勇気を出してよ皆友くん!

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第30話 誇るべき勝利

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(……まず一人)

 ぶっ倒れている性悪女を見てから、俺は周囲を見回す。
 ここにいるのは、見るからに柄の悪い奴らばかりだ。

「テメェ……そうか。
 ずっと見てやがったってわけだ!」

 史一と呼ばれる不良のリーダーが声を荒げる。
 だが、そんなことはどうでもいい。

「……あと八人か」

 この程度の数なら問題ない。

「あん? こいつがもしかして、史一がボコるって言ってた奴?」
「へぇ……この子助けにきたわけ?
 か~っこいい! ヒーロー気取りですかー!
 でも馬鹿じゃねえの? 他に誰も助けを呼んで――」
「いつまで竜胆の上に乗ってんだ、クズが!」

 のうのうと口を開くアホの腹部に回し蹴りをいれた。
 回転が加えられた一撃に男の身体が浮き後方に倒れる。
 男は気絶したのか、その場で項垂れていた。

「あと七人」

 驚きに硬直しているのか、男たちは身動きすら取らずその場に固まっていた。

「お前らも、いつまでも竜胆に触ってんじゃねえ」

 その隙に彼女の腕を押さえていた男と、足を押さえていた男を交互に殴り飛ばす。

「あがっ!?」
「うごっ!?」

 顎を抉るように打ち抜いたので、軽い脳震盪《 のうしんとう》は確実だ。
 これであと五人。

「……立てるか?」
「うん」

 俺は彼女の手を引いて、竜胆を立ち上がらせた。
 そして、制服のブレザーを脱ぐと、彼女に羽織らせる。

「後ろにいろ」
「皆友くん……」
「うん?」
「気を付けて……!」
「安心しろ。
 こいつらの相手をするくらい、目を瞑《 つむ》っててもできる」

 まぁ、本当に目を瞑って相手をするなんてサービスはしないが。

「舐めやがってクソが!!
 テメェら、たった一人を相手に何してやがるっ!」

 呆気なく数人やられたことにボス猿は怒号を上げた。
 だが、こいつは少し勘違いしている。
 なんの為に俺がずっと……怒りを堪えながらも、竜胆を助けなかったのかを。

「あ、そうそう。
 一人じゃないぞ」
「あん?」
「あと十分(じゅっぷん)くらいすれば、警察が来る」
「は……?」「え?」「けい、さつ……」

 不良たちは間抜けな顔を晒す。

「婦女暴行、恐喝、麻薬所持……罪状はいくつになるかな?」

 俺は持っているスマホを不良どもに見せつけた。

「全部録画してある。
 これを証拠として渡したらどうなるか……わかるよな?」

 今回はブラフじゃない。
 これは竜胆が傷付きながら、それでも逃げずに立ち向かったからこそ手に入れられた証拠だ

「け、警察……なんで、そんなことになってんだよ!?」
「冗談じゃねえよ。
 やべぇじゃん――でも、今ならまだ逃げられんだろ!」

 自分の状況を理解した途端、男たちは脅え出した。

「逃がすわけないだろ?」

 余所見《 よそみ》をしている男の腹部を右手で打つ。
 膝が崩れたところで顔面を殴打して、そのまま拳を振り抜くと男は地面に倒れ込んだ。

「これであと四人」

 見た目ばかりで全員、実力が伴っていない。

「舐めるんじゃねえ!!」
「クソがっ! テメェをやっちまえば何も問題ねえだろ!」
「そうだ……スマホをぶっ壊しちまえば!」

 続いて三人が一斉に動き出す。
 そして、俺を取り囲むように迫って来た。
 少しは学習したらしいが、動きがあまりにも直線的すぎる。

「おらっ!」
「死ねやっ!」

 左右から男たちが殴り掛かってくる。
 拳があたる直前、俺はバックステップで一歩後ろに下がった。
 当然のように、振るわれた拳は俺に当たらず――正面から向かって来た男がちょうど二人の間に割って入り、挟まれるような形で顔面を殴られていた。

「あがっ……」
「なっ!?」
「す、すまねえ!?」

 コメディ映画のような一幕に少し吹き出しそうになる。
 だが、そこで生まれた隙を見逃すほど俺は優しくはなく、畳み掛けるように戸惑う不良たちに迫った。

「ふっ!」

 そして、加速を利用して片方の男の腹部を蹴りつけた。
 勢いのままに身体が浮かび上がり、男は吹き飛ぶ。
 続けざまに唖然とするもう一人男の顔面にジャブを右、左と二発……最後にフックを叩き込んだ。
 我ながら綺麗に決まったコンビネーションに、相手は為す術もなく、その場で崩れ落ちていた。

「これで……後はお前だけだ」

 残ったボス猿に目を向ける。
 警察の到着まであと7分ほどだろうか?

