勇気を出してよ皆友くん!

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第29話 勇気の結果②

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(……この男の狙いはあたしじゃなくて、皆友くんなの?)

 あの日、彼にやられたことを根に持っているのだろうか?
 その復讐をする為に、あたしをここまで呼んだの?
 だとしたらあたしよりも、彼の身が危険だ。
 絶対に、誤魔化さなくちゃ。

「……し、知らな……」
「おい――」

 背筋が凍るような冷たい声が聞こえた直後――腹部に衝撃が走った。
 蹴られた勢いで身体が床に崩れる。

「ぅぐっ……」

 呼吸が止まる。
 お腹を強く蹴られて、一瞬息ができなくなっていた。
 足にも力が入らない。

「嘘吐くと、ろくなことになんないよ~」
「っ……」

 脅迫するように悪魔は嗜虐的な顔を向けて、あたしの髪を掴み矢理に顔を上げさせた。
 痛みに耐えるあたしを見て、愉快そうに表情を砕けさせる。
 吐き気を感じるほどの恐怖が、過去が蘇っていく。

「ほら――」

 パン! 髪を引っ張られたまま、右の頬を叩かれた。

「ほらほら――」

 パン! 打ち返すように左の頬を。

「ほらほらほら――ねぇ、これで正直になれるよね?」

 何度も何度も繰り返し、叩かれ続ける。
 暴力があたしの思考力を奪っていく。
 それでも、あたしは……。

「……知らない……」

 彼のことだけは守りたいと思った。

「仮に知っていたとしても、あんたたちには教えない」
「へぇ……見た目がちょっと変わったからって、自分が強くなったとしても錯覚してるの~……――イジメられっ子のくせに生意気なんだよ!」

 怒りに塗れた罵声と共に髪を強く引っ張られた。

「ねぇ、忘れちゃったわけ~? また思い出せてやろうか? 学校は違くなっても、お前を潰す方法なんていくらでもあるんだけど?」
「っ……」

 暴力と脅迫。
 中学の頃、それを延々と続けられることで、あたしたちは心が壊れていった。

「あ~そうだ。
 今の学校の友達も、まとめてイジメっちゃおっかな~。
 それすっごく楽しそう……想像してみなよ、友達がめちゃくちゃに犯されてるとこ、あんたのせいで、泣き叫んでるとこ」
「そん、なの……」

 美愛やカナンの顔が浮かんだ。
 あたしを慕ってくれる大切な友達。
 あたしの居場所がなくなるだけならいい。
 でも、彼女たちまでイジメのターゲットにされたら……。
 友達が、親友が壊れていくのを見ながら、何もできないまま、終わるの?
 あたしはまた……同じことを繰り返すことになるの?

「イヤだよな?
 もしそんなことになったら、ほら、なんだっけ……お前の友達だった女……あいつみたいに、自殺しちゃうかもよ?」
「ぇ……?」

 じさ……つ?

「え? じゃねえよ……あの女だよ。
 お前を裏切った女――理崎……だっけ?」
「梨衣奈が……自殺……?」

 理崎梨衣奈《 りざきりいな》――あたしの親友。
 大好きだったあたしの憧れの女の子。
 関係は壊れてしまったけど、きっと、彼女も元気でいてくれてるって――イジメに負けずに立ち上がってくれたって、信じていた。

「あん? な~んだよ、知らなかったんだ~。
 でもお前、不登校になってたもんなぁ~。
 そう、お前を裏切ったあの最低な女……結局、学校でイジメられ続けて、あのあとに自殺したんだよね~。
 まぁ、未遂で死ねなかったみたいなんだけどさ~」

 梨衣奈が……イジメられ続けた?
 それはあたしが、生贄がいなくなったから……?
 あたしが梨衣奈を追い込んだの?
 苦しめたの?
 あたしのせいで……。

「ねぇ、竜胆……いいの?
 今度は本当に、お友達が死んじゃうかもしれないよ?」
「ぁ……ぁぁああ……」

 やだ。 
 そんなのやだ。
 やだよ、怖い、怖い……。
 美愛が死んでしまったら。
 カナンが死んでしまったら。
 もしも、皆友くんがあたしのせいで、死んでしまったら――あたしはもう、生きていけない……。

「怖いよね? やだよね? じゃあお話できる? 大丈夫……史一の知りたい男の連絡先とか、住所とか教えてくれるだけでいいの。
 そうしたら他のお友達も、あんたも助かる……」
「たす……かる?」
「そ……」

 悪魔が優しく微笑んだ。
 触れてはいけない甘い誘惑のように、恐怖に染まったあたしの心に染みて溶けていく。 それは、あまりにも甘美で今直ぐにでも全てを晒け出してしまいそうで。

「あ~そうだ。
 正直におしゃべりできないとさぁ、折角助かった梨衣奈ちゃんも~どうなるかわかんないよ?」
「――!?」

 もし今度何かあったら……梨衣奈は……。
 そんなの絶対、ダメ……。
 もう十分、あの子はつらいめにあった。
 またあの時みたいな地獄を、味わう必要なんてない。

「……それだけは……やめて、くだ、さい……」

 心の中で、何かが折れた音が聞こえた気がした。

「あたしは、どうなってもいいから、みんなには、何も、しないで……」

 結局、何もできない。
 あたしはまた、イジメに負てしまう。

「ふふっ、そうそう。
 従順な子のほうが女の子は可愛いよ。
 あ~でも、楽しいなぁ……誰かを屈服させる瞬間――弱者を踏みにじる快感……イジメる相手がいるって、超気持ちいい……」

