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第32話 最後の犯人②
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「これで俺たちは共犯だ」
目前の男は目を丸めた。
信じられないものを見るみたいに。
だが……次第にその表情は歪み出す。
「――ふふっ……はははははははっ、君は俺が思っていたよりも、ずっと面白いみたいだね。
学校で麻薬を飲み込むなんて……そんなことする奴は相当ぶっ壊れてる」
そして、飛世は愉快そうに笑い出した。
「これで信じてもらえたか?」
「ああ、君の要望は叶えるよ。
代わりに、こちらもいくつか条件を出させてほしい」
「なんだ?」
「今後、竜胆に薬を使う時は俺も呼んでくれ。
あの女が壊れていくさまを、俺もこの目で見たい。
美しいものが壊れていく瞬間は、想像するだけでたまらない」
ドラッグを飲んだわけでもないのに、飛世はトリップしたようにイカれた表情を見せた。
誰にでも偽りの仮面はあるものだと思うが……この男はあまりにも醜い。
「お前は本当に、残虐的な人間なんだな」
「ああ……君と同じ、ね」
ニヤッとした不気味な笑みを向けられて、背筋に悪寒が走った。
同属嫌悪などという生易しいものじゃない。
こいつが敵であると心から感じながら、それでも俺は飛世に笑みを返す。
「……スマホを渡す前に聞いておきたい。
今直ぐに他の薬も渡せるか……?」
「警察の捜査が入る可能性を考えてほとんど処分してしまったよ。
でも、とっておきのが残ってる。
それに、ドラッグなんて簡単に手に入る。
なんなら今日中にでもな」
どうやら、飛世が不良グループにドラッグを流していたのは間違いないようだ。
「そうか。
話しついでに、もう一つ聞かせてくれないか? 一つわからなかったことがあるんだ」
「なんだ?」
「何故、昨夜は廃工場に現れなかった?」
本来なら昨日、あの不良グループと共に校内にいるはずの協力者も捕まえるはずだった。
だが、それが困難になったからこそ今がある。
「あの工場には行ったさ。
でも……君のせいで俺が考えていた演出がだいなしになったんだ」
「演出?」
「そうさ。
あいつらに襲われている竜胆さんを颯爽と助けて、彼女を俺のものにする予定だった」
「それで?」
「彼女を惚れされたあとは……薬を使って犯しまくる。
快楽に堕として……心まで壊して……最後に捨てるんだ。
どんな顔をするか……想像するだけで絶頂しそうだったんだけどなぁ……まぁ、同じことを君が考えていたのは、心から驚いたけどね」
そこまで話して、飛世は俺に手を伸ばした。
友好の証として握手を求めているのだろう。
当然、俺はその手を掴むことはない。
もう必要な情報は全て確認できた。
だから、
「お前は本当にクズで、最悪な人間だな」
この最低野郎に侮蔑の言葉を伝えた。
「は?」
「自白はもう十分だ」
俺はスマホを取り出して耳に当てる。
「聞こえてましたか? 証拠はこれで十分でしょう?」
「証拠……? お前、何を言ってるんだ?」
「ああ……今、事件の担当刑事さんに繋がってるんだわ」
昨日、俺たちは担当の刑事と連絡先を交換しておいた。
何かあったら直ぐに連絡をしてくれて構わない。
そう言ってくれていたこともあり、俺は屋上に来る直前に電話を掛け、もう一人の犯人がいる可能性を伝えた。
が、決定的な証拠がなければ警察が動くことはない――だからこそ、飛世自身の口から事件の関係者であることを自白させる必要があった。
「ぇ……? な、なにを……じょ、冗談、だろ?」
飛世が間抜けな顔を晒す。
俺と刑事が直接、やり取りしていたのがあまりにも意外だったのだろう。
「もう直ぐ、学校に警察が来る……しかし大したもんだな。
あの不良どもは、お前のことを何も話してないみたいだぞ」
「警、察……?」
理由はわからないが、だからこそ証拠が足りなかった。
あいつらと違って現行犯というわけではない以上、直ぐに飛世を拘束することは難しい。
だが、俺には放置するという選択肢はなかった。
こいつを野放しにしている限り竜胆への被害が広まる可能性があったからだ。
「証拠が足りなかったが、その足りないピースを全部、お前自身が埋めてくれた」
