勇気を出してよ皆友くん!

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第34話 手料理

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「ただいま」
「お帰りなさいです、お兄ちゃ――凛華お姉ちゃん!?」

 玄関まで出迎えてくれた妹が、竜胆を見てびっくりしている。
 竜胆の家に行く決断はできなかった俺は、彼女を自宅に誘ったのだ。

「天音ちゃん、お邪魔するね」
「はい、どうぞです~! お姉ちゃんが来てくれて、天音は嬉しいです!」
「あたしも天音ちゃんに会えて嬉しい。
 ……皆友くんに感謝しないとね」

 感謝と言いつつも、竜胆は意味ありげなジト目を向けてくる。
 まるで『意気地なし』と言われているみたいで、俺は思わず目を背けた。

「お兄ちゃんに大感謝です! ところでなんですが……その荷物は?」

 天音は俺が持っている食材の入ったビニール袋に目を向けた。

「買い物してきたんだ」
「あのね、天音ちゃん。
 今日の夕食はあたしが作ってもいいかな?」
「え!? 凛華お姉ちゃんのお料理が食べられるんですか!?」

 満面の笑みをさらに笑顔に変えて、天音は声を弾ませた。

「口に合うといいんだけど……でも、一生懸命作るから楽しみにしていてね」
「はい! すっごく楽しみです! あ、どうぞ上がってください」

 そして、俺たちは居間に移動した。
 リビングの向かい側にはキッチンがある。

「じゃあ早速、作っちゃおうかな」
「もうか?」
「皆友くん、お腹空いてるでしょ?」

 時間は17時30分を過ぎたところだ。
 今から作り始めれば、夕食の時間には丁度いいくらいだと思うが。

「少し休んでからでも大丈夫だぞ?」
「へーき。
 これはお礼の一つなんだから」
「お礼……?」

 妹が首を傾げる。

「いつも天音ちゃんのお兄ちゃんには、いっぱい助けてもらってるから」
「助けて……ですか」
「うん。
 だから、その感謝の気持ちを言葉以外で、形にしたかったんだ」

 竜胆は幸せそうに笑った。
 どうしてそんな顔ができるんだってくらい、本当に嬉しそうに。

「お姉ちゃん……本当にお兄ちゃんのことを好きでいてくれてるんですね」
「っ!? ど、どうして?」
「好きな人のことを考えてると、女の子ってふあ~ってなっちゃうじゃないですか!
 凛華お姉ちゃんも今、すごくふあ~ってなってて、幸せそうだったから」
「そ、そんな顔、して、た……?」
「はい! ね? お兄ちゃん!」

 このタイミングで俺に振るのか!?
 その流れで竜胆が俺を見る。
 目が合って俺に見られていたことに気付くと、竜胆は慌てて背中を向けた。

「い、今は、見ちゃ、やだ……。
 だ、だらしない顔、しちゃってたかもしれないし」
「そんなことはないが……」

 我ながら、どうしてもっと気の利いたセリフが出てこないのか。
 天音がいれば変に気まずくなることもないかと思ったが、もしかして失策だったかもしれない。

「……そ、そうだ!
 エプロン借りてもいい?」
「もちろんです! 天音チョイスでお姉ちゃんにはこちらをお貸しします!」
「ありがと」

 渡された赤いエプロンを、竜胆は手慣れた様子で制服の上から着けていく。

「お姉ちゃん、とっても似合ってます!」
「そう、かな?」
「はい! お兄ちゃんもそう思いますよね?」

 いや、天音さん、だからなんで俺に振ってくるの!?
 思ってても、そんな簡単に正直な想いを伝えられるわけがない。
 でも普段は見られないその姿は新鮮で、可愛いと思う。

「あ、あんまり見られると恥ずかしいから……」
「ぁ……す、すまん。
 イヤ、だったよな」
「あ、ち、違う、から。
 イヤじゃない、けど……その……ど、どう? 似合ってる?」
「……あ、ああ」
「そう……可愛いって思ってくれたなら、嬉しい」

 またお互いに視線を合わせられなくなってしまった。
 なんだか間がもたない……もしかしたら、二人で過ごす時よりも酷いかもしれない。

「お兄ちゃん、ぶっきらぼう過ぎます! もっと可愛いよ! とか、すごく似合ってるね! とか、ないんですか?」

 不満と呆れが入り混じったように、妹に注意されてしまった。
 不甲斐なくてすみません。

「と、とりあえず……邪魔にならないようにリビングにいるから」

 その場を逃げるように立ち去って、ソファに座りテレビをつけた。
 本当は何か手伝ったほうがいいと思っていたのだが、戦略的撤退だ。

「凛華お姉ちゃん、天音もお手伝していいですか?」
「いいの? リビングでゆっくりしててくれても大丈夫だけど……」
「一緒に作りたいです!」
「わかった。
 じゃあ美味しいのを作って、皆友くんをびっくりさせちゃおっか!」

