僕は遠野っ子

いっき

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二.オクナイサマ

二.オクナイサマ

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「おぉ、颯よ。よぅ来たな」
久しぶりに会うおじいちゃんは、やわらかく笑って僕たちを出迎えてくれた。僕はおじいちゃんのこの笑顔が大好きだ。
「うん。そう言えば、おじいちゃんが僕の家にまで来てくれたことはあったけど、僕がおじいちゃんの家に来たことはなかったね」
僕はおじいちゃんだけが住むには広すぎるくらいの家を見回して、探検してみた。
おじいちゃんの家は、木でできた、一階建てのとっても大きな家で、部屋は居間と客間を合わせると和室が五つあった。そして、縁側も長くて広々としていて……僕は、『サザエさん』の家を思い出してしまった。
その和室のうちの一つで、僕は真ん中に穴の開いた白い布をかぶせられた、木の像がまつられているのを見つけた。

「おじいちゃん。これ、何?」
僕は見たこともないその像を不思議に思って尋ねた。
「あぁ、それかい。それは、『オクナイサマ』じゃよ」
「オクナイサマ?」
おじいちゃんはうなずいた。
「オクナイサマはな、この村の神様なんじゃ。この村のみんなを見守ってくれているんじゃよ」
「神様……」
僕はここに来るまでは、神様が本当にいるとは思えなかった。いると言ってまつられてても、一回も見たことがないからだ。
だけど、ここに来る時にすでに不思議な体験をして。神様の使いの白鹿に会って。絶対にこの遠野は神様に守られているんだ……僕はそう、確信していた。


次の日の朝。僕はこの村の小学校に登校した。
「みなさん。今日から新しいお友達が増えますよ。近田 颯くんです。みなさん、仲良くして下さいね」
担任の新田先生がにっこりと笑って僕のことを紹介してくれた。
「近田と言います。よろしくお願いします!」
全然知らない学校で、不安も大きかったけれど。僕はできるかぎり、元気な声で自己紹介をした。

僕が転校した小学三年生のクラスメイトは全部で十人で、僕が入る前は男子と女子が丁度五人ずつ、もちろん、一つの学年にクラスは一つだけだった。僕が前にいた学校は一つの学年にクラスは三つあって、そのそれぞれに生徒は三十人くらいいたので……前の学校とは大違いだった。

「それじゃあ、近田くん。あそこの机……空いている席があなたの席になります」
「はい!」
元気に返事して、その席に着いた。
僕が入ったことで、そのクラスは男子六人、女子五人の十一人クラスになった。

「近田くん。颯って呼んでいい?」
休み時間にクラスの男子に声をかけられた。
「うん、もちろん! 君は、えーと……」
「中島 滋(しげる)。滋って呼んでくれ」
滋くん……この学校で初めてできた友達。それ以外のみんなも優しそうで、いい感じの子たちで。僕はホッと、安心した。

「なぁ、颯。学校終わってから、俺たちと河童淵で泳がない?」
「えっ……」
僕は一瞬、固まった。
「どうしたん?」
滋くんは僕の様子に、不思議そうな顔をした。
「あ、ご、ごめん。僕の家、引越してばかりでまだ全然かたづいてなくて。また落ち着いたら、一緒に泳ぎに行こう」
僕はそう言って、滋くんたちをどうにかごまかした。

「泳ぐ……かぁ」
家に帰った僕は縁側に座ってぼんやりと庭を見ていた。僕は泳げない。前の学校でも、何度も水泳の授業はあったけれど……やっぱり、ダメだった。
でも……泳げないなんて言うと、折角できた新しい学校の友達が離れて行ってしまいそうで。僕はどうにかして泳げるようになりたかった。
そんなことを考えて、ぼんやりとしていた時だった。