「……な、なんなんだ……お前は……」
「名乗るほどのものじゃない」

 だが、俺の名前を検索すればいくつか記事が引っかかるだろう。
 その程度のやつだ。

「ぐっ……クソがっ! このままで終われるかよ!」

 怒りに表情を歪めながら、ボス猿がポケットからナイフを取り出した。

「――皆友くん!」
「大丈夫だ」

 相手が武器を持っている時、気を付けるのは致命傷を避けること……そして、恐怖に脅えないこと。
 そうすれば身体が動かなくなることはない。

「こういう奴の相手は慣れてる」
「っ――調子に乗ってんじゃねえよ!!」

 怒声を上げて、俺に向かって駆け出した。
 そこそこ動きは速い。
 大柄で身体能力は高いこの男は、同年代相手に喧嘩に負けた経験がなかったのかもしれない。
 だが、何をするにも上には上がいる。
 特に暴力という相手を従わす為の単純で、最もわかりやすい手段であるなら、それこそ上を見ればきりがない。
 だからこそ、馬鹿な奴ほど安易に頼ろうとするのだ。
 俺に接近すると、男は首を切り付けるようにナイフを振った。
 が、俺はそれを潜り抜けるよう避け――男の顎目掛けてアッパーを炸裂させた。

「ぁ……」

 ぐらぐらっと……スキンヘッドの男の身体が揺れて、大の字に仰向けに倒れる。

「っ……ぐっ……ま、まだだ」
「感心するな。
 今のを喰らって、意識を失ってないのか」

 男はまだ立ち上がろうとしている。

「まだ……オレは負けちゃいねえ」
「やめておけ、立ち上がるだけ無駄だ」

 俺の忠告を聞かず、史一は立ち上がろうとしていた。
 不良グループのリーダーとしての意地……だろうか。

「意識があるうちに良く聞け」
「ぁ……」

 俺は起き上がろうとする史一の身体を蹴り、再び地面に叩き付けた。

「少年院から出てきた後、もしまた竜胆に危害を加えてみろ……この場にいる全員――この程度じゃ済まさない……次は本当に容赦しない」

 男の目を直視する。
 この言葉が冗談ではないことを伝える為に。
 手加減してやるのはこれで最後だ。
 もし次に何かあれば、俺は本気でこいつらを排除する。
 たとえどんな手を使うことになったとしても。

「喧嘩にこれだけの気概と意地を見せられるなら、今後はもっといい方向に使え――」

 最後にそう伝えて、俺は男の顔面に拳を振り下ろした。
 今度こそ確実に相手の意識を奪う一撃を。



          ※



「はぁ……疲れた」
「すごい……皆友くんが強いのは知ってたけど……」

 周囲の光景を見て、闘いを見守っていた竜胆は呆然と立ち尽くしていた。

「別にこのくらい大したことない」
「た、大したことないって、相手はいっぱいいたのに……それにナイフまで持ってて……ぁ……皆友くん、怪我、ない?」

 慌てて竜胆が俺に駆け寄って来た。
 心配そうに目を潤ませながら俺を見つめる。

「ああ……大丈夫だ。
 竜胆、本当に頑張ったな……」

 叩かれて腫れた彼女の頬に優しく触れる。
 この傷付いた全てが竜胆が闘った証。

「でも、痛かったよな」
「ううん、このくらい全然大丈夫!」

 力強く微笑む彼女は、俺に心配を掛けまいとしているのだろう。
 でも、

「……ごめん、今のはちょっと強がった。
 本当はずっと怖かった……」

 甘えるように彼女は俺に身体を寄せてきた。
 流れのままに、俺は彼女を抱きしめる。

「でもね……皆友くんを信じてたから、負けずにがんばれたの」

 俺を見上げる竜胆は、泣き笑いを浮かべていた。
 傷付きながら闘った彼女を、俺は心から尊敬する。
 そして心の底から愛しいと思う。
 見ているだけで苦しくなるような責め苦に堪えて……これほど誉れ高い勝利はないだろう。

「竜胆ならきっと『イジメ』に負けたりしないって信じてた。
 でも、ごめんな……もっと早く助けてやれたら良かったんだが……」
「平気。
 証拠を残す為、だったんだから」
「ああ……」

 だが、もう一つ。
 本当は、もう一つだけ条件が揃うのを待ちたかった。
 この事件の全てを終わらせる為に……だけど、それは叶わなかった。
 俺にはこれ以上、竜胆が傷付く姿を見ていられなかったんだ。

(……だからこそ、もう一手打つ必要がある)

 全てのピースはこの場で揃うだろうか?

(……警察が来るまであまり時間はないが……)

 真相に迫る為に、俺はある行動に移るのだった。
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