悪役令嬢に転生した“元”狂人は普通に暮らしたい

幸見大福

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幼少期編

婚約者

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私たちは何かにぶつかって、やっと止まった。

多分だが壁だろう。倒れたまま辺りを見渡すと、木材で出来た天井の低い部屋だった。

何も置かれていない。むしろ埃塗れである。



私が知らなかっただけで屋根裏部屋でもあったのだろうか?そんな雰囲気があるが、確証をもっては言えない。箱庭で育てられたようなもののお嬢様だから。



と、砕けた口調で考えていると怪我を思い出す。



あれだけ派手に入り込んだから何処かしらは痛むはずなのだが…



「…どこも痛くない」



案外私の体丈夫だったのかしら?



というかいつのまにか口から手が離れている。まぁ、あの状況だったから仕方ないが。

立ち上がると、側に誰かが倒れていることに気がついた。



「少年…君が犠牲になったんだね」



あの少年が倒れていた。痛くないのは少年が下敷きになってくれたからみたいだ。そんな私の予想を肯定するかのように、少年は苦悶の表情を浮かべて呻いている。…なんかごめん。



ってそんな呑気なことしてられない。少年には悪いけど早く助けを呼ばなければ!



慌てて立ち上がり、窓に向かって走り寄る。



「だーれk――」



私の声は途中で消え去った。回復した少年が肩を叩いたため、驚いて言葉が止まってしまった。



振り返って邪魔をしてきたことに苛立ち、いっそのこと気絶させようかなと身構える。

しかし、あまりにも私を見るのが真剣な表情為に、考えを鑑みる。



臨戦態勢を解除すると、向こうの緊迫した様子も僅かに薄まる。



「……」



こんなに真剣なら、いきなり気絶させるのは、なんだか申し訳ないな。

ならば、何かしてくる前にその辺の壁に首を掴みながらぶつけて判断力を鈍らせるか。



いや、カウンターで迎えうつ…



ちょっと待って。



今気が付いたけど、ここまで何もしてきてないのは少し…いや、かなりおかしいのでは?

何かしらしてくるはずなのに、目の前の少年はただ立っているだけ。



そもそも誘拐犯が本人の屋敷に留まるはずがないのでは?



改めて考えると、あらゆることに対して、どれも私の知っている誘拐の動きとあてはまらない。…何か裏でもあるのだろうか。



「…マリーベル様、俺の話を聞いて下さい。」



やはり何か事情があってのみたいだ。

誘拐というのは早計だったらしい。…いや、令嬢としては正しい行動だからセーフ!



っていうか…



「名前を知ってるのが気になりますけど、聞きましょう」



本当、どこから仕入れた。場合によっては警察にお世話になりますよ、少年。



ちなみに口調は公爵令嬢モードだ。多分、部屋にいるとき素の方を聞かれていたが、気にしないでおこう。目の前で少年が肩をプルプルさせているが、見なかったことにしよう。



少年は咳払いで仕切りなおすと、会話を再開させた。



「ゴホン。えーと、俺が今日来たのは、ズバリ、依頼です」

「…どういうことでしょう?」



ぜんっぜん話が読めない。いや、読むとしたら殺される?え?転生早々に私斬られるの?もしかして君は暗殺者?ちっこいこの子は暗殺者なのか?

青ざめていると、少年が覚悟を決めた顔で口を開く。



「──貴方にプレゼントを届けにまいりました」



一瞬言っていることが理解できなかった。いや、良い意味で。…良いんだよね?

分からないけど、少年は殺すとか物騒な事じゃなくて、郵便役としてやって来たみたいだ。

理解すると、一気に身体の力が抜けた。



こめかみを押さえたいのを堪え、



「…それだけですの?」

「はい。あっ、贈り物はこれとこれです。」

「……。」



上着のポケットからバイオリンらしきもののケース、そして封筒を出した。中に何か入っているんだろうか。



…いや、ちょっと待て。今バイオリンケース何処から出した!?



「…ちょっと聞きたいことがあるのですが。」

「何でしょうか?」

「どう考えてもバイオリンはポケットに入らないでしょう!?」

「秘密です。」



こんの美少年が!可愛いよ!許せちゃうじゃないか!

