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紅&克也編~1~
◇
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土曜日の昼。紅はいつもにも増して張り切っていた。
「服は……あいつのことだからきっと、大人しめがいいわよね。二時まであと二時間あるし、メイクも気合入れないと!」
だって……気になるあいつと、初めてのお出掛けなんだから。そんなことを考える紅に、どんどんやる気がみなぎっていた。
でも……
「あいつの目には、私ってどう映ってるんだろう……」
そう呟いて……ドレッサーの鏡に映る紅の顔は不安げに曇った。
ルックスには自信を持っていた。子供の頃から、誰に会っても可愛いとか、綺麗だとか言われたし、何度も男子に告白されてきた。それに、あの日……男達から助けてくれた時も、別れ際、あいつも自分のことを「めちゃくちゃ可愛い」って言ってくれた。だけれども……
「普段のあいつって、何考えてるのか、全く分かんないのよね……」
そんな独り言と共に、紅は溜息を吐いた。
そう……普段、紅の目に映る克也はいつでも勉強ばかりやっていて、他のことに興味ないように見えた。前日だって。もし少しでも自分に気があるのなら、教室で発した言葉が少しでも聞こえていたのなら、その真意を確かめてきても良さそうなものなのに、結局、何も聞いてこなかった。
「私……空回りしてるかな」
鏡に向かってメイクをしながら、そう呟いていた時だった。
「わぁ……お姉ちゃん。どうしたの? めっちゃ、綺麗……」
後ろで、妹の凛(りん)が感嘆の声を漏らした。小学五年生になる妹は、紅に似てとても可愛らしいが、見る目も確かで、彼女が綺麗と言ったら大体は誰が見ても綺麗だ。
だから、紅もテンションが上がって。後ろの妹ににっこりと微笑んだ。
「そうよね、凛! ありがとう。これで惚れてくれなかったら、あいつ、余程の変人よね!」
「え? う、うん」
状況が掴めていない凛は不思議な顔をしたけれど……紅は上機嫌でメイクを続けたのだった。
*
二時十分前。街灯の下で佇む克也を見た紅は、その私服姿に少しドキッとした。髪型と眼鏡は相変わらず暑くさかったが、涼しげなポロシャツにすらっとしたジーンズ……こいつ、私服のセンスはさほど悪くないらしい。
それに、十分前だというのに、まるで待ちぼうけたみたいにぼんやりしてるし……こいつ、一体何時間前に来たんだろう?
そんなことを考えると、紅は思わず吹き出した。その瞬間に克也がこちらを見て、目が合って……彼の頬は、途端に赤く染まったような気がした。
「よ! 克也。早いじゃん!」
「い……いや、僕も今来たばかりだよ」
ボーイッシュに挨拶した紅は、見え透いたうそをつく彼に、またもや吹き出した。そんな紅に、克也は安心したように顔を綻ばせる。
「で、今日はどこに?」
「まずは、髪だね、髪」
「髪?」
「そ! その暑っくるしい髪を切って、爽やかにすんの!」
片目を瞑ってウィンクする紅に、克也は目を丸くした。
「えっ、本当に?」
「当たり前じゃん。さぁ、行くわよ! 私の行きつけの美容院」
そう言って、紅は自然に克也の手を握ってグイグイと引いた。
それは本当に自然な流れで……暫しの間、気付かずにそのまま手を握っていた。だけれども、自らの手にじんわりと伝わる温もりに気付いた途端、紅はまるで弾かれたように、その手を放した。
「紅……?」
「あ……あぁ、ごめん。兎に角、付いて来て!」
真っ赤な顔をした紅は、不思議そうな顔をする克也にさらっと言って、そのままツイツイと歩いた。
(全く……こんなに変に意識して、どうするのよ)