「馬鹿な!? 俺から自白を引き出す為にドラッグを飲んだのだとしたら、本当にどうかしてる! その状況で警察が来れば、君だってただじゃ済まないだろっ!」
「あれはただの市販の錠剤だ。
現場に置かれた証拠となる麻薬を持ち帰るわけがないだろ。
俺の言葉に誘導されて、お前が勝手に『麻薬』だと思い込んだけだ」
「そん……な……」
「わざわざ自白してくれて助かったよ。
おめでとう、これでお前は更生できるじゃないか」
その言葉を告げる。
俺に伸ばしていた右手が力なく項垂れた。
「……ふざけるな……」
呟くような声が聞こえた。
かと思えば、顔を上げて飛世は俺を凝視する。
興奮しているのか、怒りのせいなのか、目が異常なほど血走っていた。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるふざけるなふざけるなふざけるなふざけるふざけるなああああああああああっ!」
逆上して怒声を上げる。
「お前のせいで、お前が如きのせいでっ! 俺の人生が破滅するなんて、あっていいわけがないっ!」
「今までしてきたことを考えれば自業自得だろ」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「うるさいのはどっちだ?」
「だまれえええええええええええええええええええっ!!」
人間とは思えない絶叫が屋上に響く。
ここにはもう、クラスの中心人物であり文武両道の優等生である男子生徒の姿はない。
今ここにいるのは、この学校で最も醜く愚かな人間だ。
「殺してやる! 俺の人生を終わらせたお前を、殺してやるっ!」
「できるなら、やってみろ」
挑発には挑発を返す。
「舐めやがって……クソがよおおおおおおおおおっ!!!!」
喚き散らしながら飛世が俺に拳を振る。
それは不動にも劣る鈍い動きは、明らかに喧嘩慣れてしていない。
躱《 かわ》すのも面倒で、俺は敢えてその一撃を受けた。
頬に軽い痛みが走る――が、ただそれだけだった。
「ふははっ! どうだ! くたばれこの――おごっ!?」
喚き散らす愚者の顔面に俺は拳を叩き込む。
誰が見ても美少年だった男の鼻の骨は潰れ鼻血が噴き出した。
「あ、あがあああああっ……お、俺の顔がっ……顔があああっ!?」
飛世は大きく仰け反り顔を抑える。
「お前のせいで竜胆は傷付いた」
彼女の受けた痛みは、今後も消えることはない。
心の痛みは、一生抱えながら生きていかなければならないのだから。
「もう直ぐ警察が来る。
牢屋で反省しろ――そして、二度と俺たちの前に現れるな」
「……ぐっ……がああっ、くそが、い、痛みなんて、なくれば、お、お前なんてえええっ! そ、そうだ……どうせ捕まるのなら、これを……これがあればあああっ!」
怒りと憎しみ――そして狂気の眼差しを俺に向けながら、ブレザーのポケットから飛世は何かを取り出して、それを口に入れた。
「ぁ……ああああああああっ、うああ、あああああああああたあああああああっ!?」
夕焼け空に絶叫が響く。
グラウンドにいる生徒たちにも、その叫びは届いているだろう。
「これは、これはさあああああっ!! ひゃははははははははははっ!? ふおあああああああああああああっ!? 最高だ、ああああああああ、最高だぜええええええええええっ!」
今飲んだのは麻薬だろうか?
MDMA……いや、それとは違う。
口からを泡を吹きながら異常なテンションで飛世はその場で暴れ回り……途端に動きが止まった。
そして異常者が、目が飛び出しそうなほど見開いて俺を凝視する。
「あああああ、そうだああああああっ、これなら、ぶっ飛んんじまいそうだあああああああっ! 痛みも、快楽も、絶望も、何もかもおおおおおおおっ!」
先程よりも機敏な動きで、飛世が俺に迫って来る。
だが、身体能力が向上したわけではなさそうだ。
何より今も、飛世が隙だらけであることは変わらない。
「ああああああああああっ!」
「ふっ!」
相手の攻撃を躱《 かわ》して、鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐっ……」
通常ならノックアウトしていてもおかしくない一撃。
だが、
「きいいいいかねええええええええなああああああああああああああああああっ!!!」
動きが鈍ることすらなく、飛世は俺に迫って来る。
麻薬により痛覚を失っているのだろうか?
