紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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「倉科さん……一体、何の用なのかな?」
 克也は首を傾げながら、沙也加の提示した場所……校舎の屋上へ向かった。
 実は、克也は入学早々、一目見た時から沙也加のことをいいなと思っていた。流れるような黒髪をした清楚なルックスで可愛くて……勿論、男子からの人気も高くって。手の届かない、高嶺の花のような存在だった。
 そんな彼女に放課後、呼び出されたんだけど。一体……自分に何の用事なんだろう?


「えっ……?」
 屋上で黒髪の長いストレートヘアをなびかせながら、相当に緊張した様子の彼女の口から出た言葉に、克也は耳を疑った。
「佐原くんのことが、好きなんです。付き合って下さい」
 本当に……? 信じられなくって、何度でも聞き返したくなった。まさか、彼女からこんなことを言われるなんて。
 だけれども……彼女はいつも通り清楚で美しかったけれど、グッと歯を食いしばって体を小刻みに震わせて。克也の言葉を待っている彼女は、決して嘘や適当な気持ちでこんなことを言っているとは思えなかった。それでもまだ、半信半疑で……
「あの……。好きって、えっと……一体、僕のどこを好きになってくれたの?」
 克也はそんなことを尋ねた。すると、沙也加はそっと頬を染めて口を開いた。
「信号を待ってたおばあさんを……」
「えっ?」
「入学してすぐの時だったかな。大きな重そうな荷物を持って、横断歩道の前で信号を待ってたおばあさんがいたの。歩道を通る人はみんな、気付かなかったり見て見ぬふりをして通り過ぎて行ってたんだけど。佐原くんはその荷物を持って、一緒に横断歩道を渡ってあげていて。そんなあなたを見た時から、何だかすごく気になってたの」
「そう……なんだ」
 そんなこと、あったような気もするけれど、克也自身もすっかり忘れていた。
 そんな……自分にとっても些細なことをちゃんと見てくれていて、好きになってくれている人がいるだなんて、知らなかった。

「それに……佐原くん、イメチェンして急にカッコ良くなったじゃない。その日からクラスでもすごい人気で……誰かに取られちゃいそうで。だから、誰よりも先に想いを伝えなきゃ、って思ったの」
 はにかみながらそんなことを言う彼女はとっても可愛くて、いじらしくて……自分には勿体ないほどの言葉だと、克也は思った。

 だけれども……克也の頭の中には、紅の顔が浮かんだ。いつも無表情ですましているけれど、小動物を掌に乗せて小さな少女に話しかけている時の笑顔はとっても可愛くて、天使のようで。教室で話すことはあまりないけれど、毎日、塾の帰り……一緒に帰る時間が楽しみで、いつも彼女のことばかり、考えている。
 だから克也にはどうしても、すぐに答えを出すことができなかった。
「一日だけ……一日だけ、考えさせて下さい」
 こんなに素敵な女子にそんなこと、言える立場じゃないとは分かっている。待たせるだなんて、おこがましくって……だけれども、その時の克也の口からは、この答えを出すのが精一杯だった。


 克也はその日は浮ついた……ふやけた気持ちのまま塾で授業を受けて。その帰り、足は自然にアーサーへ向かっていた。
 それはもう、毎日の習慣のようになっていた。そう……沙也加からの告白を受けたその日も克也は自然にその店に入ったのだ。

 紅はその日は店の売り物の陳列とかをしていたけれど、何処かぼんやりとしているように見えた。けれど、克也の姿を認めると八重歯を見せてにっこりと笑った。
「あ、来たか。どう? 店の中は涼しいでしょう?」
 そんなことを言う彼女の笑顔はいつもより何処か固いような気がしたけれど、やっぱり可愛くて……一番好きなその笑顔を見た克也の胸の中では、ザワザワと靄のようなものが騒ついた。
 その日は夏休み前、終業式前日で、紅のバイトが終わる時間にもまだ太陽は沈んでおらず、ジリジリとアスファルトを焼いていた。

「それにしても、すごいよねぇ、あんた。まさか、本当に学年トップ取っちゃうなんてさ」
 時間が経つにつれていつもの調子に戻ってきた紅は、克也を見て目を細めた。
「まぁ……目標ができたら、何だか急に勉強にも身が入って」
 克也は頭をポリポリと掻く。
 そう……その日は終業前のホームルームで担任が「この期末試験、うちのクラスの佐原が学年トップだった」と得意げに口にしたのだ。そんな大々的に発表されるとは思っていなかった克也は、何だかむず痒くなって。クラスが騒ついたり歓声が上がったりする中、赤くなって俯いていた。そして、沙也加からあの告白を受けたのは、まさにその直後のことだったのだ。

「それに……カッコ良くもなったし。あんた、夏休み目前に。もしかして、女子から告白でもされたんじゃない~?」
 紅が冗談っぽく言ったその言葉に克也は固まって……カァッと顔を熱くした。
 その様子を見て、紅は目を丸くした。
「あれ、あんた……図星!?」
「うん。実は……」
 克也はまるで、歯にものが挟まったように言いにくそうに、放課後のあの出来事を話し始めた。

「うそっ、沙也加が!? あんた、すごいじゃん! オッケーしちゃいなよ!」
 克也の話を聞いた紅の口から、迷わずその言葉が出た。それはあまりに迷いがなさすぎて却って何処か不自然だったけれど……でもその言葉は『友達』として、本当に自分を想ってくれての言葉に聞こえた。
 だけれど……
「本当に……いいのかなぁ?」
 誰に尋ねるともなく克也の口から出た言葉に、紅は苛ついた言葉で答える。
「はぁ? 何を迷ってるの? あんなに良い娘に告られることなんて、あんたの人生の中でもう二度とないわよ。くっつかずしてどうするの!」
「うん……」
 克也はどうにも、歯切れの悪い返事をした。

 紅はそんな彼を見て、はぁっと溜息を吐いた。
「それと……いいこと? あんた、沙也加と付き合ったらもう、アーサーには来ないこと」
「えっ……」
「当たり前じゃない、彼女ができるんだし。私なんかと喋ってたら、要らぬ誤解を招くでしょ。あんた、彼女を大切にしてやりなよ」
「うん……」
 まだ何処か元気のない克也の背中を、紅はもどかしそうにバァンと叩いた。
「此の期に及んで、なぁにを景気の悪い顔をしてるのよ。私、嬉しいんだからね。イメチェンしてすぐに、あんたに素敵な彼女ができて……私の目に狂いがなかったって分かって。もう、あんたは紛れもなく人気者。クラスの馬鹿どもに絡まれることもないし、堂々としてなさい」
「うん」
 素直に頷く克也に、紅はにっこりと笑った。
「じゃあ、私はここで……って言うか、ここまで送ってくれるのも、もう最後か」
「えっ?」
「あんた、いつもわざわざ遠回りして、ここまで送ってくれてたんだよね。多分、沙也加も見ててくれてたんだと思うよ? あんたのそういうトコ」
「そ……そうなのかな」
「そうよ。沙也加、見る目があって幸せだと思うもん。本当に! あんたたち、幸せになりなよ!」
 いつもの街灯の下。紅はニッと白い歯を見せて手を振って……踵を返し、一度も振り返らずに自分の家へと歩を進めたのだった。

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