紅はドックン、ドックンと高鳴る胸を押さえながらひたすらに歩いた。
手を握ったくらいで、こんなにドキドキするなんて……こいつも別に何とも思ってなさげなのに、変に思われたかも知れない。
兎に角、胸の高鳴りが彼に聞こえないように早歩きに歩いているうちに、二人は行きつけの美容院の前に着いた。
「……ここよ」
『Le'mage』という名のその小さな美容院は、小さなカーネーションが飾られていて青く彩られた外装も可愛らしく、髪を切ってくれるお姉さんも優しくて、紅のお気に入りの店だった。ここなら、気になるこいつを爽やかに変身させてくれる……そう。もう誰も、克也のことを『キモい』なんて言わなくなるだろうし、きっとクラスにも溶けこんでくれる。
そう思って、前日、急遽予約したのだった。
「お姉さん! こいつを飛び切り、爽やかにしてやって」
気を取り直し努めて明るく振る舞う紅と、おずおずと彼女に付いて入って来た克也を見て、美容師のお姉さんは目を丸くした。
「あら、紅ちゃん。男の子連れて来るなんて初めてじゃん。その子、誰? 彼氏……」
そこまで言ったお姉さんは克也をよく見て……少し首を傾げた。紅はそんなお姉さんの反応に、苦笑いした。
「だから……私の彼氏に見えるくらいに。こいつをカッコよくしてやってよ」
そんな紅に、お姉さんはクスっと笑って。
「了解~! ほら、あなた。ここに座って」
克也をスタイリングチェアに座らせたのだった。
「すごい! これが、克也……」
『出来上がった』克也を見て、紅の口から漏れた。
ナチュラルショートに仕上げられた髪は、以前のもっさりとした感じとは打って変わって爽やかで。見た目に清潔になった彼は、特徴のある大きな目がとても綺麗で、どこから見ても好青年だった。それに、前髪で顔を隠していない彼は堂々と、自信に満ち溢れているように見えて……正直、こんなに変わるなんて思ってなかった。
「どうかしら? 気に入った?」
「すごい、すごいよ。克也、めっちゃカッコ良くなった!」
つい、克也よりも先に大声で答えてしまって……紅は真っ赤になって口を噤んだ。そんな紅を見て、お姉さんはにっこりと優しく微笑んだ。
「そっか、紅ちゃん。この克也くんのことがよっぽど好きなんだ?」
「えっ……?」
「ち……違う、違うわよ。変な誤解しないで! 私はただ、クラスでキモがられてるこいつが溶け込めるようにって……」
少し赤くなってきょとんとする克也と、さらに真っ赤になって焦って否定する紅を見て、お姉さんは思わず吹き出した。
「はい、はい。分かった。紅ちゃんは本当に、御世話焼きね」
「うー……もう、そういうことにしとく。次行こう、次、克也」
「あ……ごめん。お代、まだ払ってない」
「もう! さっさと払え!」
少しとぼけた克也と、しっかり者の紅。
それは、幼い頃から紅を知るお姉さんにも、とってもお似合いに見えて。
(紅ちゃん。幸せになりなよ)
お姉さんは、店を出る二人を見ながらそっと柔らかく微笑んだ。
「なぁ、紅。次って、どこに……」
気弱そうに尋ねる克也に、立ち止まり振り返って、紅はその顔をじろっと見た。
「眼鏡よ」
「眼鏡……?」
「そう。眼鏡が悪いってわけではないんだけど……あんたの掛けているそれは悪い! デザイン性、なさすぎ。だからもっと、お洒落なフレームのを買いに行くの」
「えぇっ!? そんな金、持ってないよ」
あまりに唐突なことに、克也は目を丸くした。
「大丈夫。私、昨日、バイト代入ったし」
「いや、そんな……悪いって」
「もちろん、お金は後で倍にして返すこと」
「そ、それも嫌なんだけど……」
「ほら! そんなこと言ってる間に。着いたわよ、眼鏡屋さん」
まだ納得しきれていない克也だったが、半ば無理矢理に眼鏡屋へ引っ張られて入った。
