ドッペルツィマー ~影武者の反乱~

空松蓮司

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第38話 無双転臨

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 シレナ、レイン。
 これが俺が選んだ道だ。
 応援してくれとは言わない。

――見守っていてくれ。


 ---


 エクリプスが地面に溶け、俺の足下に影の紋章――太陽の紋章を造る。

「幻影封氣――『無双転臨むそうてんりん』」

 上空に影の歪みが生まれ、そこから真っ黒な棺が俺の側に落ちる。
 棺の蓋が落下の衝撃で開かれる。

 中に掛けてあったのは鳥の模様が描かれたマントだ。

 先生は怪訝な表情でマントを見て、刀を構え直した。
 俺はマントを羽織り、剣を握って飛び出す。

「見せてもらいましょうか。この1年で成長したあなたの力を!!」

 俺は間合いの外から――剣をぶん投げた。

「またあなたは……!」

 先生は態勢を崩しながらも剣を弾く。

「そう簡単に武器を捨てるものじゃ――」

 がら空きの懐に潜り、右拳を握る。

「速い!?」

 右拳で先生の腹を殴る。

「『石化せっか』」
「!?」

 インパクトの瞬間、俺の右拳はになった。

「……ぐふっ!」

 先生を思い切り殴り飛ばす。
 先生は花畑の外、4本の木々をなぎ倒してようやく止まる。
 上空に弾き飛ばされた剣をキャッチし、先生に向ける。

「教えてやるよ先生。『無双転臨むそうてんりん』は骸を武器に変える力だ。死んだ生物を影に取り込み、造り変え、また影から出す。それが俺の力」

 先生は血の痰をペッと吐き出し、

「……この島に人間の遺体はないはず。一体そのマントは何から作ったのですか?」
「『無双転臨むそうてんりん』の対象は人間だけじゃない。魔獣や動物も対象だ」
「っ!? そうか、ガーゴイルの遺体を利用して……!」
「ペットから目離しちゃダメだろ、先生」

 ガーゴイルから造られたこのマントの名は『石化法衣せっかほうい』。
 マントを羽織ることで好きなタイミングで好きな体の個所かしょを石化できる。

「わざわざ能力を教えてくれるなんてね。余程、私をあなどっていると見える」
「俺は王になる男だぞ。アンタみたいな負け犬相手に、手札を隠すようなことはしない。その程度の器量じゃないさ」
「挑発ですか。いいですね、乗りましょう」

 先生の後ろに、全身を鎖で縛られ逆さづりにされた男の影法師ゲンガーが現れる。

「幻影封氣、『奴隷王ハングドマン』」

 影法師ゲンガーが先生の中に入る。同時に足下に鳥籠の紋章が浮かぶ。
 すると先生の額に鍵穴のような痣が出来て、両手両足には鎖の外れた枷が付いた。

影武者ドッペルの未来に栄光なんてない。それを教えて差し上げましょう」

 先生が俺の居る花畑に向けて走り出す。
 その速度は王卵で戦ったレインよりも上だ。俺は避けることはせず、真っ向から剣で先生の刃を受ける。

「つっ!」

 片手で振るわれた剣を、両手で握った剣で受ける。
 それなのに、この衝撃――駄目だ、受けきれない!
 キィン! と弾かれるが、なんとか剣を手放さないように右手で剣は捕まえている。そのせいで右腕が上がり、右脇腹がガラ空きになった。

 先生はその隙を逃さず、剣を握っていない左拳を脇腹に叩きつける。

――“石化”。

 直前で、右脇腹を石化させる。
 防御力は肉体強度+陽氣密度で決まる。石の強度に集中させた陽氣、これなら防げる……と思ったのだが、

「――っ!!?」

 今度は俺が、思い切り殴り飛ばされた。
 花畑外の大木まで飛ばされる。幹にぶつかり、地面に落ちる。

「なんだこの馬鹿げた腕力は……」

 脳内にエクリプスの声が響く。

『アイツの影法師ゲンガーは主の影を媒介にしているのだろう』
「……影を?」
影法師ゲンガーは影を媒介にして現実に干渉する。どの影を媒介にするかは影法師ゲンガーによって違う。私は『遺体の影』を媒介にする影法師ゲンガー、一方でアイツは『主の影』を媒介にする影法師ゲンガー。あのタイプは影から本人に干渉し、身体能力に多大な強化作用を生み出す。アイツとの肉弾戦は分が悪いぞ、ソル』
「……いいや、やりようはあるだろ」

 剣を握り直し、立ち上がると、

「!? 体が……!」

 重い。
 疲れから来るものじゃない。上から、ズッシリと押さえつけられている感じだ。

「私の幻影封氣が、たかが身体強化だけだと思いましたか?」

 余裕の顔で先生が歩み寄ってくる。

「先ほどの礼で教えてあげましょう。影法師ゲンガー奴隷王ハングドマンを憑依した私は相手にダメージを与えるたび、相手の体を重くすることができる。ダメージが深いほど、重量も増える」

 体の重さに負けて、膝をつく。

「術の名は『グラビティ・チェイン』」

 そうか。
 先生と手合わせした時、レインが動けなくなったのはこの術の効果か……。
 やはりあの時、この人は幻影封氣を使っていたんだ。今のこの力を見るに、かなり加減はしていたようだがな。

「思い知りなさい。我々は生まれながらに羽をがれた鳥なのです。この鳥籠から羽ばたくことなど――」
「もういいよ先生。いい加減、アンタの弱音は聞き飽きた……!」

 全身から陽氣を放出し、立ち上がる。

「凄まじい陽氣量……! その重さでよく立てましたね。けれど、それだけの陽氣で体を強化したところで、私の身体能力には及ばない」

 森を激しく動き回りながら先生と剣を合わせる。

「くっ……!?」

 剣がどんどん重く!? この人の術は、武器にも干渉するのか!!

「ちぃ!!」

 俺は重くなった剣を捨て、殴り掛かる。先生は俺の拳を軽くいなし、腹を蹴り飛ばしてくる。
 俺は何本も大木を突き破り、背中から硬い物体に突っ込んだ。

「はは……なんの因果かね。コイツは」

 俺は学校の前に戻ってきていた。
 俺が突っ込んだのは台座……黒曜刀・影打の台座だ。

「黒曜刀・影打、お前も、このままずっと、偽物のままでいいのか?」

 重くなった体を何とか持ち上げる。

「……一緒に来い。俺がお前を、本物の王の剣にしてやるよ……!」
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