勇気を出してよ皆友くん!

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第8話 胸焼け

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 ――カランカラン。
 木製の赤い扉を開くとベルの音が聞こえた。
 その音に反応して店員のお姉さんが顔を出す。

「いらっしゃいませ」

 そして営業スマイルで俺たちを迎えてくれた。

「二人なんですけど」
「二名様ですね。
 こちらのお席へどうぞ」

 店員さんが慣れた対応で、窓際の席に案内してくれた。

「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
「は~い」

 マニュアル通りの接客をこなすと、店員さんは去っていった。
 店内はアンティークな雰囲気でとても落ち着きがある。
 学生が来るには少し大人びた感じの店……という印象だ。

「どう? 雰囲気良くない?
 カフェ&バーなんだけど、昼はランチもなんかもやってて、中高生カップルにも人気なんだって」

 カップルに人気……か。
 言われてみれば周囲には若いカップルが多い。

「見てよ、皆友くん。
 食事も美味しそうでしょ?」
「……ガレットがメイン、なんだな」
「うん。
 後はパスタとか、ロースのステーキとか、これなんてすごくない?
 モッツァレラチーズでキーマカレーを包み込んでるんだって」

 メニューに載っている写真はどれも美味しそうで、食欲をそそる。
 朝食を食べてなかったから余計にだ。

「……竜胆はどれにするんだ?」
「めっちゃ悩む~……デザートにパンケーキも食べたいし」

 うっとりとした眼差しでデザートを見つめる竜胆。
 よっぽど甘い物が好きなのだろう。
 だが、食事も合わせてとなると……。

「カロリーが相当高そうだが……」
「あうっ……そ、そうだよね」

 瞳の煌めきが薄れて上がっていたテンションがズーンと下がっていく。
 余計なことを言ってしまっただろうか。

「まぁ、竜胆なら少しくらい食べても大丈夫かもな」
「え……? どうして?」
「どうしてって……」

 問われたことで、思わず竜胆の身体に目がいってしまった。
 だが、スタイルがいいから……などと口にするのは恥ずかしい。

「そ、そうだ。
 パンケーキ、二人で食べないか? それなら量も丁度いいくらいだろ?」
「あ、それめっちゃいい!
 なら、注文したもの全部シェアしようよ」

 上手く話を逸らすことができた。
 だが、初めて来た店なら色々な物が食べたくなって当然だろう。

「んじゃ、そうするか。
 俺は……さっき竜胆がオススメしてくれたチーズキーマカレーにしようかな」
「あたしは……じゃあガレットにする。
 で……パンケーキなんだけど……このストロベリー生クリームでもいい?」