その場で視力測定をして、紅がお気に入りのフレームを選んだ。運良く、そのフレームで克也の度数のものは当日に購入可能で。克也はそれをつけて帰ることになった。
眼鏡屋を出た頃には、西の空は薄っすらと紅色の夕焼けに染まっていた。
「いいじゃん、いいじゃん。あんた、見違えたよ!」
上機嫌の紅だったけれど、克也は内心、冷や汗ものだった。その買い物はかなりの金額になって……自分の出せる限りは出したのだけど、それでも紅から二万円借りることになったのだ。
「ていうか、何、浮かない顔をしてるの?」
釈然としない表情の克也を見て、紅は眉間に皺を寄せた。
「本当に良かったの? あんな大金を借りて」
「あぁ、いいって、そんなこと。さっき、倍って言ったけど、あれ冗談だし。返せる時に返してくれたら」
不安そうな克也に、あっけらかんと答えた。
「でも……だけどさ」
「何? まだ、何かあるの?」
呆れ顔の紅に、克也は小さくなった。
「その……どうして、僕なんかのために紅がここまでしてくれるの?」
「えっ?」
「だって、僕なんて、教室の片隅で勉強ばかりしてる暗い奴で。綺麗で……クラスの中心グループの紅が、どうしてここまでしてくれるのか……」
克也は卑屈なことを言いながら俯いた。
(それは……あんたのことが気になるから)
本音はそうだった。あの夜、助けてもらってから、気になって仕方がなくて。いつの間にか教室の彼を目で追っていて、バイト中に話せるのがとても楽しくて……。だから、克也が教室の中で孤独に悪口を言われているのが、どうしても見ていられなかったんだ。
でも……そんなことは言えなくて。紅はゆっくり口を開いた。
「……あんたのことを、ダシに使っちゃったから」
「ダシに?」
「ええ。だって、あいつ……長谷がウザくてさ。諦めさせるのに、あんたの方がマシだって言っちゃったの、聞こえてたでしょ? それで当のあんたが暑苦しいままだったら、私もカッコ悪いじゃん」
そんなことを言って、紅は苦い笑みを浮かべた。
「そっか。紅に恥かかせちゃ、悪いもんな」
克也は頭をポリポリとかいて、微笑んだ。
紅はそんな彼を見て……安堵した反面、もどかしかった。
全く、こいつは人が好い。人が好いにも程がある。こんなにコケにしたことを言ったのに、全く怒らないなんて。
そんなことを考えてムスっとする紅を見て、克也は不思議そうな顔をした。
「何? 何か、怒ってる?」
「別に」
紅は目を瞑って、ふぅっと溜息を吐いた。
「あんたも少しはプライド、持ちなよ」
「プライド?」
「いや……何でもない」
プライドのないところが、こいつのいい所なのかな。そんな気もしてきた。
だけれども……克也に一つ提案してみたいことを思いついて。
「ねぇ」
紅はまた、口を開いた。
「あんたさぁ、どうせなら学年トップ目指さないの? 毎日、あんなに勉強してるんだし」
「えっ、学年トップ……」
「そう。勉強ばっかしてるクセに、中間テストも中途半端だったでしょ? だから、キモいとか言われんのよ」
「そんなもんなのかな」
自信なさげな彼を見て、紅はクスっと笑った。
「そ! トップってカッコいいし、私も憧れるな!」
「マジで!? そっか……頑張るかな」
自分の言葉に目を輝かせて、少しはやる気を出した様子の克也に、ニッと片目を瞑った。
「それじゃ、私はこの辺で!」
薄っすらとともる、いつもの街灯の下。すっかり爽やかに『化けた』克也に手を振った。
「うん。紅……今日はありがとう!」
その日もそこまで送ってくれた克也は、柔らかく微笑んでいて。紅はまた、大きく手を振った。
「ええ。また明後日!」
明後日、あいつが教室に入ったら……クラスのみんな、どんな顔をするかな?
