僕は遠野っ子

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三.河童のリコちゃん

三.河童のリコちゃん

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夏休みももう間近になっていた。
僕はクラスメイトの男の子たちにもうすっかり馴染んで、放課後は毎日のように河童淵へ泳ぎに言っていた。
「颯。競争だぞ! 向こうの瀬までだ!」
「うん!」
僕と滋くんの泳ぎの競争ももう毎日のことになっていた。滋くんは僕たちの中でも一番泳ぎが上手だけれど、時々僕に負ける。それが、くやしいみたいだ。
「よーい、ドン!」
僕たちは、いくつもある淵の中でも一際大きくて深い河童淵をスイスイと泳いだ。
しかし、淵の真ん中くらいまで泳いだ時。後ろの方で、不意に『ポチャン』って音がして、僕たちの横をさらに速くスーイスーイと誰かが泳ぐ気配がした。
そして……見る見るうちに、僕たちが目指していた瀬に一人のお姉さんが泳ぎ着いたのだった。
「あんたたち、遅い、遅い」
そのお姉さんはまだ泳いでいる僕たちを見て、カッカッカと豪快に笑った。

「あの……お姉さん。どうでもいいことですが、服を着て下さい」
そのお姉さんは小学五年生くらいだろうか……なのに、何も考えずにすっぽんぽんで。僕たちは目のやり場に困った。
「あぁ、そんなの、大丈夫。私、全然気にしないから」
「いえ、お姉さんが気にしなくても、僕たちは気にするんです」
滋くんも真っ赤になって、向こうの方を向いていた。
「何よ、あんたたち。おませさんね。小学三年生のくせに」
「えっ、どうして、僕たちが小学三年生って?」
すると、彼女はニーっと白い歯を見せた。
「分かるわよ、そんなことくらい。それよりさ、私は『お姉さん』って名前じゃないわよ。リコって名前がちゃんとあるんだから」
「そうなんですか。リコさんって、五年生くらいですか?」
「まぁ……そんなところかしら。そんなことより。別に、さん付けでなくていいわよ。リコちゃんの方が言われ慣れてるから、私」
「はぁ……」

向こうでは僕たち以外の四人が泳いで遊んでいたが、僕と滋くんはしばらく、その瀬でリコちゃんの相手をしていた。僕の隣の滋くんは、真っ赤になっていて……何だか、いつもと様子が違っていた。



次の日の学校。
「なぁ……颯。俺、何だか変なんだ」
物思いにふけっていた様子の滋くんは、ぼんやりと僕に声をかけた。
「えっ、変?」
「昨日、あの人に泳ぎでスイーって抜かされてから、何だかこう……胸の奥がドックンドックンと鳴って、痛くて」
「あの人って……リコちゃん?」
「しっ! 声が大きい!」
僕は滋くんに注意されて……ハハン、と納得した。そうか、滋くんが昨日、どこか様子がおかしかったのは、そういうことだったんだ。
「そういうことなら……小学五年生の教室に、会いに行こう!」
「えっ、いや……どうして、そうなる?」
僕は真っ赤になって恥ずかしがる滋くんの手を引いて、小学五年生の教室をのぞいてみた。
しかし、そこにはリコちゃんの姿はなくて……念のために小学六年生の教室にも行ってみたけれど、やはりいなかった。
「あれ、違う学校なのかなぁ」
とは言っても、この辺に小学校はここくらいしかないけれど。僕たちは不思議に思いながら、その日も河童淵へ行ってみた。

「さぁ、あんたたち! 今日はおすもうをとるわよ!」
河童淵の岸辺には今日もリコちゃんがすっぽんぽんでいて、滋くんはトマトのように真っ赤になった。
「いや……おすもうよりも、まず。リコちゃんは、服は持ってないんですか?」
「服? そんな面倒なのは着ないわよ。それより、おすもうよ。ほら、そこのあなた。相手しなさい」
「えっ、いや、ちょっと……」
リコちゃんは、今日は余程、おすもうを取りたい気分だったのだろうか。
滋くんの手を引いて土俵に上げたと思いきや、即座に彼を投げ飛ばした。

 翌日。滋くんは、メソメソしていた。
「颯……俺、格好悪いよ。泳ぎで負けただけじゃなくて、すもうでもボロボロで……」
それは、初めて見る彼の姿で……恋の病って、人をこんなに変えてしまうんだ。僕はしみじみとそう思った。

 その日は学校はいつもより早く終わったけれど、滋くんは元気なくまっすぐに家に帰ってしまった。
僕はいつもより早い帰り道……自然に河童淵へ足が進んで寄り道してしまった。

太陽がギラギラ輝く真夏でも河童淵はどこか、冷んやりとした空気が流れていて、岸辺の青々とした草はまるで淵に向かってお祈りしているように曲がっていた。そんな淵を、誰かがスーイスーイと泳いでいた。
「リコちゃん?」
しかし……瀬にたどり着いて水から上がった姿を見て驚いた。その体は緑色、頭にはお皿、口にはクチバシがついていて。
「河童……」
そう……その姿はまさに、河童だったのだ。その河童は呆気に取られる僕に気付くと、シダの葉っぱで自分の頭をなでて……リコちゃんの姿になって、チラッと舌を見せた。
「あっちゃー。バレちゃった」

僕はリコちゃんと並んで河童淵の岸辺に座っていた。
「そうか……リコちゃんは本当は河童だけれど、河童淵で遊ぶ僕たちと一緒に遊びたくなって、女の子に変身したんですね」
普通は信じられないことだけど……僕はもう、そんなことでは驚かなくなっていた。
「そうね。でも……バレてしまった以上はもう、一緒に遊ばない方がいいわよね」
リコちゃんは寂しそうに笑った。でも、僕はあわてて言った。
「いえ、大丈夫ですよ! 僕も……きっと、滋くんも、こういうことには慣れてるんで」
そう……遠野っ子だったら、こんなことはしょっ中体験しているだろう。僕はそう、確信していた。
「えっ、いや、でも……」
「兎に角! 僕の相方の滋くんも会いたがっているので、これからも遊んで下さいね!」
僕はリコちゃんと約束をした。

 次の日。
「颯……何だ、そのキュウリ?」
やはり元気のない滋くんは、僕の持って来た沢山のキュウリを見て首をかしげた。
「これはね、リコちゃんへのプレゼント!」
「えっ……リコちゃん?」
その名前を聞いた途端、滋くんの顔は真っ赤っかになった。
「そう。リコちゃん、キュウリが好物なんだってさ。滋くんの手から、プレゼントしなよ!」
「えっ、いや、でも……」
「リコちゃんは強い人よりも優しい人が好きなんだって!」
僕はそんなことを言って、滋くんを河童淵へ連れて行った。

「まぁ……キュウリ。それも、こんなに沢山……」
リコちゃんは滋くんの渡したキュウリを見て、目を輝かせた。
やっぱり、思った通り……リコちゃんは河童だから、キュウリが大好物なんだ。僕はクスッと笑った。滋くんはリコちゃんに、しどろもどろに話した。
「あの……これからも、泳ぎとか、すもうとかで負けたら、キュウリを持って来ます。だから、その……これからも、競争とか相撲とか、一緒にして下さい」
「もちろん、喜んで!」
早速キュウリをほおばりながら、リコちゃんはにっこりと笑った。

そんなリコちゃんの笑顔に幸せそうに笑う滋くんを見ていて……リコちゃんの正体は、滋くんには当分は言わないでおこう。僕はそう思った。
遠野の夏休みは、もうすぐそこまできていた。
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