げる中で有名なマジシャンに弟子入りし、手品師としても飛躍中だ。
フルダイブ環境においても他を圧倒できるだけの反射速度と器用さを手に入れた。才能を磨くために金も労力も惜しまなかった。
高校に入学して間もない頃、ドラマの現場で知り合った自己中の権化のようなアイドルからインフェニティ・スペースを勧められた。これがやってみたら大ハマり。他のVRMMOとは明らかに違う『なにか』を感じた。ゲームをプレイする度、自分の中で新たな才能が目覚めていくのを感じた。
そんな中、また彼女と出会えたことは奇跡としか言いようがない。彼女は昔より遥かに強くなっていて、それでいて頬っぺたはモチモチのままだった。
試すには絶好の相手じゃないか。これまでの自分の人生、その研鑽の結晶――怪盗ラビリンスの実力試しとして、彼女ほどの適役はいない。本当は白い流星で地力を試すつもりだったけど、全然いい。彼女を倒して白い流星も倒してしまおう。そうして私のこれまでの人生を肯定しよう。
……我儘かな? 本気で勝ちには行くけれど、どこかで負けたい、追い詰められたいと思っている自分もいる。
一応言っておくけどさ、リアルで怪盗になる気はないんだ。それは幻想の中でだけ。子供の頃は本気で大怪盗になるつもりだったけどね。
今の私が憧れるのは怪盗という職ではなく怪盗の心得。常にスリルを求める心、その生き様だ。
スリルの無い人生はチーズの無いピザ。辛くない麻婆豆腐。炭酸の抜けたコーラ。
リアルでもこの世界でも、私はスリルを好む。
ドラマ現場のあの緊張感、特に大御所の監督や俳優がいる時のピリついた空気は最高に濡れる。女の子とキスした時の甘く冷たい背徳感も最高だ。
この世界の盗みも良い。特にキルされればゲームで積み上げた全てが消えるコロニー内での盗みは最高だ。
いま、私はインフェニティ・スペースを始めて以来最大のスリルを感じている。
きっと私ほど……シキちゃん、君を警戒している人間もいないだろう。子供の頃に刻まれた尊敬とか恐怖とかって中々消えないよね。
「最強って退屈だろうなぁ……完璧・最強・無敵・天下一! それらは目指すべき場所であって、到達すべき場所ではない」
未熟で弱いことは楽しいものだ。
敵が居て、天下に1人じゃないことがどれだけ幸せなことか。
「白い流星はこのゲームつまらないだろうな~」
格下を圧倒して楽しむ人間もいるけど、アレはそういうタイプじゃない。
なのになぜゲームに居続けるのか。
待っているんだろうか……自分を倒してくれる、スリルを与えてくれる相手を――
「もう少し待っててね」
今日も夜が来る。
摩天楼の上で、私は砂漠のオアシスを見下ろす。
怪盗のゴールデンタイムは21時。お子様は寝ていて、大人は仕事を終えオーディエンスに周る時間帯。
「思うに、1日は迷宮であるべきだ。知らない道があって、宝があって、スリルがあって、強い敵がいるべき。宝はなんだっていい。推しの動画配信でも、スイーツでも、スマホゲームのガチャでも。敵もなんだっていい。仕事の上司でも、学校の先生でも、自分自身でも。メリハリがあってこその1日。そんな1日を繰り返してこその……人生!」
お代はいりません。
手助けもいりません。
声援も心配も結構。
求めるのはただ1つ。光を惑わし、闇に消えた怪盗には溢れんばかりの拍手喝采を。
9歳の時に出会ったその子は髪が長く、片目が隠れがちで、よく俯いていた。自分の背と同じぐらいの長さの狙撃用水鉄砲を大切そうに抱える姿はとっても可愛かった。
オドオドしていて、リアクションが大きくて、そして頬っぺたがモチモチだった。
ウサギみたいな女の子だったけど、ひとたび戦いになれば獅子に化けた。頬っぺたはモッチモチだったのに、スコープを覗く瞳はバッチバチだった。
私が求める『力』とは別ベクトルだったから嫉妬とかはしなかったけど……そう、アレが生まれて初めて感じた『尊敬』という気持ちだったのかもしれない。