考えただけで楽しみで仕方なくって。紅はワクワクと浮足立って、家までの道を歩いていたのだった。
「服は……あいつのことだからきっと、大人しめがいいわよね。二時まであと二時間あるし、メイクも気合入れないと!」
だって……気になるあいつと、初めてのお出掛けなんだから。そんなことを考える紅に、どんどんやる気がみなぎっていた。
でも……
「あいつの目には、私ってどう映ってるんだろう……」
そう呟いて……ドレッサーの鏡に映る紅の顔は不安げに曇った。
ルックスには自信を持っていた。子供の頃から、誰に会っても可愛いとか、綺麗だとか言われたし、何度も男子に告白されてきた。それに、あの日……男達から助けてくれた時も、別れ際、あいつも自分のことを「めちゃくちゃ可愛い」って言ってくれた。だけれども……
「普段のあいつって、何考えてるのか、全く分かんないのよね……」
そんな独り言と共に、紅は溜息を吐いた。
そう……普段、紅の目に映る克也はいつでも勉強ばかりやっていて、他のことに興味ないように見えた。前日だって。もし少しでも自分に気があるのなら、教室で発した言葉が少しでも聞こえていたのなら、その真意を確かめてきても良さそうなものなのに、結局、何も聞いてこなかった。
「私……空回りしてるかな」
鏡に向かってメイクをしながら、そう呟いていた時だった。
「わぁ……お姉ちゃん。どうしたの? めっちゃ、綺麗……」
後ろで、妹の凛(りん)が感嘆の声を漏らした。小学五年生になる妹は、紅に似てとても可愛らしいが、見る目も確かで、彼女が綺麗と言ったら大体は誰が見ても綺麗だ。
だから、紅もテンションが上がって。後ろの妹ににっこりと微笑んだ。
「そうよね、凛! ありがとう。これで惚れてくれなかったら、あいつ、余程の変人よね!」
「え? う、うん」
状況が掴めていない凛は不思議な顔をしたけれど……紅は上機嫌でメイクを続けたのだった。
*
二時十分前。街灯の下で佇む克也を見た紅は、その私服姿に少しドキッとした。髪型と眼鏡は相変わらず暑くさかったが、涼しげなポロシャツにすらっとしたジーンズ……こいつ、私服のセンスはさほど悪くないらしい。
それに、十分前だというのに、まるで待ちぼうけたみたいにぼんやりしてるし……こいつ、一体何時間前に来たんだろう?
そんなことを考えると、紅は思わず吹き出した。その瞬間に克也がこちらを見て、目が合って……彼の頬は、途端に赤く染まったような気がした。
「よ! 克也。早いじゃん!」
「い……いや、僕も今来たばかりだよ」
ボーイッシュに挨拶した紅は、見え透いたうそをつく彼に、またもや吹き出した。そんな紅に、克也は安心したように顔を綻ばせる。
「で、今日はどこに?」
「まずは、髪だね、髪」
「髪?」
「そ! その暑っくるしい髪を切って、爽やかにすんの!」
片目を瞑ってウィンクする紅に、克也は目を丸くした。
「えっ、本当に?」
「当たり前じゃん。さぁ、行くわよ! 私の行きつけの美容院」
そう言って、紅は自然に克也の手を握ってグイグイと引いた。
それは本当に自然な流れで……暫しの間、気付かずにそのまま手を握っていた。だけれども、自らの手にじんわりと伝わる温もりに気付いた途端、紅はまるで弾かれたように、その手を放した。
「紅……?」
「あ……あぁ、ごめん。兎に角、付いて来て!」
真っ赤な顔をした紅は、不思議そうな顔をする克也にさらっと言って、そのままツイツイと歩いた。
(全く……こんなに変に意識して、どうするのよ)
紅はドックン、ドックンと高鳴る胸を押さえながらひたすらに歩いた。
手を握ったくらいで、こんなにドキドキするなんて……こいつも別に何とも思ってなさげなのに、変に思われたかも知れない。