 悪魔は恍惚とした表情を浮かべている。
 こいつは人間じゃないんだ。
 誰かを苦してめて、それが楽しいなんて……そんな化物と闘うなんて、あたしにできるはず――。

『お前に無理をさせてしまうことになる……でも、竜胆がそれでも犯人に立ち向かうのなら……俺が必ず守ってみせる』

 あたしの奪われ掛けた思考を、皆友くんの言葉が繋ぎ止めた。
 そうだ。
 今のあたしは――。

「史一……もういいよ。
 これで、こいつなんでもしゃべるから」

 掴んでいた髪の毛を彼女は離した。
 あたしはその場に崩れそうになった――でも、力が入らない足で踏みとどまる。

「違う……これじゃ、ダメなんだ」
「あん?」

 ガタガタと足が震える。
 我ながら本当にカッコ悪い。
 でも、それでも――

「どれだけ暴力を振るわれたって、脅されされたって、あなたなんかに、あたしは負けない……!」

 今のあたしは一人じゃない。
 彼の言葉があたしの支えになってくれる。
 彼が一緒に闘ってくれている。

「みんなのことだって……あたしが守る!」

 あたしが勇気を出せば、この事件を終わらせられる――犯人を捕まえることができるって。
 だから――あたしはなけなしの勇気を振り絞った。

「はぁ……バカなの、あんた?
 もういいや……史一、薬残ってたよね?」
「ああ、これだけだが」

 リーダーの男から、二階堂さんが瓶を受け取った。
 中には錠剤のようなものが入っている。

「竜胆……これ、何かわかる?」
「な、なに……って」
「と~っても気持ちよくなれるお薬……エクスタシーって言うんだけど、一つ使ったら、ぶっ飛ぶくらい全身が研ぎ澄まされて敏感になんの」
「な、なにを……」
「これを使ってエッチなことすると~、もうすんごく気持ちよくてぇ……初めてやった時は十二時間くらいぶっ続けでセックスしちゃった」

 言いながら二階堂さんが歩み寄ってくる。
 いや、彼女だけじゃない。
 男たちが下卑た視線を浴びせながら、あたしににじり寄って来た。

(……逃げなくちゃ)

 震える足で必死に駆け出す。

「おいおい待てって」

 男に手を掴まれた。

「うわぁ……マジで可愛いな、この子……こんな子がレイプされちゃうとかかわいそ~」

 制服のシャツに手を掛けられて、ボタンを外すこともなく、無理矢理引き千切られ、そのまま押し倒される。

「やべぇ……ちょうエロいわ」

 露になった胸元を見て、男たちが下卑た笑みを向ける。

「や、やめ、て……!」

 抵抗する。
 でも、男の子の力はすごく強くて。
 数人の男に、腕も足も簡単に抑えつけられてしまう。

「このまま、スカートも脱がしちまおうぜ」
「触んなっ!」

 誰もあたしの叫びを聞いてなんていない。

「あ~待って待って、その前にお薬飲ませるほうが先……ほんとは溶かして血管に直接打つほうがいいんだけど……ま、初めてなら飲むだけでも十分っしょ?」

 カタン、カタンと革靴の音が鳴り、倒れるあたしの目の前に二階堂さんもしゃがみ込んだ。

「……ほら、あ~ん」
「ぐっ……」

 あたしは顔を背けた。

「待て、麗子」
「……なに?」
「まだ話すつもりはないのか?
 今話せばお前を助けてやると言っても?」

 不良たちのリーダーが、あたしにそんな提案をした。

「……あんたちに何か話すことなんてない」

 いくら身体を傷付けられたとしても、どれだけ心を踏みにじられたとしても。
 それよりもずっと――あたしはここで自分自身の弱さに負けたら、一生自分を許せないから。

「……そうかよ。
 麗子、好きにしろ」
「は~い。
 口開けてくんないし……粉々にして吸い込ませちゃうね」

 錠剤を砕き、粉末状になった薬を、あたしに近付けてきた。

「っ――」

 顔を背け、ぎゅっと目を瞑る。
 皆友くん……皆友くん……あたし、勇気を出したよ。
 自分にできる限りの勇気を――。

(……でも、これだけじゃ、足りなかった、のかな……)

 でも、だとしても後悔はない。
 これからどんなことが起ころうと――あたしが彼を信じる気持ちはきっと、変わることはないから。

「ほら、さっさと吸い込――」
「おい」

 風を切り駆け抜ける音が聞こえた。

「あん――なんだテメぇ……ぐあっ!?」

 その直後――ボゴッと、骨が砕けるような鈍い音が響いた。
 皆友くんの蹴りが二階堂さんの頬を貫き、そのまま後方に吹っ飛んでいく。

「竜胆……よく耐えたな」

 こんな状況なのに胸が高鳴った。
 全身が昂揚していく。
 ただそれだけの言葉を掛けられただけなのに――誰に褒められるよりも嬉しいと思えた。

「うん……! あたし……負けなかったよ」
「ああ――だから誇っていいぞ、今日は、お前が『イジメ』に勝った初めての日になるんだから」

 過去の記憶が溢れてくる。
 イジメに屈してしまったあの日から、ずっと負け続けてきたあたしだけど――彼のその一言で、今までの努力が全てが報われたような、これまでの全てが救われたような、そんな想いになれたんだ。
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