リミッターが振り切れている状態なのかもしれない。
(……それでも、こいつが人間であることは変わらない)
であるなら、脳へのダメージは防ぎきれないはず。
攻撃を避けつつ、相手の様子を窺いながら――カウンターのタイミングを狙う。
「みいいいいいいなあああああああともおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「さっきから叫んでばかりで、耳障りなんだよ――!」
俺に目掛けて突っ込んできた男の攻撃を躱し、その加速を利用して俺はカウンターを炸裂される。
そのまま力の限り拳を振り抜くと、
――バタン!!
飛世が後方にふっ飛び地面に倒れた。
流石にこれで立ち上がることは――。
「ひゃははははははははははっ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「……おいおい――どんな薬やりやがったんだ……」
立ち上がり再び飛世は俺を凝視する。
だが、何度立ち上がり向かって来ようと、俺のやることは同じだ。
こいつが動けなくなるまで攻撃を繰り返す。
飛世を倒せようが倒せまいが、警察が来るまでここに引き留めておければ俺の勝ちだ。
消耗戦になる覚悟も固めた途端――ガタッと屋上の扉が開く音が聞こえた。
(……もう来たのか?)
警察の到着が思っていたよりも早かった。
「皆友くん……?」
だが、竜胆の声が聞こえた瞬間――俺の予想が外れたことを理解する。
「校舎を出て直ぐに、屋上のほうから翔也の声が聞こえてきたと思って来てみたら、皆友もいんじゃん」
「……二人で、何してるの?」
続いて岬と小鳥遊の声が聞こたかと思うと、
「ああ、ああああああっ! あはははははははっ! りんどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫を上げながら飛世が駆け出した。
俺にではない。
扉を開いた先にいる竜胆たちに向かって――。
「待――」
手を伸ばす。
が、届かない。
その手は空を切った。
「くっ――」
飛世が異常な速度で竜胆目掛けて疾走する。
「お前を、君を、あなたををををををををおおおおおおおおっ……こここここ壊してあげるからねえええええええええええええええええっ!」
異常なまでに狂っている男の姿を目撃して、三人の少女は硬直している。
「――竜胆っ!!」
「!? ――二人とも!」
俺の叫びが竜胆に届いた。
急ぎ岬と小鳥遊の手を引くと、彼女は扉を開き屋上を出る。
「ああああああ、キミを、キミをおおおおおお、こわしたああああああああああああああいいいいいいいっ!」
竜胆は慌てて扉を閉めようとする。
が、閉ざされる瞬間、飛世はドアの隙間に腕を差し込んだ。
さらにその隙間から、頭を無理に突っ込もうとしている。
「なっ!?」
「ちょ!? しょ、翔也、ど、どうしちゃったん!?」
「何が……起こってるの?」
三人の少女の声音から、激しい困惑が伝わってきた。
「ち、力……つ、強すぎて……美愛、カナン、手伝って!」
「で、でも翔也の腕、挟まっちゃってんじゃん……!」
「岬、そんなこと言ってる場合じゃない! こいつ、おかしいよ!」
リミッターの外れた怪物は突っ込んだ腕一本で、扉をこじ開けようとしている。
女子三人の力でもリミッターの外れた飛世には敵わず――扉が開いた。
が、竜胆たちが稼いでくれた時間は、俺が飛世に追いつくのには十分なものだった。
「ふひっ、ふひひひひっ――こわして、壊して、コワシテ、ブッウウウウウウ壊すうううううううううううううううううううううううううううっ!」
「っ――!?」
飛世の手が竜胆に触れる直前、
「ぶっ壊れるのは――お前だっ!!」
俺は背後から飛世の片脇に頭を潜り込ませると、腰を両腕で抱えて地面に向かって反り投げた。
ドガンッ!! 飛世の後頭部が地面に衝突する。
「がっ!?」
地面に叩き落とす瞬間、力を弱めはしたが後頭部へのダメージは流石に堪えたのだろう。
リミッターの外れた化物はついに、力なく地面に倒れ伏せた。
油断はしない。
俺は飛世から目を逸らすことなく、様子を窺う。
「皆友くん、これって……?」
呆気に取られる竜胆。
彼女を危険に晒すまいと最後の犯人についても伝えていなかったのだが……今回はそれが裏目に出た。
だが……飛世の注意を竜胆に向けることができたからこそ、今回の勝利があったのかもしれない。
「……こいつが事件の協力者で最後の犯人だ」
「飛世くんが……!?」
それを竜胆に伝えたところで、階段を駆け上がってくる複数の足音が屋上まで聞こえてきた。