兎に角、胸の高鳴りが彼に聞こえないように早歩きに歩いているうちに、二人は行きつけの美容院の前に着いた。
「……ここよ」
『Le'mage』という名のその小さな美容院は、小さなカーネーションが飾られていて青く彩られた外装も可愛らしく、髪を切ってくれるお姉さんも優しくて、紅のお気に入りの店だった。ここなら、気になるこいつを爽やかに変身させてくれる……そう。もう誰も、克也のことを『キモい』なんて言わなくなるだろうし、きっとクラスにも溶けこんでくれる。
そう思って、前日、急遽予約したのだった。
「お姉さん! こいつを飛び切り、爽やかにしてやって」
気を取り直し努めて明るく振る舞う紅と、おずおずと彼女に付いて入って来た克也を見て、美容師のお姉さんは目を丸くした。
「あら、紅ちゃん。男の子連れて来るなんて初めてじゃん。その子、誰? 彼氏……」
そこまで言ったお姉さんは克也をよく見て……少し首を傾げた。紅はそんなお姉さんの反応に、苦笑いした。
「だから……私の彼氏に見えるくらいに。こいつをカッコよくしてやってよ」
そんな紅に、お姉さんはクスっと笑って。
「了解~! ほら、あなた。ここに座って」
克也をスタイリングチェアに座らせたのだった。
「すごい! これが、克也……」
『出来上がった』克也を見て、紅の口から漏れた。
ナチュラルショートに仕上げられた髪は、以前のもっさりとした感じとは打って変わって爽やかで。見た目に清潔になった彼は、特徴のある大きな目がとても綺麗で、どこから見ても好青年だった。それに、前髪で顔を隠していない彼は堂々と、自信に満ち溢れているように見えて……正直、こんなに変わるなんて思ってなかった。
「どうかしら? 気に入った?」
「すごい、すごいよ。克也、めっちゃカッコ良くなった!」
つい、克也よりも先に大声で答えてしまって……紅は真っ赤になって口を噤んだ。そんな紅を見て、お姉さんはにっこりと優しく微笑んだ。
「そっか、紅ちゃん。この克也くんのことがよっぽど好きなんだ?」
「えっ……?」
「ち……違う、違うわよ。変な誤解しないで! 私はただ、クラスでキモがられてるこいつが溶け込めるようにって……」
少し赤くなってきょとんとする克也と、さらに真っ赤になって焦って否定する紅を見て、お姉さんは思わず吹き出した。
「はい、はい。分かった。紅ちゃんは本当に、御世話焼きね」
「うー……もう、そういうことにしとく。次行こう、次、克也」
「あ……ごめん。お代、まだ払ってない」
「もう! さっさと払え!」
少しとぼけた克也と、しっかり者の紅。
それは、幼い頃から紅を知るお姉さんにも、とってもお似合いに見えて。
(紅ちゃん。幸せになりなよ)
お姉さんは、店を出る二人を見ながらそっと柔らかく微笑んだ。
「なぁ、紅。次って、どこに……」
気弱そうに尋ねる克也に、立ち止まり振り返って、紅はその顔をじろっと見た。
「眼鏡よ」
「眼鏡……?」
「そう。眼鏡が悪いってわけではないんだけど……あんたの掛けているそれは悪い! デザイン性、なさすぎ。だからもっと、お洒落なフレームのを買いに行くの」
「えぇっ!? そんな金、持ってないよ」
あまりに唐突なことに、克也は目を丸くした。
「大丈夫。私、昨日、バイト代入ったし」
「いや、そんな……悪いって」
「もちろん、お金は後で倍にして返すこと」
「そ、それも嫌なんだけど……」
「ほら! そんなこと言ってる間に。着いたわよ、眼鏡屋さん」
まだ納得しきれていない克也だったが、半ば無理矢理に眼鏡屋へ引っ張られて入った。