唇に指を当ててウインクをした少年は可愛かった。破壊力抜群だった。女子かよって感じだ。

…私がやっても多分こうはならないな、うん。



「…ところで貴方は誰ですの?」

「あっ、俺はマリーベル様の婚約者である『イグルイ』様の隠密の一人、『リオン』でございます。イグルイ様の命で今回参りました。」

「nっ…!?」



叫ばなかった私を誰か褒めて欲しい。





送り主がまさか――私の婚約者とは。





しかもこの少年その歳で隠密しているのかよ。相当な実力を持っているのだろうか。

いや、その前になんで直接渡しに来たのだろうか。



どう考えても他の方法があった筈だ。普通に従者に任せて、不本意ながら婚約者をしているのだから、公式に送ってくれば良いものを。なんでこんな誘拐のような手口を使うのか。



頭が痛くてこめかみを押さえる。嘘です頭の中でだけです。そんなことをしたら令嬢として笑われるから。そんなことは流石に私のプライドがゆるさないから。



「…何故このような方法で?」

「今イグルイ様は、国内でとても複雑な立場なので、普通に届けるのが無理でした。なので特別に俺がきたのです。」

「…そうですか。」



頭痛がする。心なしかお腹も痛くなってきた気がする。うぅ、ストレスが…。



「……えっと、ありがとう御座います。とても嬉しいです、と伝えといて下さい。」



私の口から出たのは最低限の世辞。それを分かっているのか、リオンが睨んでくる。



「…マリーベル様、それはダメです。もっと心のこもったオリジナルでお願い致します。」



おい、公爵令嬢にダメ出ししたな?首飛ばしたろか?



「…では…何か手紙でも書きましょう。えぇ、そうしましょう。すぐ書くから待ってて…ってここに書く道具あるの?」



思わず口調を戻してしまった。

なんだその目は。ほらねと言いたげな生暖かい目は。…いや、バレてる君に猫を被るなんて馬鹿だとは少し思ってたけど!?六歳に求めないで!?(精神年齢二十云々)



「はい、どうぞ。」



準備よく出されたレターセットを見る。ついでにリオンにジト目を向けた。



「…こうなる事を予想していたのかしら?」



リオンが噴き出した。…何も突っ込まないでね?



「いえ、常備しているだけです。というか早くしてくれないとマリーベル様の家の人が探しにきてしまいます」

「常備しているの!?…多分ここには来ないわ。誰も屋根裏なんて汚れている場所には来ないでしょう」

「左様ですか。」



乙女ゲーム補正なのか、私の家族は一族揃って最悪の性格をしている。特に兄様は酷い。血も涙もなく、利益で物事を考えるような人だ。

例え私がどうなろうと、それに利点があるのなら死んでしまおうがなんだろうが放置だろう。

ゲームではマリーベルがヒロインを嵌めようとしたところでも、全てを読んでいてマリーベルだけを死にした。



私の推測になるけど、マリーベルがいなくなったら家計が安定、また家の評価も上がるから。

因みに私とは仲が悪い。多分、何も考えていない“マリーベル”と相性が悪かったんだと思う。



それを考えれば、お父様はましな方だろう。

娘の私と息子の兄様を溺愛。私たちが何か不満でもあったら即座に対処。使用人の誰かがクビになるのは日常茶飯事だった。



だったという過去形は、私が告げ口するのをやめたから、そのきっかけすらなくなったから。



ちなみにこれ、ゲームの中と違うんですよ。



ゲームだと私たちを甘やかさず、ずっと放置で好きにさせていたりするのだが…うーん、なんか色々おかしい。私の婚約といい全てがゲームと一緒というわけではないということだろうか。



現実だから?



