ぼくらのトン太郎

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 次の日。
「おい、大輝。お前の家の豚、まだ殺されてないのか?」
中井くんがまた、いじわるそうに笑って言った。
だけどぼくは、昨日とはちがう。だって、家畜保健衛生所のお兄さんからちゃんと教えてもらったから。豚コレラはどんな病気なのか、どうして病気になってしまった豚は殺されるのか、そして、そのお仕事は人と動物が元気に生きていくために、とっても大事だということ……。だから、ぼくはこぶしをぎゅっとにぎりしめて、中井くんをキッと見つめた。
「トン太郎は殺されたりしないよ。だって、ぼく、ちゃんとトン太郎を飼っているんだから」
「はぁ? ちゃんと?」
中井くんはぼくの言うことが分からない、というふうに顔をしかめたけれど。ぼくは、はっきりと言った。
「家の中できれいに飼っているかぎり、トン太郎は絶対に豚コレラになったりしないんだ」
ぼくは、昨日お兄さんから聞いたことを中井くんにしっかりと説明した。
豚の仲間のイノシシが豚コレラにかかること。そのイノシシが近づくと豚にもうつってしまうこと。だけれども、イノシシが近づいたりしない所できちんと飼っていたら絶対に豚コレラにはならないし、もちろん、殺されたりしないこと。
すると、自信まんまんに説明するぼくにおどろきながらも中井くんは口を開いた。
「でも、コレラなんだし、人にもうつるんだろ? もし万が一、豚コレラになったら自分も死ぬんだし、そんなあぶないの、殺してもらった方がいいんじゃ……」
「豚コレラは人にはうつらないわよ」
あかりちゃんのりんとした声が、中井くんの言葉をさえぎった。
「豚コレラは豚かイノシシにしかうつらない。私たちがうつって死んだりはしないわ」
「じゃ……じゃあ、どうして病気の豚を殺すんだよ?」
あかりちゃんの言葉にたじろいだ中井くんに、ぼくもしっかりと説明した。
「元気な豚を守るためだよ」
「守るため?」
「そう」
ぼくはうなずいた。
「家畜保健衛生所のお兄さんたちは、元気な動物を守るために、あぶない病気にかかった動物をしかたなく殺すんだ。悲しいこと……こわい病気にかかったり、動物がたくさん死んでしまったり、ぼくたちがこわくて不安になったりすることを終わらせるために」
ぼくの頭の中では、昨日、お兄さんから伝えてもらった言葉がくりかえされて……そして、豚コレラにかかってしまった豚の写真も思い出していた。それは、ぼくの目もじんわりとなみだでにじませて。悲しいことは終わらせなくてはならない……お兄さんのその言葉が、ぼくの口からしっかりと、熱をもって出た。
「なんだよ……豚なんて、どうせ食べるものなんだし、殺してもどうってことないだろうがよ」
中井くんはばつが悪そうにそんなことを言って。すると、浩介くんが中井くんをにらみながら口を開いた。
「それなら、中井。今日、大輝の家に行って、トン太郎に会ってみろよ」
「はぁ?」
「お前、トン太郎に会ったことないだろう。会ってみたら、すごくかわいいぞ。それに、お前が思っているより、ずっときれいだし」
「ったく……分かったよ。トン太郎ってのに、会ってやるよ」
中井くんはほっぺをふくらませて、きげん悪そうにそう言った。
そう言えば、中井くんはトン太郎を見たこともなかったな……だから、ミニブタってどんなのか、全く知らないのかも知れなかった。

「これが、お前のトン太郎……犬みてぇじゃん」
トン太郎を見た中井くんは口を開くなりそう言って……それを聞いたぼくたち三人は、吹き出した。
「トン太郎、犬みたいだって。ちがうって、言いなよ」
ぼくがそう言うと、ソファーにねていたトン太郎は、めいわくそうにむっくりと頭をもちあげてこっちを見た。
「あ、でも、やっぱ豚だ。何か……おれの母ちゃん、そっくり」
「あ、今度はそれ、お前の母ちゃんにひどくない?」
浩介くんがそう言うと、中井くんも吹き出して……いじわるを言っていたのがうそのように、四人でトン太郎をかこんで声を出して笑った。

