紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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 一学期最後の日。
「私……何やってんだろう」
 紅は一睡もできなかった冴えない頭のまま、トボトボと登校した。
 完全に自爆……。前日、克也と別れた後、家に帰るまで涙を堪え切れずに日が暮れまで公園のブランコでずっと泣いていたし、家に帰ってベッドの中でも一晩中泣き明かした。おかげで、目は腫れてひどい顔……自分でも分かっている。

 今日からもう……アーサーにあいつが来ることはない。あいつは沙也加と付き合って、幸せになるんだ。
 そんなことを考えただけで、切なくって胸が苦しくって堪らなくって、渇れるまで涙が噴き出した。

 知らなかった。私の中であいつの存在って、こんなにも大きくなっていたんだ。
 だけれども……そんな自分の気持ちに気付いた時にはもう遅くって。あいつは今日、沙也加の告白を受け入れるんだ。
 できることなら、止めたかった。告白なんか断って、自分の元に戻ってきて欲しかった。でも……きっと、あいつは最初から沙也加とくっつくべきだったんだ。だって、彼女はイメチェンする前から、ずっとあいつの良さに気付いていて。きっと、一番、お似合いの二人なんだから。
 だから、自分は身を引くしかないんだ。

 終業式の間も紅の頭の中ではずっとそんな考えが反芻して……まるで、身を裂かれるような想いだった。

 終業式とちょっとしたホームルームが終わって、紅はすぐにバイトへ向かおうとした。他のみんなは夏休みの間、どこへ遊びに行くかとかの話で盛り上がっていたけれど……紅はそんな話に加わったところで、どうせ気持ちが晴れることもないような気がした。

 何も考えられず、ぼんやりとした頭のまま廊下をトボトボと歩いていた時だった。
(あっ、あいつ……)
 紅は思わず身を隠した。
 屋上へと続く階段を克也がのぼっているのが目に入ったのだ。きっと……沙也加にオッケーの返事をしに行くのだろう。
 そんなことを考えると、胸が痛くて堪らなくなって……だけれども、気になって仕方なくって。紅は思わず、その後を尾けて行った。

 屋上は風が強くって、もう真夏なのに、少し涼しかった。克也は沙也加を前にして……すごく緊張した表情をしていた。
(本当に、何やってるんだろう、私……)
 見つからないように身を潜めて、好きで好きで仕方ない男子が他の女子の告白を受け入れる現場を覗く……自分の馬鹿さ加減に、反吐が出そうになる。だけれども、やっぱり紅はそこから動くことなく、じっとその場を見守った。

 だが……次の瞬間、克也の口から出た言葉に紅は耳を疑った。
「ごめん……一日、考えていたんだけど。やっぱり僕……倉科さんと付き合うことはできない」
 はぁ? あいつ……何、言ってんの?
 すぐに出て行って克也に問い詰めたかったけど……そんなこともできず、紅はじっと息を潜めた。

 克也の前の沙也加の顔は落胆したように曇って、その瞳は涙で潤んで……だがしかし、その顔はすぐに、無理に微笑みを浮かべた。
「そっか……分かった。ありがとう。ちゃんと答えを出してくれて。佐原くん……他に好きな子がいるんだよね?」
 沙也加のその言葉に克也は小さく頷いて……彼女は目に涙を浮かべながらもそっと白い歯を見せた。
「そっか……そんな気がしてた。だって、佐原くん……ずっと、あの娘のこと、見てるもんね」
「うん……ごめん。本当に……」
「いいえ。佐原くん……頑張って。幸せになってね。だって、きっとあの娘も、あなたのこと……」
 そこまで言って……沙也加は顔を手で覆って泣き始めた。

 紅は見ていられなくって……居たたまれなくなって。その場から逃げるように、階段を降りた。
(何……? 一体、どういうことよ? あいつの好きな娘って……いつも見てる娘って、誰なのよ?)
 克也を沙也加に取られなくって、安堵する気持ちはあった。だけれども、胸の中はザワザワとしてすっきりしなくって……心臓はドックン、ドックンと跳ね上がっていたのだった。



