紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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 月曜の朝。
「クラスで……今の僕、どう言われるだろう」
 家を出た克也は不安げに呟いた。
 急に見た目が変わって、調子に乗ってると思われるのではないか……そんなことを考えた。

 だって、土曜日にガラリと変身して……家族の驚きようといったらなかった。母親は目を丸くして「あんた、どうしたの!?」と騒いでいたし、妹は「ついに兄貴も好きな人ができたか!」なんて言って、勝手に自己解決してた。
 好きな人ができた……それは、嘘ではない。紅のことが気になって仕方がない。いつでもあの笑顔が頭から離れなくって、気付いたら彼女のことを考えてドキドキして。それは、克也にとって初めての感情で『恋』って名付けられるものなのかな、と思っていた。
 だけれども、紅は美し過ぎる高嶺の花で……こんな恋は実るわけがない。
 勿論、金曜には教室で紅のあの発言を聞いて土曜日にはカッコよくまでしてもらって。もしかしたら相手も自分のことを……なんて思ってしまったけれど、すぐにそれは自惚れだったんだって分かった。
 でも、それでいい。今の関係が続けば……これからもずっと、彼女のあの笑顔を見ることができれば、それだけで幸せなんだ。

 クラスでどう言われようが……たとえ、急に色気付いて調子に乗ってると思われようが、どうってことない。堂々としていればいいんだ。
 そう思い直した克也は、すっと顔を上げてツイツイと学校への道を歩いた。

 一歩教室に入ったら、クラスメイト達の怪訝な視線が克也に刺さった。
 それは、まるで意外なものを見るような目で……でも、それも無理もない。
 『勉強ばかりしている地味で暗い奴』ってレッテルを貼られている彼が急に爽やかなルックスになったことで、周囲からの奇異な眼差しは避けられないのだ。

 克也の口から溜息が漏れようとした、その時だった。
「あら、佐原。おはよう! どうしたの? めっちゃカッコ良くなってんじゃん!」
 後ろから、聞き慣れた……とても愛しいその声が掛けられて。振り向いた彼の目には、紅の眩いばかりの笑顔が映った。
「え……あ、いや……」
 たじたじになっている克也を見て、紅はクスッと笑った。
「なぁにを、キョドってるのよ。折角、カッコ良くなったのに。ねぇ、結奈。こいつ、めっちゃカッコ良くなったわよね」
「え……ええ、確かに。佐原くん、急に変わったし、びっくりした」
「ね! カッコ良くなったわよね?」
「うん」
 結奈は若干引いていたけれど……でも、親友の紅に同意して。そのことによって、教室内の空気はガラリと変わった。
 何しろ、クラスで一番、二番を争う人気女子がカッコ良いと言ったのだ。クラス内の女子はざわつき始めて……男子からの視線も集めた。
 克也は真っ赤になりながらも、窓際の片隅の自分の席に座った。

 二限が終わった休み時間。
「なぁ、佐原」
 前の席の遠藤が話しかけて来た。
 彼が……というより、クラスメイトが話しかけてくるのは初めてで。克也はビクっと前を見た。
「お前って、江崎さんと仲良いんだな。それに、イメチェン?して、急にカッコ良くなったし」
「えっ……い、いや、そんなこと……」
「でも、江崎さんから話しかけてきてたじゃん」
「それは、まぁ」
「羨ましいよ。俺、彼女と一度も口きいたこと、ないんだぜ」
 遠藤はそう言って……だがしかし、嫉妬する様子もなく、克也にニッと笑いかけた。

 遠藤は克也ほどではないが地味で目立たないキャラで、自分から話しかけることもあまりない。だけれども、その日は勉強のこととか、部活のこととか、趣味のこととか、話が弾んだ。クラスメイトと話すのも、中々に楽しいものなんだ。今さらながら、克也はそんなことに気がついた。

 その日も塾の帰り道、アーサーに寄った。克也は寄り道がてらのこの時間が嬉しくて仕方なくって……この楽しみがあるから、塾の勉強もいつもより身が入った気がした。
「あ、克也。ほら、見て。この子、新入荷のフクロモモンガ。可愛いでしょ?」
 キラキラと輝く眩いその笑顔を見るだけで、胸がワクワクと騒いで……克也は堪らなく幸せになるのだった。

 勿論、その日もバイト終わりまで待って、帰り道を一緒に歩いた。その道すがら、克也はおずおずと、貯金から下ろしたお金を渡した。
「はい。お金……貸してくれて、ありがとう」
「あら、生真面目ね。別にこんなすぐに返してくれなくっていいのに」
「いや、でも……紅が一生懸命バイトして稼いだお金でしょ? やっぱ、一刻も早く返さないと」
「そっか、それはどうも。それはそうと……」
 紅はまだ何処か頼りないけれど、先週とは見違える彼を見て、ニッと目を細めた。
「イメチェン、大成功ね」
「大成功?」
「そ! あんた、すごい人気だったじゃない」
「あ、うん。前の席の遠藤くんが今日、初めて話しかけてくれて。クラスメイトとあんなに話したの初めてだから、楽しかった」
「あ……ま、まぁ、そうね」
 克也の答えは、どうやら紅の意図していたことと少し違っていたみたいだけど。彼はにっこりと笑って嬉しそうに続けた。
「本当に髪を切って眼鏡を変えただけで、こんなに変わるんだな。何だか、勉強も今までより頑張れそう」
「そうね。目指すは学年トップ!だからね」
 紅は白い歯を見せたけれど……克也は静かに首を横に振った。

「いや……目標はそこじゃないよ」
「えっ?」
「そりゃあ、学年トップが最初の目標ではあるけど……僕、見つかったんだ。将来の夢……」
「ほぉ、将来の夢? 何? 何?」
 紅は興味津々に目を輝かせた。
「それは……」
 克也は恥ずかしそうに、そっと声をひそめた。
「獣医になること」
「えっ、獣医?」
 彼はさらに恥ずかしそうに赤くなって、小さくうなずいた。
「こうして毎日、ペットショップに来て動物達と触れ合って……そしたら、今までは何となく勉強していただけだったけど、将来、この動物達を診てやりたい、病気を治してやりたいって思ったんだ」
「へぇ、そうなんだ。いいじゃん、いいじゃん。なりなよ! カッコいい!」
 そういう紅に克也はさらにカァッと熱く、真っ赤になった。
「それでさ……」
「ん、何?」
「いや……期末テスト、明後日からだよな。お互い、頑張ろうな」
 すると紅は苦笑いした。
「うん、まぁ……私の成績は、あんま期待できないけど。あんたはトップになりなよ。すごい夢もあるんだし」
 そんなことを言う彼女は、いつもの街灯の下で克也にそっと微笑んだのだった。
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