 尋ねられて写真を見る。
 名前のままにクリームとイチゴが盛り盛りだった。
 かなり甘いのは間違いないが、二人なら食べきれるだろう。

「ああ、竜胆が食べたいのにすればいい」
「……皆友くん、優しいんだ。
 ありがとう」
「じゃあ注文だな」

 机に置かれたハンドベルを鳴らして店員さんを呼ぶと、俺たちは注文を済ませた。



         ※



「お待たせいたしました~」

 料理は思っていたよりも早く運ばれてきた。
 机にはチーズキーマカレーと、半熟玉子とロースハムのガレットが並ぶ。
 ちなみにデザートは食後にお願いしていた。

「それじゃ半分こ、だよね?」
「ああ」

 スプーンでチーズに切れ込みを入れる。
 と、モッツァレラチーズとキーマカレーの香りが鼻孔に広がった。

「香りすごいね……。
 あっ、ガレットの方も切り分けちゃうね」

 ガレットの半熟玉子も竜胆は綺麗に切り分ける。
 半分にするのかと思っていたら、竜胆はさらに小さく一口サイズにした。

「これでOKだね。
 はい……皆友くん……」

 そしてフォークに小さくなったガレットをのせて、俺の口元まで運んだ。
 まさかこれは……。

「あ~ん、して?」
「じ、自分で食べるんじゃないのか!?」
「デートなんだから、当然、食べさせっこでしょ?」

 当然にしてはハードルが高い。

「皆友くんが食べてくれないと、残っちゃうよ。
 そしたらお店の人、がっかりするんじゃない?」
「ぐっ……」

 竜胆の中の小悪魔が顔を出した。
 どうしたら俺が断れなくなるのかよくわかっているようだ。
 だが、これはあまりにも……照れる。

「はい、あ~ん」
「……っ……パクッ」

 恥ずかしさに堪えて俺はガレットを食べた。
 半熟玉子がガレットの生地に染み込んでいて、濃厚な味わいが口の中に広がっていく。
「おいし?」

 美味しい……のだと思うが、竜胆の幸せそうな笑みを見ていたら、料理の味がわからなくなってしまっていた。
 ただ、ただただ……暴力のような甘い感覚が胸を襲ってくる。

「皆友くん、今度はあたしにあ~ん、して」
「む、無理だ」
「あたしだけあ~んさせるんじゃ、不公平じゃん。
 だから……あたしにも、してよ」

 竜胆の瞳が潤む。
 その熱っぽい眼差しを向けられて、俺の思考が鈍ってしまう。

「皆友くんのも、食べさせてよ……」

 ぷっくりとした綺麗な唇に竜胆は自分の人差し指を当てて、おねだりするみたいに言った。
 そして俺の返事を待たずに、彼女は口を開いた。

「ぅ……わ、わかった」

 もう自棄になり竜胆の口に食事を運ぶ。

「……んっ……あっ、ちょ、ちょっと……熱っ……」

 口に入れた途端、苦しそうに竜胆の顔が歪んだ。
 目尻に涙が浮かんでいる。

「わ、悪い。大丈夫か?」
「ん……へい、き……もぐ、モグモグ……」

 口を一生懸命に動かしている様子は、小動物のように可愛らしい。

「ごくっ……うん、美味しい。
 もう一回、欲しい。
 あたしのもあげるから……食べさせっこ、もっと、しよ?」
「も、もういいだろ。
 後は自分で食べてくれ」

 竜胆の上目遣いから逃れるように、俺はスプーンでキーマカレーをすくって自分の口に運んだ。
 ……モグモグ。
 うん、美味し――。

「ふふっ、皆友くん、気付いてる?」

 ニッと意地悪な笑みを浮かべる小悪魔。
 一体、何のことを言っているのか?

「それ、間接キスだかんね?」
「……――んんんっ、ごほっごほっ……!?」

 竜胆の目がスプーンに向いているのに気付いた瞬間、俺は驚きから咳き込んでしまった。

「だ、大丈夫!?」
「へ、平気だ」
「ごめん。
 そんなびっくりすると思わなかったから」

 意識していなかったから余計にだ。
 言わないでくれたらよかったのに。

「皆友くんってさ……すっごく強いのに、可愛いとこあるよね」

 男に可愛いは誉め言葉じゃない。
 それに、

「……強い? 俺がか?」

 何をどうしてそう思ったのか。

「あたしのこと助けてくれた時……三人もいた相手を簡単に倒しちゃったじゃん」
「あれは相手が弱かっただけだ」

 それに俺は誰よりも、自分が弱いことを知っている。
 こんなに傷付くことに臆病な人間は、この世界にいないと確信しているくらいには。

「もしそうだとしてもさ、みんなが見て見ぬふりをしてる中で……皆友くんだけがあたしを助けてくれた。
 放っておくことも、見て見ぬふりをすることもできたはずなのに」

 さっきまでのふざけた雰囲気は消えて、竜胆は真面目の顔で口を開く。

「皆友くんが勇気を出してくれたから、何もなかったけどさ……あの時のこと思い出すと、まだちょっと怖いんだ」

 小さく震える自分の身体を、竜胆は両腕で抱きしめる。
 あの時の出来事はそれほどまでに、竜胆の心に傷を作っていたことに、俺は全く気付いていなかった。
 こういう時、どんな言葉を掛けるのが正解なのだろうか?
 もしも俺がコミュニケーション能力に長けた人間なら、何か言ってやれるのだろうか? でも、必死に考えても気の利いた言葉一つ……思い浮かばない。
 だけどせめて……俺は竜胆のことを安心させてやりたかった。
 こんな不安そうにする彼女の顔を見ていたくなかったから。

「竜胆……」

 俺は口を開いた。
 何かを伝えなければならない。
 でも、一体俺は何を言おうとしているのだろうか。

「あれだ……何か、あったら――」

 待てよ。
 お前は何を伝えようとしている。
 これは自身に対しての自問自答だった。
 まさか、俺を頼ればいい――などと言うつもりなのか?
 軽率なことを口にするな。
 そんな無責任なことを言う勇気があるのか?
 たった一部だけだとしても、誰かの人生に対して責任を持つなんて、俺にできるはずがない。

「皆友くん……?」

 突然口を閉ざした俺を、心配にそうに竜胆が窺っている。

「あ……いや、あいつらは、もう何もしてこない。
 だから、大丈夫だ」
「……うん。ありがとう」

 こんな曖昧な言葉に、竜胆を微笑を返してくれた。

「……――あのね、皆友くん……」

 続けて口を開き、竜胆は俺を見つめる。
 彼女の瞳は揺れていた。
 俺に伝えたいことがあるようだが、もう一歩を踏み出す勇気が出ないのか……。

「ごめん……やっぱりなんでもない」

 寂しそうに竜胆は笑うだけで、その先の言葉を聞くことはできなかった。
 少し自惚れるようなことを考え方をしてしまっているが、今のは竜胆が俺に告白をしようなんて雰囲気ではなかった。
 もっと大切な何かを、俺に伝えたかったんじゃないのか?
 でも……一歩踏み出せなかった俺が、竜胆に踏み込む勇気があるわけがなくて。

「とにかく、あたしは本当にキミに感謝してるってことだから!
 さ、冷める前に食べちゃおう。
 また、あ~ん、させてくれる?」
「それは勘弁してくれ」

 本気と冗談を交えた竜胆に、俺は苦笑を浮かべる。
 踏み入れず、踏み込まず。
 俺がこいつと最低限の関係を持てるとしたら、それが限界だ。

「あ、でもパンケーキは絶対に食べさせ合いっこだかんね」
「……強制なのかよ」

 その後、有言実行とばかりにお互いの口にパンケーキを運んだのだが……甘美なデザートの味よりも、俺にあ~んして嬉しそうに笑う竜胆の方が、何十倍も何百倍も甘く、俺の心に胸焼けに似た感情を残していた。
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