そんな彼女と一旦別の道を歩んだのは英断だったと断言できる。もしもあの後も彼女と一緒に居たら、私の才能が開花することは無かっただろう。
私は多くの経験を積んだ。中学生にして女優として成功し、その演技で多くの人の心を奪った。劇で怪盗役だってこなしたことがある。女優として人脈を広げる中で有名なマジシャンに弟子入りし、手品師としても飛躍中だ。
フルダイブ環境においても他を圧倒できるだけの反射速度と器用さを手に入れた。才能を磨くために金も労力も惜しまなかった。
高校に入学して間もない頃、ドラマの現場で知り合った自己中の権化のようなアイドルからインフェニティ・スペースを勧められた。これがやってみたら大ハマり。他のVRMMOとは明らかに違う『なにか』を感じた。ゲームをプレイする度、自分の中で新たな才能が目覚めていくのを感じた。
そんな中、また彼女と出会えたことは奇跡としか言いようがない。彼女は昔より遥かに強くなっていて、それでいて頬っぺたはモチモチのままだった。
試すには絶好の相手じゃないか。これまでの自分の人生、その研鑽の結晶――怪盗ラビリンスの実力試しとして、彼女ほどの適役はいない。本当は白い流星で地力を試すつもりだったけど、全然いい。彼女を倒して白い流星も倒してしまおう。そうして私のこれまでの人生を肯定しよう。
……我儘かな? 本気で勝ちには行くけれど、どこかで負けたい、追い詰められたいと思っている自分もいる。
一応言っておくけどさ、リアルで怪盗になる気はないんだ。それは幻想の中でだけ。子供の頃は本気で大怪盗になるつもりだったけどね。
今の私が憧れるのは怪盗という職ではなく怪盗の心得。常にスリルを求める心、その生き様だ。
スリルの無い人生はチーズの無いピザ。辛くない麻婆豆腐。炭酸の抜けたコーラ。
リアルでもこの世界でも、私はスリルを好む。
ドラマ現場のあの緊張感、特に大御所の監督や俳優がいる時のピリついた空気は最高に濡れる。女の子とキスした時の甘く冷たい背徳感も最高だ。
この世界の盗みも良い。特にキルされればゲームで積み上げた全てが消えるコロニー内での盗みは最高だ。
いま、私はインフェニティ・スペースを始めて以来最大のスリルを感じている。
きっと私ほど……シキちゃん、君を警戒している人間もいないだろう。子供の頃に刻まれた尊敬とか恐怖とかって中々消えないよね。
「最強って退屈だろうなぁ……完璧・最強・無敵・天下一! それらは目指すべき場所であって、到達すべき場所ではない」
未熟で弱いことは楽しいものだ。
敵が居て、天下に1人じゃないことがどれだけ幸せなことか。
「白い流星はこのゲームつまらないだろうな~」
格下を圧倒して楽しむ人間もいるけど、アレはそういうタイプじゃない。
なのになぜゲームに居続けるのか。
待っているんだろうか……自分を倒してくれる、スリルを与えてくれる相手を――
「もう少し待っててね」
今日も夜が来る。
摩天楼の上で、私は砂漠のオアシスを見下ろす。
怪盗のゴールデンタイムは21時。お子様は寝ていて、大人は仕事を終えオーディエンスに周る時間帯。
「思うに、1日は迷宮であるべきだ。知らない道があって、宝があって、スリルがあって、強い敵がいるべき。宝はなんだっていい。推しの動画配信でも、スイーツでも、スマホゲームのガチャでも。敵もなんだっていい。仕事の上司でも、学校の先生でも、自分自身でも。メリハリがあってこその1日。そんな1日を繰り返してこその……人生!」
お代はいりません。
手助けもいりません。
声援も心配も結構。
求めるのはただ1つ。光を惑わし、闇に消えた怪盗には溢れんばかりの拍手喝采を。
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