 アーサーでのバイト中も、紅はぼーっとして何も考えられなかった。
 どういうこと? あいつ、あんな可愛い娘の告白を断る? 普通……
 ……って言うか、あいつが好きで、いつも見てる娘って、一体、誰なのよ!?
 考えれば考えるほどに分からなくなって、紅は頭を抱えて「あーーっ!」と叫びたくなった。

 そんな彼女をまるで嘲けるかのようにそっと店のドアが開いて、克也の顔がのぞいて……紅は心から安堵したけれど、そんな気持ちと裏腹に顔はブスっとして、入ってきた彼を無視した。

 その日のバイトが終わった。だけれども、太陽は沈まずにまだ肌をジリジリと焼いてきた。紅は、付いて来る克也を無視してツイツイと歩を進めた。
「ちょっと、紅! 待って、待ってよ!」
 後ろからそんな声が聞こえて……紅は立ち止まり、振り返らずに苛ついた声を出した。
「あんた……何、またアーサーに来てんの? バカじゃない? 言ったわよね。もう、来んなって」
 違う……私の言いたいのはこんなことじゃない。
 嬉しかった。こいつが来てくれて……いつものようにアーサーに来て、バイトが終わるまで待っててくれて。
 だけれども……紅の口からはどうしても、そんな素直な想いは出なかった。

「ごめん。倉科さんの告白は……断ってきた」
「はぁ? 訳、分かんない。あんた、一体、何やってんの……」
「だって……また、アーサーに来たいから!」
 突然に克也の声が大きくなって……紅は驚いて振り返った。
「え、いや。アーサーに来たいって……」
 すると、克也は真っ赤になってタジタジと……だけれども、はっきりと自分の想いを話し始めた。
「僕、告白されて、一日……よく考えていたんだ。紅も言ってくれたし、多分、倉科さんほどの人に告白されることなんて、僕の人生でもうないと思う。だけれども……やっぱりどうしても。僕はまだこれからもアーサーに来て。紅の笑顔を見たいんだ。だって……」
「えっ……」
 アーサーに来たい? 私の笑顔を見たい? それって……
 紅の鼓動はバクバクと胸を叩いて。その答えを予測した途端に、口から心臓が飛び出しそうになった。
 克也も……その頬は、空を染め始めた夕焼けよりも赤くなっていた。だけれど、思い切って目を瞑って、そして……
「紅のことが、好きだから!」
 勇気を振り絞って、克也の口から出た言葉……何も飾らない、素直な気持ち。それは紅の心に真っ直ぐに、奥の奥まで響き渡って。彼女の目からは、抑え切れない涙が噴き出した。

 その涙を見て……我に返った克也は慌てた。
「ごめん……迷惑だよね。だって、紅は僕のことなんて、何とも……」
「好き……」
「えっ……」
「好きなの! 私も、あんたのことが!」
 聞き間違い……紅の口から出た言葉を、克也は何かの間違いだと思った。だって……
「どうして? 紅……僕に倉科さんと付き合えって」
「だって! あんたのことが好きなんだから!」
 絶対に、あんたには幸せになって欲しかったんだから!そのくらい、分かってよ!
 そんな想いと共に……紅は思わず、克也の胸に飛び込んだ。
「紅……」
「克也……好き。大好き。あの時から……夜道で、助けてくれた時から、ずっと……」
 紅は溢れ出て止まらない涙を克也の胸に押し付けて……。
 克也もそっと、その両腕を彼女の背に回した。
「僕も……大好き。多分、あの日の前……アーサーで紅の笑顔を見てからずっと」
「何、それ」
 紅は涙で濡れた顔でクスッと笑って、そして……。
 夕焼け空が紅色に染まる、いつもの街灯の下。二人はお互いに……初めての唇を重ねたのだった。
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