その場で視力測定をして、紅がお気に入りのフレームを選んだ。運良く、そのフレームで克也の度数のものは当日に購入可能で。克也はそれをつけて帰ることになった。
眼鏡屋を出た頃には、西の空は薄っすらと紅色の夕焼けに染まっていた。
「いいじゃん、いいじゃん。あんた、見違えたよ!」
上機嫌の紅だったけれど、克也は内心、冷や汗ものだった。その買い物はかなりの金額になって……自分の出せる限りは出したのだけど、それでも紅から二万円借りることになったのだ。
「ていうか、何、浮かない顔をしてるの?」
釈然としない表情の克也を見て、紅は眉間に皺を寄せた。
「本当に良かったの? あんな大金を借りて」
「あぁ、いいって、そんなこと。さっき、倍って言ったけど、あれ冗談だし。返せる時に返してくれたら」
不安そうな克也に、あっけらかんと答えた。
「でも……だけどさ」
「何? まだ、何かあるの?」
呆れ顔の紅に、克也は小さくなった。
「その……どうして、僕なんかのために紅がここまでしてくれるの?」
「えっ?」
「だって、僕なんて、教室の片隅で勉強ばかりしてる暗い奴で。綺麗で……クラスの中心グループの紅が、どうしてここまでしてくれるのか……」
克也は卑屈なことを言いながら俯いた。
(それは……あんたのことが気になるから)
本音はそうだった。あの夜、助けてもらってから、気になって仕方がなくて。いつの間にか教室の彼を目で追っていて、バイト中に話せるのがとても楽しくて……。だから、克也が教室の中で孤独に悪口を言われているのが、どうしても見ていられなかったんだ。
でも……そんなことは言えなくて。紅はゆっくり口を開いた。
「……あんたのことを、ダシに使っちゃったから」
「ダシに?」
「ええ。だって、あいつ……長谷がウザくてさ。諦めさせるのに、あんたの方がマシだって言っちゃったの、聞こえてたでしょ? それで当のあんたが暑苦しいままだったら、私もカッコ悪いじゃん」
そんなことを言って、紅は苦い笑みを浮かべた。
「そっか。紅に恥かかせちゃ、悪いもんな」
克也は頭をポリポリとかいて、微笑んだ。
紅はそんな彼を見て……安堵した反面、もどかしかった。
全く、こいつは人が好い。人が好いにも程がある。こんなにコケにしたことを言ったのに、全く怒らないなんて。
そんなことを考えてムスっとする紅を見て、克也は不思議そうな顔をした。
「何? 何か、怒ってる?」
「別に」
紅は目を瞑って、ふぅっと溜息を吐いた。
「あんたも少しはプライド、持ちなよ」
「プライド?」
「いや……何でもない」
プライドのないところが、こいつのいい所なのかな。そんな気もしてきた。
だけれども……克也に一つ提案してみたいことを思いついて。
「ねぇ」
紅はまた、口を開いた。
「あんたさぁ、どうせなら学年トップ目指さないの? 毎日、あんなに勉強してるんだし」
「えっ、学年トップ……」
「そう。勉強ばっかしてるクセに、中間テストも中途半端だったでしょ? だから、キモいとか言われんのよ」
「そんなもんなのかな」
自信なさげな彼を見て、紅はクスっと笑った。
「そ! トップってカッコいいし、私も憧れるな!」
「マジで!? そっか……頑張るかな」
自分の言葉に目を輝かせて、少しはやる気を出した様子の克也に、ニッと片目を瞑った。
「それじゃ、私はこの辺で!」
薄っすらとともる、いつもの街灯の下。すっかり爽やかに『化けた』克也に手を振った。
「うん。紅……今日はありがとう!」
その日もそこまで送ってくれた克也は、柔らかく微笑んでいて。紅はまた、大きく手を振った。
「ええ。また明後日!」
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