「どうしたんだい?」
いきなり声をかけられた。
そちらを見ると、僕と同じくらいの年の男の子がいつの間にか庭の石灯籠のあたりに立っていたのだ。その格好はちょっと変……首から穴の開いた白い布だけ一枚かぶったような格好で。僕は思わず、笑ってしまった。
「あー、どうして笑うんだよう」
「ごめん、ごめん。君は?」
「おいらはクナイ。お前は颯だろう?」
「えっ、どうして僕の名を?」
「おいらはこの家のことなら、なーんでも知ってるんだ」
クナイという、その不思議な男の子は得意そうな顔をした。
「それで、何かぼんやりしてたけど、どうしたんだい?」
「うん。それがね……」
僕はクナイに話した。今日、新しい学校でできた友達に泳ぎに誘われたこと。けれども、自分は泳げないこと。
するとクナイは、フフンと鼻をすすった。
「なぁんだ、そんなことか。そんなら、練習しろよ。おいらが教えてやるからさ」
「えっ、本当? 教えてくれるの?」
「あぁ。おいらが教えてやったら、三日でお前のクラスの誰よりも泳ぎが上手くなるさ」
「本当に? ありがとう、クナイ!」
心強い味方ができて、僕はホッと胸をなで下ろして喜んだ。

「河童淵は上級者向け。お前のように泳げない子はまずは、この蛙淵で泳ぎを練習するのさ」
「そうなんだ」
僕は服を脱いで蛙淵に入った。水は冷んやりと冷たくて、金色の太陽の光がギラギラと差す午後どきには心地良かった。この蛙淵は水はお腹くらいまででちゃんと足もつくし、確かに安心して練習できそうだ。
「じゃあ、まずは、水に浮いてみな」
「う……うん」
僕は水に浮こうとしたが……ずぶずぶと沈んでいって、おぼれそうになった。
「ちがう、ちがう。変な力が入っているから、沈むんだって。おいらを見てみろよ」
クナイはまるで、木の棒か何かのように水にぷかんと浮いてみせた。
「す、すごい……」
「お前はまずは、水を怖がらないことだな。さぁ、おいらの手につかまりな」
「えっ、わっ……」
クナイは僕の手をつかんで、スイスイとまるで蛙のように上手に泳いだ。
それは全然怖くなくて、楽しくて。僕はまるで、自分がクナイのように上手に泳いでいるような気分になった。
「じゃ、また、明日な! 明後日にはおいらみたいに上手に泳げるようになるからな!」
「うん! ありがとう、クナイ!」
 信じられない……僕がクナイのように泳げるようになるなんて。でも、クナイに教えてもらったら、本当に泳げるようになるような気がした。

次の日も僕は友達には「明後日には家が片付くから」と言って、クナイに泳ぎを教えてもらいに行った。その日もクナイに手を引かれてスイスイと泳げて、僕一人でも少しだけど泳げるようになった。

そして、その次の日。
「さぁ、颯。泳いでみろ」
お決まりのレッスン……僕の手を引いて蛙淵をスイスイと泳いだ後、クナイは頭に緑色の藻を乗っけて淵辺に立ち、ニカッと笑った。
「うん!」
僕は蛙淵で泳いだ。まるで蛙のように、スイスイと。泳いでいる時の感覚で分かる。僕は以前……ここへ来る前とは別人のように、泳げるようになっていたのだ。
「やった! クナイ。泳げるよ、僕! 泳げるようになったんだ!」
僕は大喜びで足を淵の底に着けて、クナイの方に向いた。
しかし……さっきまで頭に藻を乗っけて淵辺にいたはずのクナイはいなくなっていて。脱いで置かれていた、穴開きの布も一緒に無くなっていたんだ。

「颯。今日も、泳ぎに行くぞ!」
「うん!」
あの日以来、僕は滋くんたちと一緒に河童淵へ泳ぎに行けるようになった。
初めて一緒に行った時はみんな、目を丸くして。
「すごい……都会っ子の颯がこんなに泳げるなんて思わなかった」
と言ってくれて、僕は得意な気分になった。

だけど、謎なのはクナイの正体。一体、誰だったんだろう?
そう思っていた、ある日のことだった。
「ありゃ、オクナイサマ。泳ぎにでも行かれたのですか?」
久しぶりに神様のお体のお手入れをしていたおじいちゃんが、すっとんきょうな声を上げた。
僕はそのオクナイサマを見てはっとした。
「クナイ……」
そのオクナイサマの木像は頭に干からびた藻を乗っけていて……まるで、あの日のクナイだったのだ。
「あれ、颯。何か心当たりがあるのかえ?」
「ううん。クナイ! 本当にありがとうね!」
不思議そうな顔をするおじいちゃんの横の僕に、オクナイサマはあの日のクナイのようにニカッと笑ってくれていた。
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