ただし、こんなバカみたいな家族であるけど、両親を含めて全員とても頭がキレる。

私は転生したことによって変わったが、他の皆様は腹黒という言葉がぴったりだ。



お兄様は先ほど述べた通り、冷酷。

お父様は相手をはめるためにどんな手段も惜しまない。だから相手を躍らせて自滅させることもする。確か去年そんなことがあった。

お母様も、血はつながってないハズなのに様々な仮面を使い分けて上手く人を操っていく。

しかし、私たち子供に…というか全てが興味がないのか。誰ともなれ合いをせず、自身の家から連れてきたと思われる人としか話さない。

だから、屋敷内の人も含め、周りからは孤高の夫人と言われている。



……本当、転生してもこんな境遇ってないな。一回くらいは両親からの愛を――



「マリーベル様?」



リオンの声で我にかえる。

…駄目だ。早く、愛への執着を断ち切らなければ。



「すみません、少しぼーっとしてしまい」

「…なんだかマリーベル様は噂と違いますね」

「噂とは?」

「傲慢、自己中心と聞いておりました。」



こいつ私が公爵令嬢だって知ってるんだよな?遠慮もなしによくも言えたもんだ。…間違ってはいないけれど、

記憶の戻る前の態度はまさにそんな感じだ。



「私の前で言えたのは褒めてあげる。…まあ、その噂は間違ってないわね」

「ですが、私の前に立っているのはまるで別人です」

「間違っていないというだけであっているとは言っていないわ。気にしないでおきなさい」

「分かりました。」



素直でよろしい。



「…っと、書き終わったわ。渡しておいて。」

「承りました。」



お辞儀をする姿はまるで執事だ。正体は忍者…じゃなかった、隠密だが。

思えば私、一度もイグルス殿下に会ったことがないな。誰か場をセットしろよ。やっぱ隣国だと難しいのだろうか。



リオンに抱えられ、再び窓から飛び降りる。音が鳴らないのは何故だろう。物理的法則無視してるよね?



「あっ、俺のことは誰にも言わないで下さい。あと、贈り物のことも」

「…バイオリンを隠すの難しいのですが。というか無理なのですが」

「そこは頑張って下さい。では。」



シュッと飛ぶと、屋根を使って去っていった。えっ、君本当に人間ですか?

呆然とリオンを見送っていたが、取り敢えずその辺にあったベンチに座った。バイオリンケースを持ちながら。



「…これどうしよう。いや、あって困るものじゃ無いんだけど…。えぇ…」



持ってなかったけどさ。無かったけどさ!おかしーだろ。普通プレゼントで送るか?バイオリンを!

……この世界ではよくあることですね。婚約者の間柄なら尚更。さーせんした。



「というか精神がこっちの身体に引っ張られるなぁ。思考は変わらないんだけど。口調が少し子供っぽくなる…」



次から次へと…。休む暇をくれよ。というか何で私に婚約者がいるんだよ。もう訳わからん。



「…………とりあえず部屋に戻るか」



小さな身体では短い距離が長く感じる。六歳ってこんな感じだっただろうか。

…ダメだ。前世のことを思い出すと心が重くなる。思い出すな。考えるな。過ぎたことなら考えないように、脳を操作しろ。



息を吐き、誰もいないか確認をして、屋敷へ入る。どうして我が家なのに警戒せねばならんのだ。

音を立てないように細心の注意を払いながら、絨毯を歩いていく。

あと少し――といったところで、人の気配を感じ取った。



サッサッサ



「!?」



――誰かの足音!?

えっ…ここ隠れられる場所ないんだけど!?



アワアワしていると、数秒とせずに音の主は現れた。



………脚?



視界に見えたのはそれだけだ。



「ヒルディア様?」

「へ?」



顔を上げたら、間の抜けた声が出た。仕方ないよ。誰も私を責めないでくれ。

だって、だって…



陛下の側近がなんでここに居るの!?



その瞬間、追加の情報が頭へと入り込む。



「ヒルディア様?」



頭痛がする。目眩がする。気持ち悪い。

見事に熱の三拍子が揃う。だけど、違う。これは脳が処理しきれていないだけだ。

陛下の側近ーー『ダリオット』に微笑む。



「すみません、体調が優れないので…」



驚いた顔をされる。あれかな?やっぱ態度の差かな?

ダリオット様はチラリとバイオリンケースを見たが、すぐに興味を無くしたように視線を逸らす。

――良かった。何とも思われなかったみたい。



「そうなのですか?お大事にして下さい。本当は伝えることがあったのですが…」

「すみません。」

「いえ、構いません。既に話は公爵様に通していますので、そちらから後に聞いて下さい。では失礼致します。」



丁寧に頭を下げると、扉へと去っていった。

私は息を吐く。



「ふぅ…そうだよね、令嬢がバイオリン持っていたって不思議じゃないもんね。突然現れた人が、これが皇太子殿下から送られたものだってわかる訳がないよね。って早く部屋に隠さないと!」



面倒ごとはごめんだ。

小さく呟き、自室へと入る。



「クローゼットはメイドが見るだろうし…なら、典型的にベットの下?入るかなぁ…」



試しに入れてみる。高さはギリギリで、取り出すのが困難であった。

しかし、これなら誰にも見つかる心配がない。そもそも今後使うのなんて、レッスンが開始されるとき…ざっと三か月後かな。



「うん。当分はここに隠しておこう。」



一人で納得していると、ノックがかかる。

…誰?

疑問に思いながらも、「どうぞ」と通す。



「やぁ、可愛い私の娘!今日はとってもいいお話があるよ!」

「…お父様。」



まさかのお父様参上で御座いました。え?何で?