どうやら今度こそ、警察が到着したようだ。
(……これで本当に終わったな)
想定していた以上の苦労はあったが、これで事件は完全に終息となるだろう。
目前の男は目を丸めた。
信じられないものを見るみたいに。
だが……次第にその表情は歪み出す。
「――ふふっ……はははははははっ、君は俺が思っていたよりも、ずっと面白いみたいだね。
学校で麻薬を飲み込むなんて……そんなことする奴は相当ぶっ壊れてる」
そして、飛世は愉快そうに笑い出した。
「これで信じてもらえたか?」
「ああ、君の要望は叶えるよ。
代わりに、こちらもいくつか条件を出させてほしい」
「なんだ?」
「今後、竜胆に薬を使う時は俺も呼んでくれ。
あの女が壊れていくさまを、俺もこの目で見たい。
美しいものが壊れていく瞬間は、想像するだけでたまらない」
ドラッグを飲んだわけでもないのに、飛世はトリップしたようにイカれた表情を見せた。
誰にでも偽りの仮面はあるものだと思うが……この男はあまりにも醜い。
「お前は本当に、残虐的な人間なんだな」
「ああ……君と同じ、ね」
ニヤッとした不気味な笑みを向けられて、背筋に悪寒が走った。
同属嫌悪などという生易しいものじゃない。
こいつが敵であると心から感じながら、それでも俺は飛世に笑みを返す。
「……スマホを渡す前に聞いておきたい。
今直ぐに他の薬も渡せるか……?」
「警察の捜査が入る可能性を考えてほとんど処分してしまったよ。
でも、とっておきのが残ってる。
それに、ドラッグなんて簡単に手に入る。
なんなら今日中にでもな」
どうやら、飛世が不良グループにドラッグを流していたのは間違いないようだ。
「そうか。
話しついでに、もう一つ聞かせてくれないか? 一つわからなかったことがあるんだ」
「なんだ?」
「何故、昨夜は廃工場に現れなかった?」
本来なら昨日、あの不良グループと共に校内にいるはずの協力者も捕まえるはずだった。
だが、それが困難になったからこそ今がある。
「あの工場には行ったさ。
でも……君のせいで俺が考えていた演出がだいなしになったんだ」
「演出?」
「そうさ。
あいつらに襲われている竜胆さんを颯爽と助けて、彼女を俺のものにする予定だった」
「それで?」
「彼女を惚れされたあとは……薬を使って犯しまくる。
快楽に堕として……心まで壊して……最後に捨てるんだ。
どんな顔をするか……想像するだけで絶頂しそうだったんだけどなぁ……まぁ、同じことを君が考えていたのは、心から驚いたけどね」
そこまで話して、飛世は俺に手を伸ばした。
友好の証として握手を求めているのだろう。
当然、俺はその手を掴むことはない。
もう必要な情報は全て確認できた。
だから、
「お前は本当にクズで、最悪な人間だな」
この最低野郎に侮蔑の言葉を伝えた。
「は?」
「自白はもう十分だ」
俺はスマホを取り出して耳に当てる。
「聞こえてましたか? 証拠はこれで十分でしょう?」
「証拠……? お前、何を言ってるんだ?」
「ああ……今、事件の担当刑事さんに繋がってるんだわ」
昨日、俺たちは担当の刑事と連絡先を交換しておいた。
何かあったら直ぐに連絡をしてくれて構わない。
そう言ってくれていたこともあり、俺は屋上に来る直前に電話を掛け、もう一人の犯人がいる可能性を伝えた。
が、決定的な証拠がなければ警察が動くことはない――だからこそ、飛世自身の口から事件の関係者であることを自白させる必要があった。
「ぇ……? な、なにを……じょ、冗談、だろ?」
飛世が間抜けな顔を晒す。
俺と刑事が直接、やり取りしていたのがあまりにも意外だったのだろう。
「もう直ぐ、学校に警察が来る……しかし大したもんだな。
あの不良どもは、お前のことを何も話してないみたいだぞ」
「警、察……?」
理由はわからないが、だからこそ証拠が足りなかった。
あいつらと違って現行犯というわけではない以上、直ぐに飛世を拘束することは難しい。
だが、俺には放置するという選択肢はなかった。
こいつを野放しにしている限り竜胆への被害が広まる可能性があったからだ。
「証拠が足りなかったが、その足りないピースを全部、お前自身が埋めてくれた」
「馬鹿な!? 俺から自白を引き出す為にドラッグを飲んだのだとしたら、本当にどうかしてる! その状況で警察が来れば、君だってただじゃ済まないだろっ!」
「あれはただの市販の錠剤だ。
現場に置かれた証拠となる麻薬を持ち帰るわけがないだろ。
俺の言葉に誘導されて、お前が勝手に『麻薬』だと思い込んだけだ」
「そん……な……」
「わざわざ自白してくれて助かったよ。
おめでとう、これでお前は更生できるじゃないか」
