紅い月の堕ちる夜 -病み上がりのコペルニクス的転回-

的射 梓

文字の大きさ
4 / 4

4

しおりを挟む
 わたくしの赤い毛がぱさりと落ちていくのを、時が引き伸ばされたようにゆっくりと落ちていくのを見ていましたの。

 トマス様はそのわたくしを、苦しそうに息を乱しながら優しく抱きしめていてくださいましたの。

 トマス様の腕の中は、とてもあったかくて……。
 ようやくわたくしは、抱きしめた罪の重さに気づいて青ざめていきましたわ。

 トマス様のお世継ぎを作れるほど妻になりきれていませんのに、温もりは欲しくて大事な赤ちゃんの素をおこぼしして。
 病気のトマス様を気遣うこともせずに、女なのに欲情してセックスを無理強いして。
 それどころか、魔女のようにまたがって、もだえ苦しむトマス様を……自分がよくなるためにしてしまったのですの……。

「トマス……様……」

「何かな? アスタのお見舞い、とても心地よかったよ」

 胸が苦しくて多分不細工な顔をお見せしているにもかかわらず、トマス様は暖かくほほえみかけてくださって……。
 頭を撫でられるとわたくしは、かえって暗くなってしまったんですの。
 なんてなでがいのない女なのでしょうかしら。

「別れて、頂戴」

「……何?」

「わたくし……女なのにえっちな気持ちを抑えきれないなんておかしいし、迷惑かけてばかりだし、尼寺にでも行ってふさわしい身の置きどころを探すわ。トマス様の元には……いられない……」

 尼寺にでも行って、春をひさいで落ちぶれていくのがわたくしにふさわしい生き様と存じましたの……。
 トマス様以外の男の人なんて……それも毎夜違う相手とだなんて身の毛もよだつけれど、きっとこれは罰なのですわ。
 我慢しきれないほどの情欲を覚えるなんて、神の前に罪を犯したからに違いありませんの。
 神の家からも人の道からも外れてしまって、罪深いわたくしはトマス様のおそばにいてはいけませんの……!

「アスタの乱れた姿を他の男になんて見せてやれるものか。君は絶対に手放さない。どうしても出て行くというなら、縛りつけてでも引き留める」

 トマス様は、痛いくらい強く抱きしめてくださいましたの。

「だってそんなことしたって、トマス様には何の得もないわ」

「得かどうかは僕が決めることで君の考えることじゃない。アスタの絵はとても独創的できつけられるし、ノスタルジックな調度品のセンスだってお偉方からの評判はいい。君は僕にも伯爵家にも必要な人だ」

 調度品の趣味は使用人の方々によるところも大きいし、過去の栄華にすがる懐古趣味の親譲りですのよ。
 それに絵は心に浮かぶまま筆を滑らせているだけで、学ぼうと思っても男社会の画工ギルドには門前払いですもの。

「女が素人絵なんて書いたって、もの笑いの種にしかならなくてよ」

「アスタが絵を描くと僕に笑顔が一つ増える。……言っても分からないなら、体で分かるようにしてやる」

「けれど……ん……!んふ……」

 ぎゅっとその太い腕で抱きしめられてほおに手を添えられ、口づけを交わされましたの。
 唇に割り入れられて口蓋こうがいをまさぐられ、わたくしは目も開けられないくらい火照ほてっていきましたわ。

「ふっ……く……」

「ん……んふぅ……んん……!」

 絡め取られた舌の根に蜜が溜まって苦しくなって、舌先を伸ばすとトマス様のそれに摘まれて引き出されて。
 トマス様はわたくしの舌を舐めとりながら唾液も吸い出しているようでしたの。
 それと同じようにして、わたくしの悩み事もぼんやりしてきて、流れ出ていくようで……。

 トマス様と唇を重ねている間に、どれだけ時が経ったか……まったく感覚が残っていませんわ。
 再び息が自由になったときには、頭の中は真っ白で……いえ、トマス様でいっぱいになっていましたの。

「アスタ、可愛い僕のアストリッド、分かってくれたかい?」

「ええ……」

「僕の病気にはアスタが一番の薬だ。治るまで見舞いに来てくれると嬉しい」

 わたくしは未だ顔の火照りがおさまらないのに、トマス様はただほがらかで……少し、くやしかったですわ。

「君には何の得もないかな? 頭くらいは撫でてあげられる」

 そう言ってトマス様はぽんぽんと頭を撫でてくださいましたの。
 子ども扱いされてるみたいで歯がゆいけれど、でも……トマス様だとうれしく存じてしまうんですの。

「髪型が崩れてしまうから、夕方だけにしてもらっても構わなくて?」

 トマス様はくすりとお笑いになりましたの。

「それでこそアストリッドらしい。そうするよ」

「おやすみなさい」

「お休み。また明日」

 そうしてわたくしは、暖かな気持ちを抱いて眠ることができたのですわ。

  * * *

 だいぶご無理をさせてしまったけれど、トマス様は順調に快方かいほうに向かいましたわ。
 あの日の夜も、治ってからも、わたくしはトマス様のお体がご健勝けんしょうでいらっしゃるようにと祈り続けていましたの。
 もし万が一のことがあったら、修道院に入ってトマス様の天よりの慰めと平安をお祈りするつもりでしたわ。

 けれど、領主とその嫁が入れ違いに倒れてしまったので執務が滞ってしまっていましたの。
 夜になってもトマス様はなかなか部屋にお戻りにならないでいましたわ。
 わたくしは数日ぶりにトマス様と同じベッドの上で寝られると思うと鼓動がうるさくて……。
 開かない扉にじっと耳を向けて、寝ようかと悩んで寝られないでいましたの。

「トマス……様……?」

 ようやく帰っていらしたトマス様は、返事もなさらずに真っ直ぐこちらへ来て……。
 お体は少し桃色に近づいて湯気が立っていたんですの。
 そしてベッドまで来ますと……。
 トマス様は、どさりと覆いかぶさって来たのですわ!

「やっ……んっ……今日は激しくてよ、どうしたの……?」

 胸の上に感じるトマス様の確かな重みが、苦しいけれど暖かくて……。
 普段トマス様は焦れったいくらいなのに今日は性急だから……一気に体が熱くなりましたの。
 少し会えなかっただけで我慢できないっていうくらいに求められるなんて、嬉しくて。
 息をするにも不自由になるほどにきゅんとなって、段々と鼓動が高まってきましたわ……!

 なのに……トマス様の息は次第に安らかになって……。
 目を開けて確かめると、トマス様はわたくしの胸で眠っていましたの。

「可愛いって言った妻を置いて先に夢の国に行ってしまうなんて、仕方のないひとね。……お疲れさま」

 部屋に戻るまで睡魔に耐えて、この胸で安心していただけたのかと思うと、わたくし少し幸せになれたのですわ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

処理中です...