手を広げてやや芝居くさい台詞は相変わらずだ。これはゲームの中でも変わっていなかった。いつも芝居がかっていて、プレイヤーからは「胡散臭さの塊」というとても素晴らしい評価をいただいていたのだから。

いや、『マリーベル』が処刑されるときは凄い取り乱していたっけ。手駒をなくしてしまう――的な心の内が確か書下ろしストーリーで販売された中にあった。



「…何用でございましょう?」

「釣れないなぁ。ここ最近マリーは変だよ?」



マリーというのは私の愛称だ。そう呼んでいるのはお父様だけだが。

というか暑苦しいな。記憶が戻ってからだとテンションの高さについていけない。



「いえ、少し前の私がどうかしていたのです。で、何しに参りました?」

「やっぱりマリー、おかしいよ。…愛が足りなかったのか?もっと愛せばいいのか?」



いや、それはないです。



思わず心の中でも敬語になってしまった。だって、まだ愛されるとかよくわからない。私には勿体無い物だ。…人殺しの私が愛される資格などないのに。

というかご自分が溺愛するあまりにダメになっていく『マリーベル』を心配しようよ。



「あの、十分お父様が愛してくれているのはわかっています。そういう問題ではなく、私はちょっと痛い子でした。自分を中心に世界が回っているなどおかしい考えです」

「…私はマリーが世界を回していると思うが。」



それもないです。



頭が痛くなってきた。どうしてそう思うのか。たしかに私たちの国は大国だが、同等の国もある。只の令嬢が世界を回している訳がないだろう。

…あっ待って。乙女ゲームの最終イベントを思い出した。ラストイベントだ。確かその内容はーー



マリーベルがラスボスとして君臨してた。



のぉぉぉぉぉぉ!?



「マリーどうしたんだい!?頭でも痛いのか!?すぐに医者を…!」

「いえ、大丈夫です。信じたくない現実を目の当たりにしただけです。」



私は呆れた目でお父様を見る。何を思ったのか、アワアワし始めた。



「そ、そうだ!マリー、今期の新作ドレスが出たんだ。どうだい?買ってやるから機嫌を直してくれ」



その言葉にあぁ、となった。機嫌を損ねたと思ったのだろうが、ただの普通のコミュニケーションだ。断じてこれだけの事で拗ねてなどいない。



それにクローゼットに入りきっていないドレスたちを見ろ、並んでいる量は一つの店を出せるのではないかというぐらい多い。これ以上はいらないって。



「いえ、私はこの量で十分で御座います。」



私が冷静に返すと、信じられないと言う表情をされる。



「マリー、君はそんな子じゃなかったはずだ。もっと我儘を言ってくれ!」



乙女ゲームのスチルが脳裏をよぎる。マリーベルの我儘により他人が傷つけられていく映像に、私は気づいたら叫んでいた。



「そうしたら私はダメな子になってしまいます!!」



…やばい!



言い終わってから口元を押さえる。

思わず怒鳴ってしまった。いくら私を溺愛していても、お怒りになってしまうかもしれない。そうなったら――終わりだ。冷徹な一面を持つお父様が現れてしまう。

恐る恐るお父様を見ると、困惑した表情をしていた。

…良かった。怒っては無いみたいだ。



「…マリー、どういうことだい?どうして君がダメになってしまうんだい?」

「えっと、それは…」



なんて答えればいい?ここは乙女ゲームの世界で、私は甘やかされて育ったせいで、悪役令嬢となっちゃうからって言えばいいの?頭のおかしい子認定されるだけだ。



「マリー、何故だい?」



本当に、分かっていないんだろう。その顔は純粋そのものだ。

なぜそんな戯言を言っているのか気になるだけなんだ。



…なら、正直に言おう。



少し息を吸い、ゆっくりと言葉をつないでいく。



「…ダメな子というのは、傲慢な子です。小さい頃から全てを許容されてしまうと、自分の思い通りに全てがうまくいくと思ってしまいます。私も少し前までそうでした。だけど、それで誰かが傷ついたりするのは違うと思って…えっと、つまり…私は、そんな女性になりたくないのです。」



自分の語彙力のなさが恨めしい。うまく言葉が伝えられない。

どもりながらも伝え切った私を、お父様がじっと見つめる。



……無駄に美形だからすっごい照れる。いや、実の父に恋愛感情なんて抱くわけがないけどさ。…一つ突っ込んではいけないのは精神年齢的には同年代という点か。



お父様が口を開く。
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