「さぁ、トン太郎。大根を探しておいで」
ぼくたち四人は庭に出て、いつものようにトン太郎と宝探しゲームをした。
トン太郎は鼻をひくひく、地面に近づけて探して……大根をうめた場所を探し当てると、鼻を使ってほりかえした。
「ミニブタって、鼻で地面をほるんだな」
中井くんは、そんな動物は初めて見たようで。うでを組んで、感心していた。
「そう。トン太郎は小さい時から、鼻で地面をほるのが大好きだったんだ」
「へぇ。こいつにも、小さい時があったんだ?」
「うん!」
ぼくはそう言って、ぼくとトン太郎が小さい時のアルバムを取り出した。

「うわっ、これがトン太郎? こんなに小さかったんだ?」
「本当だ、可愛い! それで、この小さい子が大輝くん?」
「うん! トン太郎はぼくが三歳の時にうちに来たんだ。お父さんが変わった動物が好きで、一人っ子のぼくの兄弟分の代わりに誕生日に連れて来たんだって。お母さんは、ミニブタにばい菌がついてないかって心配して、反対したみたいだけどね」
ぼくがそう言って笑うと、中井くんもばつが悪そうに苦笑いした。
「おれも、それは心配だったんだけどな」
「でも。ミニブタはきちんと清潔に飼って、ぼくたちもさわった後にはちゃんと手を洗ったら、全然そんなこと心配ないんだ。それに、ホント、かわいいし。ぼくはトン太郎を弟のように思ってる」
ほりあてた大根を口をもぐもぐと動かして食べるトン太郎を見て、ぼくは目を細めた。

トン太郎を家に上げてやって、いつものようにブラシをかけてやった。今日は中井くんにもやってもらって、トン太郎は気持ち良さそうに目をつぶっていた。
「なぁ、大輝……」
中井くんはそんなトン太郎からぼくに目を移して、すまなさそうにまゆをグッと下げた。
「ごめんな」
「えっ?」
「お前にとっては、このトン太郎が弟みたいなものだったんだよな。それなのに、あんなことを言ってしまって」
「気にしなくていいよ。確かにとってもつらくて悲しかったけど……中井くんがこうしてトン太郎に会って。こんなにかわいくて、決してこわい病気になんかなっていないって分かってくれたら」
ぼくがほほえむと、中井くんは少しはずかしそうに頭をかいた。
「おれ、大輝がうらやましかったんだ」
「うらやましかった?」
「ああ。おれ、大輝と同じく一人っ子でさ。ペットも飼ってなくて。でも、大輝はおれと同じで一人っ子なのに、いっつもトン太郎のことを学校でうれしそうにしゃべってて。そのことで、まわりに友達もたくさんできて。だから、豚コレラがニュースになって、病気がこわかったのもあったけど。つい、いじわるを言ってしまったんだ」
そう言って、中井くんはうつむいた。
そうなんだ……中井くんも、一人っ子だったんだ。兄弟もいなくて、ぼくみたいにトン太郎もいなかったら、さびしかったにちがいない。クラスの大将でちょっとこわいと思っていた中井くんを、何だかちょっと近くに感じた。
だから、ぼくは中井くんににっこり笑った。
「中井くん。明日からも見に来てよ、トン太郎」
「えっ、本当に? いいの?」
中井くんの目がかがやいた。
「うん。こいつ、トン太郎もよろこぶよ」
「おぅ……大輝、ありがとうな」
まどからさす夕陽に照らされた中井くんのほっぺたは少し赤かった。
そんなぼくたちを見て、浩介くんもあかりちゃんもにっこりと、白い歯を見せてうれしそうに笑っていた。
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