その言葉を告げる。
俺に伸ばしていた右手が力なく項垂れた。
「……ふざけるな……」
呟くような声が聞こえた。
かと思えば、顔を上げて飛世は俺を凝視する。
興奮しているのか、怒りのせいなのか、目が異常なほど血走っていた。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるふざけるなふざけるなふざけるなふざけるふざけるなああああああああああっ!」
逆上して怒声を上げる。
「お前のせいで、お前が如きのせいでっ! 俺の人生が破滅するなんて、あっていいわけがないっ!」
「今までしてきたことを考えれば自業自得だろ」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「うるさいのはどっちだ?」
「だまれえええええええええええええええええええっ!!」
人間とは思えない絶叫が屋上に響く。
ここにはもう、クラスの中心人物であり文武両道の優等生である男子生徒の姿はない。
今ここにいるのは、この学校で最も醜く愚かな人間だ。
「殺してやる! 俺の人生を終わらせたお前を、殺してやるっ!」
「できるなら、やってみろ」
挑発には挑発を返す。
「舐めやがって……クソがよおおおおおおおおおっ!!!!」
喚き散らしながら飛世が俺に拳を振る。
それは不動にも劣る鈍い動きは、明らかに喧嘩慣れてしていない。
躱《 かわ》すのも面倒で、俺は敢えてその一撃を受けた。
頬に軽い痛みが走る――が、ただそれだけだった。
「ふははっ! どうだ! くたばれこの――おごっ!?」
喚き散らす愚者の顔面に俺は拳を叩き込む。
誰が見ても美少年だった男の鼻の骨は潰れ鼻血が噴き出した。
「あ、あがあああああっ……お、俺の顔がっ……顔があああっ!?」
飛世は大きく仰け反り顔を抑える。
「お前のせいで竜胆は傷付いた」
彼女の受けた痛みは、今後も消えることはない。
心の痛みは、一生抱えながら生きていかなければならないのだから。
「もう直ぐ警察が来る。
牢屋で反省しろ――そして、二度と俺たちの前に現れるな」
「……ぐっ……がああっ、くそが、い、痛みなんて、なくれば、お、お前なんてえええっ! そ、そうだ……どうせ捕まるのなら、これを……これがあればあああっ!」
怒りと憎しみ――そして狂気の眼差しを俺に向けながら、ブレザーのポケットから飛世は何かを取り出して、それを口に入れた。
「ぁ……ああああああああっ、うああ、あああああああああたあああああああっ!?」
夕焼け空に絶叫が響く。
グラウンドにいる生徒たちにも、その叫びは届いているだろう。
「これは、これはさあああああっ!! ひゃははははははははははっ!? ふおあああああああああああああっ!? 最高だ、ああああああああ、最高だぜええええええええええっ!」
今飲んだのは麻薬だろうか?
MDMA……いや、それとは違う。
口からを泡を吹きながら異常なテンションで飛世はその場で暴れ回り……途端に動きが止まった。
そして異常者が、目が飛び出しそうなほど見開いて俺を凝視する。
「あああああ、そうだああああああっ、これなら、ぶっ飛んんじまいそうだあああああああっ! 痛みも、快楽も、絶望も、何もかもおおおおおおおっ!」
先程よりも機敏な動きで、飛世が俺に迫って来る。
だが、身体能力が向上したわけではなさそうだ。
何より今も、飛世が隙だらけであることは変わらない。
「ああああああああああっ!」
「ふっ!」
相手の攻撃を躱《 かわ》して、鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐっ……」
通常ならノックアウトしていてもおかしくない一撃。
だが、
「きいいいいかねええええええええなああああああああああああああああああっ!!!」
動きが鈍ることすらなく、飛世は俺に迫って来る。
麻薬により痛覚を失っているのだろうか?
リミッターが振り切れている状態なのかもしれない。
(……それでも、こいつが人間であることは変わらない)
であるなら、脳へのダメージは防ぎきれないはず。
攻撃を避けつつ、相手の様子を窺いながら――カウンターのタイミングを狙う。
「みいいいいいいなあああああああともおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「さっきから叫んでばかりで、耳障りなんだよ――!」
俺に目掛けて突っ込んできた男の攻撃を躱し、その加速を利用して俺はカウンターを炸裂される。
そのまま力の限り拳を振り抜くと、
――バタン!!
