僕は遠野っ子

いっき

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四.オット鳥

四.オット鳥

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夏休みの遠野っ子は山で遊ぶのが日課だ。
「おーい、颯! 今日も山へ行くぞぉ!」
「うん、待ってて!」
朝、滋くんが僕を呼んでくれるのも日課になっていた。外へ出る支度をしている僕を見て、お母さんがにっこり笑った。
「颯。いいお友達がたくさんできて、良かったわね」
僕はそれに、笑顔で答えた。
「うん! それにね、ここに来てから一回もぜんそくにならないんだ」
そう。僕は遠野に来てから、見事にぜんそくの発作が治まった。
それは空気がきれいだからだったけれど、何だか、この遠野という土地自体が僕を守ってくれているような気がした。
引っ越してきてまだ間もない僕だけど……ここ、遠野が大好きになっていたんだ。
 山に登って自然薯を掘ったり、川に入って魚を捕ったり、滋くんと一緒に、河童淵のリコちゃんに会いに行ったり……僕達の夏休みはそんな調子で過ぎて行った。
そんなある日の夕暮れ時……山の向こうできれいな赤い夕焼けが輝いていた時のことだった。
「オットーン、オットーン」
その悲しげな鳴き声が僕の耳に響いた。
「あれ?」
僕が立ち止まると、滋くんは振り返った。
「颯、どうかしたか?」
「いや……何か、悲しそうな鳴き声が聞こえたから」
「悲しそうな鳴き声?」
「うん。オットーン、オットーンって」
「俺には聞こえなかったけど? 空耳じゃね? それよか、早く帰らないと。すぐに暗くなるぜ」
「うん……」
 僕はその日、家に帰ってもあの鳴き声が耳から離れなかった。
まるで誰かを探しているような鳴き声……何かの鳥の鳴き声だろうか? 気になって、寝床に入っても中々寝つかれなかった。
その時だった。
「オットーン、オットーン」
庭の方から、その鳴き声が聞こえてきたのだ。それはとっても寂しげで、僕の心に響く鳴き声で……僕は庭に出ずにはいられなかった。

その日は大きな満月が輝いていて、夜中だというのに辺りがよく見えた。
「オットーン、オットーン」
僕は満月の明かりを頼りに、その声のする方へそっと歩いた。
すると……
「おっとん、おっとーん」
松の木の下で、着物姿の女の子が手を目に押し当てて泣いていたのだ。
「どうしたの? どうして、泣いているの……」
そう声をかけて彼女が顔を上げたとたん……僕の胸はドクンと鳴った。ぱっちりとした大きな目に長いまつげ……白い月明かりに照らされた彼女はとっても可愛かったのだ。
「話を……聞きたいな」
僕たちは縁側で、となり同士で座った。

「そう……おっとんを探してるんだ」
彼女は長者の娘で、よその長者の息子ととても仲良くなった。その息子とは将来、結婚するという約束までして。『おっとん(夫)』と呼ぶほどの仲だった。
だけれども、ある日、二人が山で遊んでいると、おっとんはいなくなってしまった。夕暮れになっても帰って来ず、彼女は必死で探し回ったけれども、見つからなかった。
その日以来、彼女は毎晩、夜中になると「おっとーん」と呼び続けているのだそうだ。

「えぇ。私……もう一度でいい。おっとんに会いたくて……」
彼女はそのきれいな瞳に涙をにじませて。僕はそんな彼女を見ていると、胸がギュッと苦しくなった。
何だろう、この気持ち……。
僕は初めて感じる気持ちだった。
けれども、彼女がおっとんのことを想って泣けば泣くほど、僕は胸が苦しくなったんだ。

「僕で良かったら……」
僕はそっと、口を開いた。
「一緒におっとんを探すよ。だって、どうしても見つけたい……大切な人なんでしょ?」
すると、彼女は少し目を丸くして僕を見た。そして……その目を細め、悲しげに微笑んだ。
「ありがとう。優しいね。でも……」
彼女は夜空に輝く満月を見上げた。
「私もね、本当は分かっているの。おっとんはもう、この世にはいないって。でも……夜中になると、どうしても寂しくなるんだ」
そう言って、僕にそっと寄り添った。
「あなた、おっとんと同じにおいがする。もう二度と会えない、大好きなおっとんと……」
僕はそんな彼女に胸がドキドキと高鳴って……顔がカァーっと熱くなった。
何か話そうとするも、何も浮かばなくて……けれども、僕は彼女に名前を聞いていなかったことに気がついた。
「ねぇ、あの……名前、聞いても」
僕がそこまで言った時だった。
突然、遥か彼方……満月に向かって一羽のミミズクが飛び立つのが見えた。
そして、僕の隣にいた彼女はいつのまにか、姿を消していたのだ。



夏の夜中になると、毎晩……僕の耳にはその鳴き声が響いた。
「オットーン、オットーン……」
それは、決して会えない人を想う、寂しげな鳴き声。
その鳴き声が聞こえるたびに、僕は彼女のことを思い出して胸が苦しくなった。彼女の想いも切なかったけれど……それは、ひと夏の淡い恋を知った苦しさかも知れなかった。

だけれども、その鳴き声は初めて聞いた時よりは少し……ほんの少しだけ、優しさと温かさを帯びている。僕はそんな気がした。
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