 テレビの音に交じりながら、そんな会話が聞こえてくる。
 竜胆も天音も料理上手なので、俺は今日の夕食がとても楽しみになっていたのだった。


           ※



 キッチンに立つと、あたしたちはテキパキと調理の準備を進めていく。
 誰かと一緒に料理を作るのは、実家にいた時以来なのでちょっとだけ懐かしい。

「ごめんなさいです、凛華お姉ちゃん」

 準備が終わったところで、なぜか天音ちゃんに謝られた。

「どうかしたの?」
「お兄ちゃんのことです。
 素直じゃないというか、ちょっと照れ屋さんなところがあるので……」

 天音ちゃんが、申し訳なさそうに口を開いた。
 どうやら、さっきの皆友くんの様子を気にしていたらしい。

「皆友くんが照れ屋なのは、良く知ってるつもり。
 でも、そこが可愛くもあるんだよね……いざっていう時は男らしくてカッコいいから、ギャップにもグラッときちゃうっていうか」
「あ~、それはわかります。
 普段はポンコツお兄ちゃんですけど、いざという時は頼りになる一面もあるので!」

 どうやら天音ちゃんの目から見ても、皆友くんの評価は同じらしい。

「うん……それに、すごく優しくて……だからどんどん好きになっちゃう……」

 これは、この場だけのガールズトークだ。
 皆友くんはリビングでテレビを見ているので、あたしたちの会話は聞こえていないだろう。

「お姉ちゃんにそんな風に思ってもらえるなんて、お兄ちゃんは幸せ者ですね。
 ちょっと不器用なところもありますが、愛想を尽かさないであげてくれると天音は嬉しいです!」
「それは大丈夫だけど……」

 さっきも伝えた通りだけど、どこまで好きになっちゃうの? ってくらい……あたしは皆友くんのへの想いが強くなっている。
 もっとおしゃべりしたい。
 いっぱい甘やかしてもらいたい。
 頭を撫でてほしい。
 ぎゅっと抱きしめられたい。
 二人でデートにも行きたい。
 それから……き、キス、とか……そ、その先も、皆友くんとなら、したいって思ってる。
 まだ恋人にもなれてないのに、そんな風に思っちゃうあたしは、ちょっとエッチな子なのだろうか?
 でも、そうなりたいと思えるのは、皆友くんだけだから……。
 きっとこれが、人を好きになるってことで、恋をするってことなんだって思えた。

「どっちかって言うと、あたしのほうが愛想尽かされないか心配なくらいなんだよね」

 世の中には魅力的な女の子がいっぱいる。
 そういう子がもし、皆友くんの魅力に気付いてしまったら……あたしは、負けてしまうかもしれない。
 だけど……それでも、あたしは皆友くんの一番になりたいと思ってる。
 他のことで一番にはなれなくてもいいから――皆友くんのことでだけは、絶対誰にも負けたくなかった。

「凛華お姉ちゃんなら、大丈夫です。
 それに、もしお兄ちゃんがそんな贅沢なこと言ったら、天音の妹パンチでお仕置きです!」

 ぐっと拳を握る天音ちゃんはとても可愛いらしかった。
 こんな愛らしい攻撃を受けたら、なんでも言うことを聞いてしまうと思う。

「ありがとう、天音ちゃん。
 あたし、がんばるから……」

 もっとお互いの関係を進展させたい。
 その為にもまずは皆友くんの口から……『好き』って言ってほしい。
 そして……恋人になりたい。
 あたしが皆友くんとつりあってないのはわかってるけど、それでも……彼のことが好きだから。

「凛華お姉ちゃん、まずは手料理でお兄ちゃんの胃袋を掴んじゃいましょう!」
「なら、気合を入れて作らないとだよね!」

 好きな人を想いながら料理を作ることができるのは、本当に幸せなことだと思う。
 これも恋をして知ることができた気持ちの一つだ。

(……喜んでくれる、よね)

 皆友くんがどんな反応を見せてくれるのか。
 あたしはそれを楽しみにしながら、調理を進めていくのだった。
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