飛世が後方にふっ飛び地面に倒れた。
流石にこれで立ち上がることは――。
「ひゃははははははははははっ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「……おいおい――どんな薬やりやがったんだ……」
立ち上がり再び飛世は俺を凝視する。
だが、何度立ち上がり向かって来ようと、俺のやることは同じだ。
こいつが動けなくなるまで攻撃を繰り返す。
飛世を倒せようが倒せまいが、警察が来るまでここに引き留めておければ俺の勝ちだ。
消耗戦になる覚悟も固めた途端――ガタッと屋上の扉が開く音が聞こえた。
(……もう来たのか?)
警察の到着が思っていたよりも早かった。
「皆友くん……?」
だが、竜胆の声が聞こえた瞬間――俺の予想が外れたことを理解する。
「校舎を出て直ぐに、屋上のほうから翔也の声が聞こえてきたと思って来てみたら、皆友もいんじゃん」
「……二人で、何してるの?」
続いて岬と小鳥遊の声が聞こたかと思うと、
「ああ、ああああああっ! あはははははははっ! りんどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫を上げながら飛世が駆け出した。
俺にではない。
扉を開いた先にいる竜胆たちに向かって――。
「待――」
手を伸ばす。
が、届かない。
その手は空を切った。
「くっ――」
飛世が異常な速度で竜胆目掛けて疾走する。
「お前を、君を、あなたををををををををおおおおおおおおっ……こここここ壊してあげるからねえええええええええええええええええっ!」
異常なまでに狂っている男の姿を目撃して、三人の少女は硬直している。
「――竜胆っ!!」
「!? ――二人とも!」
俺の叫びが竜胆に届いた。
急ぎ岬と小鳥遊の手を引くと、彼女は扉を開き屋上を出る。
「ああああああ、キミを、キミをおおおおおお、こわしたああああああああああああああいいいいいいいっ!」
竜胆は慌てて扉を閉めようとする。
が、閉ざされる瞬間、飛世はドアの隙間に腕を差し込んだ。
さらにその隙間から、頭を無理に突っ込もうとしている。
「なっ!?」
「ちょ!? しょ、翔也、ど、どうしちゃったん!?」
「何が……起こってるの?」
三人の少女の声音から、激しい困惑が伝わってきた。
「ち、力……つ、強すぎて……美愛、カナン、手伝って!」
「で、でも翔也の腕、挟まっちゃってんじゃん……!」
「岬、そんなこと言ってる場合じゃない! こいつ、おかしいよ!」
リミッターの外れた怪物は突っ込んだ腕一本で、扉をこじ開けようとしている。
女子三人の力でもリミッターの外れた飛世には敵わず――扉が開いた。
が、竜胆たちが稼いでくれた時間は、俺が飛世に追いつくのには十分なものだった。
「ふひっ、ふひひひひっ――こわして、壊して、コワシテ、ブッウウウウウウ壊すうううううううううううううううううううううううううううっ!」
「っ――!?」
飛世の手が竜胆に触れる直前、
「ぶっ壊れるのは――お前だっ!!」
俺は背後から飛世の片脇に頭を潜り込ませると、腰を両腕で抱えて地面に向かって反り投げた。
ドガンッ!! 飛世の後頭部が地面に衝突する。
「がっ!?」
地面に叩き落とす瞬間、力を弱めはしたが後頭部へのダメージは流石に堪えたのだろう。
リミッターの外れた化物はついに、力なく地面に倒れ伏せた。
油断はしない。
俺は飛世から目を逸らすことなく、様子を窺う。
「皆友くん、これって……?」
呆気に取られる竜胆。
彼女を危険に晒すまいと最後の犯人についても伝えていなかったのだが……今回はそれが裏目に出た。
だが……飛世の注意を竜胆に向けることができたからこそ、今回の勝利があったのかもしれない。
「……こいつが事件の協力者で最後の犯人だ」
「飛世くんが……!?」
それを竜胆に伝えたところで、階段を駆け上がってくる複数の足音が屋上まで聞こえてきた。
どうやら今度こそ、警察が到着したようだ。
(……これで本当に終わったな)
想定していた以上の苦労はあったが、これで事件は完全に終息となるだろう。
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慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
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