もふもふ浄土は浪の下の都にない

的射 梓

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波とモフモフとわたしの話

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※津波描写があります。苦手な方はご注意ください。



 見わたすかぎり水。水、水、水。
 やっとのことで波の下からはいあがったのに。
 見えるのは遥かかなたの丘と、流されていく家や木や村のなにもかもだった。

「あっ!」

 あまりの風景にすくんでいたら、あっという間に横波にたたきつけられた。
 どっちが上でどっちが下だったかも分からなくなりそう。
 それでも、なんとかまた水の中から逃げだした。
 けどできたのはそれだけ。
 丘はみるみるうちに小さくなっていく。
 
 お母さまは海のかなたにも極楽はあるって言ってたから、そっちに行けるといいな……。

 波に流されてあきらめかけていたら、遠くからすごい勢いで犬が泳いでくる。

(わんちゃんも必死なんだね)

 わたしももう少しだけ、がんばってみようかな。
 そう思ったけど、それは犬じゃなかった。
 犬じゃなくて、犬の耳を生やしたお兄さんだ。
 目の錯覚だったかもしれないけど、波よりはるかに速くこっちに泳いでくる。
 その勢いにのまれて、ただ波に揺られるのをこらえてた。

 お兄さんはついにはわたしのところまできた。
 それどころか、浮いてるだけでいっぱいいっぱいのわたしを水面近くまで抱きあげてくる。

「お前がノノか?」
「うん」
「助かりたいか? ただ、助けられるのは一人だけだ。おまえは孤独になるかもしれぬ。その覚悟はあるか」

 そんなことを聞かれたら、ちょっとたじろいでしまう。

「きゃっ」

 また、ざぱんと大きな波がおおいかぶさってくる。
 なのに、なぜだかその波は真下のわたしとお兄さんにはかからなかった。
 次の波におそわれないうちに、答えた。

「だったら、お父さまを助けてください」
「駄目だ」

 その返事におどろいて、お兄さんの目を見た。
 黒曜石のようなひとみは、きびしいっていうよりどこか悲しそうだった。

「ノノの父親は、自分より娘を救うことを望んだ。その願いは既に聞き届けている。だからあとは、ノノの選択だ」

 しばらく、返事ができなかった……。
 ざぱんざぱんと何度か波がかぶさってくるけど、わたしたちには全然水がかからない。

「お母さんは?」
「安心しろ。既に陸に上がっている」
「そう。じゃあ、お父さまの言う通りにしてください」

 言葉はすっと出たけれど、むねの中でいろいろなことがぐるぐると巡る。

「承知した」



 その津波で沖に流されて助かったのは、わたし一人。


  * * *


「んぁ……!」

 ああ、やなこと思いだしちゃった。あれは十四のころだった。
 わたしは今年で数え十九だから、五年も前の話だ。
 けど昨日のことみたいに覚えてる。やなことも──そうじゃないこともだ。

 寝ているうちに硬くなった手足に、ぐっと力を入れて伸ばす。

「くゎい!」

 まくら・・・が鳴き声を上げながらくねっと動いた。
 体をおこす。わたしより一回りくらい小さいけれど、キツネにしてはずいぶん大きいその子が威嚇していた。
 目つきはよくないけれど、かわいいんだなーこれが。

「そんなに怒らなくたっていいじゃない?」

 もふもふの毛並みにがばりと飛び込んだ。
 ばたばたと体を動かして逃げようとするその子を、ぎゅーっとだきしめる。
 寝ているうちに体が冷えていたのか、その子の体温がぽかぽか伝ってあたたかい。

「くゎいくゎい!」

 かぷっと肩をかまれた。でも、牙は刺さらない。

「ああっ! そこちょうど凝ってたところで気持ちいいや」

 お礼にと、ぎゅうーっと抱きしめ返す。
 その子がバタバタ体を動かすたびに、もふもふの毛並みが肌に波打って気持ちいい。

「くゎいくゎいくゎいくゎい!」

 かぷ、かぷとかまれるけれど牙を立ててきたりはしない。
 ぜんぜん威嚇になってなくって、むしろ心地よかった。

「やったなーこのっ」

 くぁいくゎいと吠えたてるその子を腕のなかにつかまえたまま存分に毛並みをあじわう。
 ふさふさした毛が肌にこすれる感覚がなんともいえない……!
 しばらくばたばたしていたその子も、あきらめたのか大人しく抱きまくらに変わった。
 あきれたような目をしているけれどね。

「あー、気持ちよかった! ぼちぼち帰らないと暗くなっちゃうな。やさしいお兄ちゃんたちが待ってるし、じゃあ、またね」

 腕の中からその子を解放する。
 そしたらその子は、ぷいと顔をそむけて森の奥へそそくさと歩いて行ってしまう。

「じゃあねー!」

 そっけないなーと思うけれど、この森にくればきっとまた会えると思うからべつに寂しくは、ない。

 森の奥でくぉーんと呼ぶのが聴こえた、気がした。

(はぁ、帰りたくないな……)
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